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王都開城戦 8












「リシェが考えたんですよ! かわいくて優しくてかっこよくて頭がいいなんて、俺たちの妹は最強です!」


 ヘンドリックが力説している。さすがのヘルブラントも「そ、そうか」と勢いに押されている。


「本当か?」


 そして、ユスティネに確認をとった。


「ええ……まあ、進言したのは姫様ですね。絶対に王都の城門を開けるなと命じたのも、陛下をお助け申し上げるべきだ、と主張したのも姫様ではあります」


 少し困ったようにユスティネは言った。だが、ヘルブラントにとっては、リシャナはおとなしい妹なのだろう。信じられない様子で眉をひそめている。


「本当だと思いますよ。バイエルスベルヘン公との口上戦に応じたのは、リシャナ殿下でしたから」


 シームが困惑したように微笑みながらそう言うので、ヘルブラントも「そうか」としか言いようがない。リニも城壁の上にリシャナが姿を現したとき、とても驚いた。


「本当にすごかったですよ! 自慢の妹です!」


 はきはきとヘンドリックは言うが、それはつまり、おとなしい妹に軍事的判断を丸投げしたということだな、と激しくツッコみたい。ヘルブラントも同じ気持ちなのだろう。こわばった笑みを浮かべた。


「ひとまず、王都に入ってからだな……入れてくれるだろうか」

「姫様は慎重な方ですからね……しばらく入れないかも」


 王都は、というより、リシャナは強固に城門を閉じてしまっている。判断としては正しいのだが、ヘルブラントを奪還した今、それが障壁となっているといえなくもない。


「慎重ですが、果断な方で驚きました。人は見た目によらないものですね」


 ユスティネも感心しているように言う。ヘルブラントは現物を見ていないので苦笑するしかない。


「あれがなぁ。まあ、見た目はおばあさまに似ているから、そうだといわれるとそんな気もしなくはないが」


 ヘルブラントが難しい表情になる。リニはリシャナを遠巻きにしか見たことがない。あまり口数の多い娘ではないし、おとなしい印象だ。ただ、将来有望な美少女であるな、とは思った。下賤な言い方だが。

 結論から言うと、王都に入るまで二日かかった。ロドルフの軍が完全に遠ざかるのを待っていたのだ。王都に攻め込まれてはたまらないので、判断としては正しいが、慎重すぎないだろうか、とも思う。

 だが、これは話がそこで終わらなかった。


「兄上!」

「リューク! 心配をかけたな。助かった、ありがとう」


 王都に無事入城したヘルブラントが迎えに出てきたリュークを抱きしめる。ちなみにヘンドリックもこれをやられていた。長兄の無事を確認したリュークはぶわっと泣き出した。


「あ、兄上ぇぇえ!」

「情けない声を出すな。王都を守ってくれた俺の弟はどこへ行ったんだ」


 笑いながらヘルブラントがリュークを離してその肩をたたく。リュークは泣きながら「それはリシェです!」と叫んだ。やはりその話は本当なのか……。


「そのようだな。そのリシェはどうした。あれにも礼を言いたいんだが」


 泣いているリュークの頭を軽くたたきながら、ヘルブラントが訪ねると、事実上王都内を取り仕切っていただろうルーベンス公爵アルデルトが神妙な表情で言った。


「実は、昨日から発熱されて」

「熱。倒れたということか」


 十三歳の少女が、ずっと気を張っていたのだ。緊張が解けた瞬間、そうなってもおかしくはない。リニの隣で、ヘンドリックが「ええっ!」と声を上げる。


「そんな! すぐに見舞いに行かないと!」

「お前は落ち着け。その格好で妹の寝所に入るな」


 ヘルブラントが尤もなことを言ってヘンドリックを引き留めたが、騒がしい王の上の弟は言った。


「いえ! 母上がリシェをいじめに来たら困ります!」

「……」


 ヘルブラントの母王太后カタリーナは、自分より若く、美しい娘を嫌う。それは、自らの娘でも例外ではない。


「一応、部下に見張らせていますが」


 アルデルトが言うが、彼の部下や侍女では、王太后に押し切られたら断れないだろう。これまではそれでもかまわなかったのだが、今のヘルブラントは、リシャナに話を聞きたいはずだ。


「……わかった。だがリッキー、お前は残れ。リューク、お前はその顔を何とかしてくるついでに顔を洗ってこい。後で話を聞く。ユスティネ、ついて行ってくれ」

「わかりました」


 ユスティネが生真面目にうなずき、リュークは泣いたままうなずく。そろそろ脱水にならないか心配である。


 身なりを改め、ヘルブラントの招集を受けてリニは宮殿内にある会議室を訪れる。ヘンドリックとアルデルトからも話を聞くようだ。リニたちの話は、城門があくまでの二日間の間にすべて話してある。


「リシェの熱はどうだ」

「下がっていません。薬湯は飲んだそうですから、時期に下がってくるとは思いますが……まあ、私も寝所に入れないので、聞いただけですが」


 それはそうだ。父親ほどの年齢のアルデルトとはいえ、王女の寝室に入れるわけがない。おそらく、侍女から聞いたのだろう。


「早めに回復するといいんだがなぁ。ま、それまでに王都での話を聞かせてくれ」


 きらん、とヘンドリックの目が輝く。


「リシェの話をしてもいいですか!」

「それは後だ。というかお前、リシェが好きだな。リュークの話もしてやれ」

「もちろんです。でも、今回はリシェがすごかったですから!」


 それでも、ヘンドリックの話は後回しである。アルデルトの筋道立った説明を先に聞いた。


「……本当にリシェがまとめ上げてくれたんだな」

「ええ……リューク殿下には申し訳ありませんが、戦が始まってからは、直接リシャナ殿下に指示を仰ぎましたね」


 確かにリュークには気の毒な話である。男の自分より、おとなしやかな妹の方がその才能があったとは。ただ、リシャナもリシャナで人の上に立つことに慣れていない。結局、彼女はリュークにお伺いを立てていたようだが。

 それでも、兵士たちに信頼されたのは姫君であるリシャナであるし、いきり立つ住民を説得したのもリシャナだったようだ。後で証言も集めてみるが、アルデルトも、彼と一緒にいた参謀たちも同じようなことを言うので、ほぼ間違いないだろう。


「二日間、気を張りっぱなしでお疲れだったのでしょう。昨日、門を開けるか話し合っている間に発熱して倒れてしまいまして」


 城門を開くかの決定をする前にリシャナが倒れてしまったので、結局、その日は結論が出ないまま。翌日に再度話し合って、さすがに城門を開けよう、ということになって、リニたちは王都に入ることができたようだ。リシャナが倒れて、リュークが懺悔しながら泣きじゃくったのも一因のようだが。


「おおむね理解した。……母上は?」

「失礼ながら、宮殿の一室に閉じ込めております。危険ですから、出ないでください、とは言ってありますが」


 ほぼ問答無用で閉じ込めたということだ。なかなかやる。確かに、王太后が出てきてリシャナが委縮してしまえば、みんなの生死にかかわる。王太后の権力や悋気より、リシャナの精神安定を優先したのだ。


「陛下が戻ってくれば、何とかなるかと」

「ああ、まあ、俺が何とかしておこう。リッキーやリュークには難しいからな」

「母上の言うことも一理あるとは思ったのですが、リシェの意見の方が正しいと思ったので!」


 どうやら、発案はアルデルトで、実際に指示を出したのはヘンドリックのようだ。まあ、あのメンバーならそうなるだろう。指示を出すならヘンドリックかリューク。一番活躍したであろうリシャナは、実は何の権限も有していない。ヘルブラントは、彼女に与える役割についても考えなければならないだろう。


「さて、リッキー。次はお前の話を聞くぞ」

「はい、兄上!」


 元気に返事をしたヘンドリックの元気いっぱいかつ、時系列にそぐわない話を要約すると、城門を閉じると決めた後、リシャナがヘルブラントを助ける部隊を捻出すべきだ、と主張したそうだ。ヘルブラントをとらえられたとはいえ、きっとそこまでヘルブラントの軍が来ているはずだ。挟撃できればいいのではないか、ともっとつたない言葉だったらしいが、主張したらしい。大変、理にかなっている。


「もちろん、詳しい作戦を考えたのは参謀たちですが、気づいたリシェは天才です! かわいくて美人で優しくて頭もいい俺の妹は、女神と言っても過言ではないですね!」

「お、おう。そうか」


 さすがのヘルブラントも引き気味だった。多分、ヘンドリックなりにリシャナを可愛がってほめようとしているのだろうが、語彙力が足りていない気がする。


「というかお前、外でもそれ言いふらしているだろう」

「だめですか?」


 しょん、とヘンドリックがしょんぼりした。王都の住民の中で、やたらとリシャナの名が聞かれたのは彼のせいか。まだ王都に入って数時間しかたっていないリニたちの耳に入っているとは相当だ。どれだけ言いふらしたのだろう。


「いや、かまわん。もっとやれ」

「いいのですか!?」


 ヘンドリックもまさか煽られると思わなかったのか、驚いた後に、うれしそうな表情になった。


「やった! みんな楽しそうに聞いてくれるんですよね」

「それなのですが、ヘンドリック殿下。私の息子に話をされましたか? 下の息子が熱狂的なリシャナ殿下のファンになっているのですが」

「アルデルトの息子? いや、話していないと思うけど」


 アルデルトが「そうですか……」と引き下がる。どうも彼の二人の息子と娘は王都にいるらしく、気づいたら息子二人はリシャナに興味津々らしい。一緒にいたのに記憶にかすめていないリュークは泣いていいと思う。


「ルーベンス公爵の息子か……いくつだ?」

「息子ですか? 十二と十になったところですが」

「年下か」


 ヘルブラントが真剣な表情で考え始める。おそらく、リシャナに軍事的才能があるのなら手放したくないため、国内の貴族と娶せようと思ったのだろう。ルーベンス公爵家なら、王女と婚姻を結ぶのに家格が足りている。


「……私が言うのもなんですが、やめておいた方がいいと思いますよ。二人とも生意気で」

「それくらいの年ならそんなもんだろう。どちらにしろ、ロドルフにくれてやるよりはましだ」


 ヘルブラントの前半の言葉に同意しつつ、リニはヘルブラントが唯一残っている妹であるリシャナを、敵対しているロドルフに嫁がせようと考えていたことを思い出した。思わぬ才能を発揮したことで、それは保留になったが、一歩間違えればそれが現実になっていた可能性が高い。敵対している者同士が婚姻関係で縁を結ぶのは、古くからある外交手段の一つだからだ。


「リシェがどれくらい『使える』かにもよるが、今は手元に置いた方が無難だな」


 ヘンドリックがリシャナのすばらしさを語りまくったせいで、リシャナの人気が上がっているのもあるだろう。この勢いに乗りたい。

 ヘンドリックを退出させた後、ヘルブラントはリニを呼び寄せた。御前に参じたリニは居住まいをただす。


「リニ、お前、確か兄弟が多かったな」

「ええ、まあ。七人兄弟の上から二番目です」


 父は地方官吏だが、大家族はいつでも生活がぎりぎりだ。少なくとも軍人になれば食いっぱぐれることはなかろうと、リニは軍人になった。彼もまた、軍内部で思わぬ才能を発揮した一人である。


「そうか。では、お前にリシェを任せる」

「……はい?」


 さすがに王相手に不敬だったかな、と思った。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リシャナが十三才ならエリアンは十歳。彼には二つ年上の兄がいました。


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