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王都開城戦 7











 攻防戦は、すでに丸二日続いている。なれない指揮官が指揮を執る、本来は有利なはずの防衛側が押されていた。


「そろそろ頃合いか」

「そうですね。私もそう思います」

「俺も同意見です」


 ヘルブラントを奪われた彼の軍は、頭を欠くのでどうしても合議制に近くなる。一応、下級貴族出身のメルキース卿が最上位者としてふるまってくれているので、何とか体面を保てているが。一歩間違えば崩壊する。

 だが、二日前に王都の攻防戦が開戦してから、少し風向きが変わってきた。ロドルフにやり込められて引き下がったリュークに代わり、ロドルフと口上を投げ合ったのが、末の姫君リシャナだったのだ。男というのは、いつの時代もどんな年代でも、若く美しくけなげなお姫様に弱い。リシャナは文句なしに美少女だし、兄に代わって王都を守ろうとする姿は、確かにけなげに見えた。まあ、ロドルフを挑発しまくっていたが。


「後ろに演出家がいるとしても、あの言葉はリシャナ殿下ご本人が考えたものでしょうね。どうすべきか、わかっていらっしゃる」


 とは、シームの言だ。さすがにロドルフの言動まで先に予測するのは不可能なので、あのやり取りは方針を理解したリシャナが煽ったもの、と思われる。作戦を考えるのが苦手なヘンドリック、そもそも戦争の才能のないリュークを見てきたので、幼いといえるほどの少女であるリシャナ相手であるが、期待してしまう。


「そういえば、ヘンドリック殿下はどうしたのでしょう」


 ふとリニは思った。おそらく、王都の防衛指揮官はリュークだ。いや、リシャナが前に出ていたが、名目上はリュークのはずだ。なら、もう一人こもっていたはずのヘンドリックはどこへ行った?


「普通に考えたら、城壁からの出撃待ちでしょうか」


 同僚の参謀が自分の意見には確信なさげに言う。確かに、城壁に敵を引き付けている間に横からロドルフの軍を攻撃する部隊として、ヘンドリックが一軍を構えている可能性はある。

 だが、門を開ければロドルフの軍がなだれ込んでくる。としたら、攻撃部隊は編成しない方がまだましだ。攻城戦は防衛側に有利ではあるが、防衛する側は素人集団なのだ。むしろこの二日、よく持ちこたえていると思う。


「……わからんな。連絡手段がない。だが、やるなら王都側がバイエルスベルヘン公爵の気を引いている今しかない」


 同感です、とヘルブラントの幕僚たちからも同意する声が上がり、メルキース卿はほっとしたようだった。すでに準備は整っている。後は、司令官代理の号令があれば、リニたちも動ける。


「では……この隙を突く。王都が注意を引き付けてくれている間に、我らが国王陛下をお救い申し上げよう」

「はっ」


 さすがに返事はいいな、とリニはぼんやり思った。さて、ここは奇襲をかけるのがいいだろう。王都は……というか、たぶん防衛側の作戦指揮官は、ロドルフの目をできるだけヘルブラントからそらそうとしているように思われた。だとしたら、こちらがとるべき道は一つだ。

 事前に編成された部隊で、リニは後方部隊にいた。彼は若いが幕僚参謀であり、剣の腕はほどほどだ。騎乗して戦うには不足はない、程度である。

 元が平民の出であることを考えれば、騎兵であること自体がすでに驚きの躍進である。

 後発部隊であるリニはまだ待機場所にとどまっているが、先発部隊はすでに戦場だ。当たり前だが、ヘルブラントを乗せている馬車には、それなりの警備がついていた。ちなみに、王都の門の目の前にも馬車が一台引き出されていたが、リニたちも王都側も、これはおとりだと判断していた。

 もたもたしていたら、城壁を攻めている部隊がこちらに向かってくる。挟み撃ちにされたら抵抗するすべがない。王都城壁を守っているリュークやリシャナ達には、転進するロドルフの軍を追う余裕はないだろう。ここで片付けるしかない。


「行くぞ! 攻撃開始!」


 リニのいる後発部隊は、ヘルブラントをとらえている部隊の側背から攻撃に回った。数ではそんなに違いはないはずだが、こちらは統率がとれていない。後発部隊側が崩れる、と思った。


「行け、回り込め! 兄上をお助けするんだ!」


 後発部隊を支えるように、別の隊が現れた。率いているのはヘンドリックでリニたちヘルブラント救出部隊の倍は人数がいるだろう。ヘルブラントが捕まった時に、こちらの部隊はかなりの人数が離散してしまっていた。


「やあ、リニ。無事なようだな」


 朗らかに声をかけてきたのは、女騎士ユスティネだった。話の分かりそうなこちら側の部隊の人間が、リニしか残っていなかったので、声をかけられたと思われた。


「フィッセル卿……これは」

「話は後だ。残存兵力をまとめろ。我らの主を取り戻しに行くぞ」

「……はい」


 はきはきというユスティネに、リニは唇をかみしめながらうなずいた。楽観視はできないが、少なくともヘンドリックが到着したことで、士気が上がった。誰の案かわからないが、よい手札の切り方だ。

 こちらにも、おとりとして馬車が複数台用意されている。そのうち、ヘルブラントがいるのはどれか。注意深く見守っていると、兵士が馬車を動かし始めた。逃がそうと動かしているのは、三台。


「私はこちらを!」

「頼んだ!」


 ユスティネと別れてそれぞれ馬車を確認しに行く。ただでさえ、撤退戦は難しいのに鈍足の馬車を連れている。そして、リニたちはヘルブラントを見つけるまで逃がすつもりがないので、半包囲となっている。ヘンドリックが合流した今、戦力はロドルフ軍の二倍近く、そして士気も高い。

 いくつかの馬車が開かれているが、まだヘルブラントを見つけた、という報告はない。むしろ、馬車の中の伏兵にやられている。そこで、リニははっとした。馬車は完全におとりなのだ。リニは、たまたま近くに来ていたヘンドリックを捕まえる。


「ヘンドリック殿下!」

「おお、リニ!」


 この状況でも陽気に声を上げるヘンドリックに感心しながらも、リニは彼にささやいた。


「馬車はおとりです。おそらく、バイエルスベルヘン公の兵士の中に、陛下はいらっしゃいます。木を隠すなら森の中、です」

「つまり、兵士の中を探せばいいんだな」


 ヘンドリックは単純なところはあるが、頭が悪いわけではない。実際、今もリニの言いたいことを理解して、じりじりと下がっていくロドルフの兵士たちの中を探し始めた。探し始めて。


「兄上! いずこですか!」


 叫んだ。リニはヒヤッとしたが、思い直す。これでヘルブラントが反応してくれれば、すぐにわかる。駆け付けられる。駆け付けられないほど遠くにいる場合は、ヘルブラントはどちらにしろこの声が聞こえていないだろう。ヘンドリックがそこまで考えていたのかは謎だが、早急に事態を片付ける方法としては悪くないかもしれない。

 そして、反応があった。リニたちから少し離れたところで、ロドルフの兵士の同士討ちが起きた。


「逃げたぞ、追え!」


 遠目からでもわかった。ヘルブラントだ。両手を縛られている状態で敵兵から剣を奪い、切り捨てた。だが、腕の自由が利かないために剣を取り落としたのが見えた。


「兄上! 助けに参りました!」


 爽やかに言いながら助けに入ったヘンドリックは、そのまま歩兵たちを一掃し始める。その間にリニは馬から降り、ヘルブラントに駆け寄った。


「陛下!」

「リニか。すまないな。助かった」


 普段は陽気なところのあるヘルブラントだが、さすがに今はまじめな表情だ。多少窶れ、汚れているが、見た目は元気そうだ。けがもなさそうである。まあ、ロドルフとしてはヘルブラントが生きているからこそ、人質として利用価値があるのだから当然なのかもしれないが……。


「陛下、リニ殿」


 こちらに気づいた幕僚が駆け寄ってくる。リニは都合上、ヘルブラントと馬に相乗りしながら言った。


「陛下と合流しました。全軍に伝令を」

「はい。陛下、ご無事でようございました」

「すまん。心配をかけたな」


 ヘルブラントがそう応じたのに涙ぐむと、彼は伝令に向かった。とにかく、王を連れたリニは戦場を離脱しなければならない。


「リッキー! 戻ってこい!」

「はい!」


 ヘンドリックがいい返事をして後退し始める。リニもヘンドリックに合わせて後退した。すぐにこちらの兵士たちが集まってくる。撤退戦はメルキース卿とユスティネに任せることにした。

 王を避難させることを優先したので、リニたちは戦場の様子をうかがえなかった。しかし、ヘンドリックはヘルブラントの指示で、撤退戦の応援に駆けつけることになった。王族がいるといないとでは、士気が全く違う。

 日が傾きかけたころ、合流地点にメルキース卿やユスティネたちに率いられ、軍が到着した。


「陛下!」

「陛下! ご無事で何よりでございました!」


 メルキース卿が半泣きでユスティネが苦笑している。いや、ヘルブラントがとらえられてから、メルキース卿は本当に頑張ってくれたと思う。なぜ陛下をお守りできなかったのだ、という非難を受けながらも、よく残存兵力をまとめ上げていたと思う。上から目線で申し訳ないが。


「テュール、迷惑をかけたな。リッキーも、ユスティネも、よく駆けつけてくれた。礼を言う。ありがとう」


 こういうところが、ヘルブラントが王として慕われるところなのだろうな、と思う。見た目は陽気に見えるのだが、その実観察眼に優れた策謀家でもある、とリニは判断を下している。要は腹黒いのだ。


「早速だが、戦況はどうなっている。王都は?」


 きりっと表情を引き締め、王の顔になったヘルブラントに、周囲の表情も自然と引き締まる。おそらくは宿屋だったのだろう空き家の一室が、臨時の会議室となった。


「バイエルスベルヘン公は王都への攻撃を中止し、引き上げることにしたようです。陛下を奪われては、強行突破も難しいと考えたのでしょう」


 と、参謀のシームが言った。ユスティネも撤退を確認しているので、ひとまず王都の前から軍を下げたのは間違いないようだ。


「そうか……あいつのことだから、近くで機会をうかがっている可能性もあるが。早く王都に入ってしまいたいが、難しいかな?」


 と、ヘルブラントは王都の中からいたヘンドリックとユスティネを見やる。答えたのはユスティネだ。


「そうですね。すぐに門は開けられないと思います」

「そうか……というか、リッキーがここにいるということは、王都の防衛線の指揮はリュークが執っていたのか?」

「あ、いえ、それは」


 ユスティネが口を開きかけたが、その前にヘンドリックがはきはきと言った。


「いえ! リシェです!」

「……うん?」


 さすがのヘルブラントも怪訝な表情になったが、みんな同じ気持であったと思う。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


視点がコロコロと変わりますが、この時点では主人公のリニが王都の外にいるので仕方がないのです…。


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