〔5〕
「じゃあ、今度は僕に付き合ってくれる? 亜紀ちゃんとゆっくり話ししたいって思ってるし」
「あ、あの……だったら、惟さんのこと教えてもらってもいいですか?」
本当ならば、このようなことは口にしたくない。しかし、彼女の横にいる由紀子からは半端ないオーラが感じられる。きっと、このことを訊ねなければ、後から非難のメールが山のように届く。
そう思った亜紀は、顔を真っ赤にしながら言葉を口にすることしかできない。そんな彼女からの問いかけに、惟は驚いたような声を上げていた。
「亜紀ちゃんからそんなこと聞かれるとは思ってもいなかった。ちょっとは僕に興味持ってくれたって思ってもいいのかな?」
「ど、どうなんでしょう……」
惟の声に、亜紀は引きつった表情で応えを返す。その時、由紀子が彼に投げかけた声に、亜紀はますます顔が強張っていくのを感じていた。
「あの、私からもお願いしてもいいですか? 亜紀から、いろいろ話を聞かせてもらいましたし。大事な幼なじみにそういう人がいるっていうなら、いろいろと知っておきたいって思うの当然でしょう? それと、できれば連絡先、教えて欲しいかなって」
由紀子がそう言いだす理由を亜紀はなんとなく理解している。なんだかんだ言っても、彼女がイケメンに弱いのは紛れもない事実。そして、目の前にいる惟が王子様のような雰囲気をもっているのも間違いない。
だとしたら、彼女が興味をもつのは当然。しかし、だからといって、最後の一言は失礼になる。そう思った亜紀が口を開く前に、惟が笑いながら応えていた。
「由紀子ちゃんだったよね? 亜紀ちゃんの友だちに僕のこと知ってもらえるっていうのは嬉しいよね。うん、ちゃんと教えてあげる。でもね、連絡先っていうのは欲張りだと思うよ」
「あ、やっぱりですか? でも、他のことは教えてくれるんですよね」
「もちろん。由紀子ちゃんは僕の何が知りたいの?」
「色々です。あの~、ちょっと耳を貸してもらってもいいですか?」
そう言うなり、由紀子はスッと惟の耳元に口を近づけている。それに対して、特に拒否反応というものをみせようとしない惟。それを見た時、亜紀はどうにも表現できない思いが浮かんでくるのを感じている。
そんな気持ちを落ち着かせようとするかのように、「ちょっとお手洗い」と呟くと、その場から姿を消していた。そんな彼女の後姿を見送った由紀子の口元がにんまりと上げられる。
「ちょっと、やりすぎたかな?」
「そうだろうね。由紀子ちゃんが何を考えているのか、分からないことはないけど、亜紀ちゃんには刺激が強かったんじゃないかな?」
「あ、やっぱり分かってました?」
惟の言葉に、由紀子は悪びれることなくそう返している。そこに浮かんでいる表情は、この事態を楽しんでいます、というようなもの。そんな彼女に、惟はどこか呆れたような調子で応える。
「一応、僕も大人なんだけど? それと、人を見る目はあると思ってる。ちょっと話していたら、亜紀ちゃんが君のことをどれほど信用して信頼しているのかわかるつもりだよ」
「ありがとうございます。私も亜紀のことは、本当に大事な幼なじみだと思ってますし」
「だろうね。だったら、その君が仮にもそんな相手の婚約者だっていう相手に、簡単にちょっかい出すはずないと思うんだよね。違ってる?」
そう言いながら、惟はまた部屋の中へと由紀子を導いた。もっとも、部屋の扉を閉めるようなことはしない。その姿に由紀子はクスリと笑うと、彼の誘いにのっている。
「こういうところって、惟さんは大人で紳士だと思います。こうやって扉を開けてるのも、変に誤解されないためでしょう? やっぱり、私の思ったとおりなんだ」
「どういうことかな?」
「亜紀は惟さんのこと、誤解しているようだけど、彼女に対する思いは本気なんだってことが感じられるんです。だったら、私は協力してあげなきゃって思っちゃうんです」
そう告げる由紀子の表情は、それまでのものとは違う。そのことに気がついた惟は、彼自身もそれまで見せなかった安心した笑顔を見せている。
「ありがとう。でも、どうして亜紀ちゃんにはそれが分かってもらえないのかな? 由紀子ちゃんには白状するけど、僕は本気で彼女のこと口説いているのに」
「仕方ないです。亜紀だから」
これこそ愚問、というように由紀子は惟の言葉をバッサリと切り捨てている。その口調もそれまでとは違っている。そのままの調子で、彼女は惟に問いかけていた。
「今、訊ねても教えてもらえないとは思うんですけど……でも、どうして亜紀なんですか? あの子も気にしていたけど、惟さんと亜紀じゃ年の差かなりあるでしょう? 失礼ですけど、お幾つですか?」
「ここで聞くの? ま、女性ほど年齢には拘らないから教えるけどね。一応、28。亜紀ちゃんが通っている白綾の高等部を卒業してからヨーロッパを放浪してた。あ、心配しなくても大学は卒業しているよ」
「28!? じゃあ、亜紀や私とは一回り違うんですよね? 年上だとは思ってたけど、そこまでだったとは……うん……やっぱりイケメンは年も誤魔化せるんだ……」
「由紀子ちゃん、なんだか穏やかならぬことを耳にしたような気がするけど? さっきまでの君とは違うよね。こっちの君が本性かな?」
「どうでしょう? そういう惟さんも亜紀が一緒にいる時とは、雰囲気が違うと思いますよ? あの子がいる時は、どうみても王子様だったのに。ま、今の惟さんも嫌じゃないですし、亜紀には今の方が好印象かもしれませんけど?」
由紀子のその声に、惟はポカンとした表情を浮かべている。そんな彼に、彼女はクスリと笑いながら言葉を続ける。
「たしかに女の子って王子様やアイドルに憧れますよ。でも、それって憧れの部分も大きいんですよね。白馬の王子様って憧れるけど、現実にはいない。そんなことも考えるものです」
「そうなんだ」
「そうですよ。でも、さっきの反応だと見込みもあるかな?」
そう言うと由紀子はその場から飛び出した亜紀のことを思い出したのだろう。コクリと小首を傾げながら言葉を続けている。
「絶対、さっきの亜紀ってヤキモチ妬いたに決まってますから。あの子、さっきも話している時真っ赤になってたんですよ。でも、なかなかそれを認めようとしないから。なので、ちょっと荒療治。惟さんがのってくれて助かりました」
「やっぱり、さっきのってわざとだったんだ」
「ですよ。でも、あなたのことちゃんと知りたいっていうのは本音です。連絡先まで教えてもらえるとは思ってませんけど、あれくらい言わないと、あの無自覚天然には効果がないから」
しごく真面目な顔でそう告げる由紀子の姿。それを見た惟はフッと笑みを浮かべると、髪を無造作にかきあげている。その仕草に色気を感じたのか、由紀子が顔を赤くすると「それって反則ですよ」と叫びだす。そんな彼女に、惟は余裕を持った表情で応えていた。
「そう? でも、僕としては由紀子ちゃんっていう協力者ができたのは嬉しいかな。とにかく、亜紀ちゃんからの要望もあるし、僕のやってること教えてあげる。そうだな。ちょっと遠いから車で移動してもいい? 今から迎え呼ぶから」
その声に由紀子がコクリと頷いた時、ようやく亜紀がその場に戻ってきた。まだ、どこかぎこちない雰囲気の彼女に、由紀子は「場所を変えるわよ」と告げると、その手をグイッと引っ張っているのだった。
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