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王都開城戦 6












 午後、お茶の時間も過ぎたころに、ロドルフの軍が展開し始めたのが確認された。離れたところに、どうやらヘルブラントを追って、残された彼の軍がついてきているようだった。だいぶ距離は離れているが、ヘルブラントの友人である下級貴族メルキース卿がどうやら軍を束ねているようだった。城門を閉ざす前にヘンドリックを向かわせたリシャナは、結果的に判断が正しかったことになる。メルキース卿は指揮官として優秀だし、人望もあるが、兵たちとの身分が近すぎる。やはり一人、強い権力の持ち主がいるのとでは士気が違う。

 荷馬車が一台、門の前に引かれてきた。ちらちらと人影が見える。どうも男のシルエットのようだ。みな勝手に、捕らえられた国王ヘルブラントだと錯覚する。


「違うでしょうね」

「だろうね。私にもさすがにわかる」


 言い切ったネイサンに、リシャナがうなずいて同意した。ちなみに、アルデルトも同意見である。


「だが、罠だと見破られることも考えているでしょうね」

「そうでしょうね。これ見よがしに前面に出しているわけですから」


 アルデルトとネイサンの意見が一致しているので、リシャナもリュークも口を挟まなかった。ちなみに、四人は側防塔の中で話をしていた。ロドルフの軍を目で確認するためである。


「罠を罠だって見破ってることを見破ってるって、それまずいんじゃないの……!?」


 開戦が近づき、ただでさえ顔色の悪いリュークが蒼白な顔で言った。対して、「兄上、何を言っているのかよくわからない」と回りくどいリュークの言い方に眉をひそめたリシャナは泰然としたものだ。これはこれで、少し心配になる。


「こちらが罠だって見破っていることを、ロドルフたちが知っていようと知らなかろうと、私たちがすることは変わらない。王都を守り切る。リッキー兄上がヘルブラント兄上を助けるか、ロドルフが退くまで。違う?」

「左様ですね」


 いっそ冷徹に言い切ったリシャナに、アルデルトは苦笑しつつもうなずいた。ネイサンも我が意を得たり、とばかりにうなずいている。


「兄上が怖がっているように、兄上も私も戦には不慣れなんですから、あまり複雑なことは考えない方がいいと思うんです。……まあ、兄上は頭がいいから、考えてしまうのかもしれませんが」

「リシェぇ」


 リュークが半泣きで妹の名を呼ばう。確かに、リュークは頭がいいし、それなりに軍事行動についても学んでいるから、恐ろしくなる、というのはあるかもしれない。少なくとも、あれこれ考えてしまうのだろう。

 とにかく、王都を護る。これがリシャナの基本方針だ。簡潔で分かりやすい。ただし、具体的な作戦内容などは、外に出した別動隊の結果に丸投げの部分もあるため、彼女を司令官とするならば、参謀が必須だろう。だが、上に立つものとしてこれだけ明瞭的確な判断ができるのなら上出来だ。


「リシャナ殿下のおっしゃる通りです、リューク殿下。まあ、城壁の外の結果に左右されると言う弱点はありますが、我々の仕事は王都を護ることに相違ありません」

「……そうだね」


 アルデルトの説得にうなずき、リュークは持ち直したようだ。


「足を引っ張らないように気を付けるね」

「むしろ、私の台詞だと思うのですが……」


 やっぱり不安である。

 ロドルフの軍から合図の太鼓の音が聞こえてきて、アルデルトたちは歩廊に登った。騎馬が一騎、進み出てくる。


「あ、ロドルフ」

「なんのつもりだろう……」


 狭間から覗き込むリシャナとリュークがそれぞれつぶやいた。なかなか辛辣な二人である。今回、防衛戦を敷くにあたって、ロドルフのこれまでの所業をあげつらったせいでもある。リシャナもリュークもなかなか勤勉であったので、もともとよろしくなかったロドルフへの心証が最底辺に達してしまったようだ。


「王都ルナ・エリウの住民たちよ、城門を開けよ! 私はバイエルスベルヘン公爵ロドルフ・バイエンスだ!」


 ストレートに来た。ロドルフの演説はまだ続く。


「事前に文書を送った通りだ。速やかに門を開け、私を入城させよ! 然ればお前たちの身の安全は保障しよう!」


 朗々と響くテノールの声を聞き終え、リシャナがアルデルトを振り返った。


「語るに落ちてる気がするんだけど、私の気のせい?」

「難しい言葉をご存じですね。語るに落ちていますね」

「え、どの辺が?」


 ロドルフの冗長な演説はまだ続いているが、おおむね先に開城要求として届いたことと同じことを言っているので、すでに誰も聞いていない。きょとんとしたリュークにアルデルトが説明する。


「バイエルスベルヘン公が、お前たちの身の安全はどちらにしろ保障しない、と言っているも同然だ、ということですよ」

「え、そうなの?」

「だいぶ迂遠ですからね。むしろ、リシャナ殿下はよく気付きましたね」

「なんとなく?」


 このあたりが才能の方向性の違いなのだろうと思う。ここしばらく、この二人の王族の子供と過ごして思ったのは、二人ともある種の天才である、ということである。科学などの研究方面に強いリュークはもちろん、リシャナの察しの良さもある種の才能だ。


「リューク! 城門を閉じた度胸は買ってやるが、お前に俺を止められるのか!? お前の兄の命運を握っている俺を!」


 初陣も済ませていないリュークをあざけった言葉だ。リュークが青ざめてアルデルトとリシャナを見た。


「これは……返答がいる?」


 開戦前に口合戦になることは、ままある。今回はロドルフが勢いを借りて自軍の士気を高めたいのだろう。


「応じるしかないでしょう。士気に関わりますから」

「だよねぇ……」


 一応、リュークにも自分が最高責任者だと言う自覚があるらしい。というか、すでに返答書はリュークの名前で出しているし。リシャナが「兄上頑張って」と声援を送っているのが微笑ましい。仲が良いのはよいことだ。

 リュークはひょっこり狭間から顔を出した。登ろうとしたのだが、兵士に止められている。ちょっと危なっかしいので、アルデルトとしてもやめてほしい。


「あ……えっと、久しぶり」

「……」


 そうじゃない。そして、声が小さい。


 アルデルトは心の中でツッコみを入れたが、ちらりとリシャナを見るに、彼女も似たようなことを思ったらしい。唇を尖らせている。こんな状況でなければ、年相応の反応だと微笑ましかったのだが。

 初陣であることとリュークの年齢を考えれば、反応としてはこんなもので間違っていないのかもしれない……のだが、これではロドルフを勢いづかせるだけだ。


「ふん、子供のお前には王都を護るのは荷が重いだろう。お前の一番上の兄のせいだな。大丈夫だ。その役目、俺が変わってやろう」

「そ、れは……!」


 リュークの声が震えていた。彼はどちらかと言うと、深謀遠慮の人だ。とっさに反論が出てこないのだろう。また、そこまでの経験がない。


「何、先の文書に書いた通り、命は保障してやる」


 ロドルフのあざけるような笑い声が聞こえた。すごすごとリュークが戻ってきてリシャナの前に膝をついた。


「ごめん……」

「初めてのことなのです。仕方がありません」


 リュークはこれが初陣である。戦前の口上を見たこともないだろう。矢面に立って見せただけで上出来である。


 ……とは思うのだが、今は正直それどころではない。元気出して、とうなだれるリュークに声をかけていたリシャナに視線を向けると、彼女は察しだのかはっとした表情になった。そう。今は兄を慰めている場合ではない。


「この戦前の口上って、何か言い返さないとまずいかな」

「先ほども申し上げましたが、士気に関わりますのでできれば応戦していただきたかったのですが……」

「でも、あちらの要求への返答は、もうしているでしょう。また応じる必要ってあるの?」


 なかなか鋭いところをついてくるお姫様である。だが、それはこちらが意見をひるがえさないことを前提としている。


「実際に軍勢を見て、気が変わる、ということもありますからね。お二人は変わりましたか」


 はっきりと首を左右に振ったのはリシャナで、ためらいがちだったのはリュークだ。ロドルフの挑発はまだ続いている。


「このままだとこちらの士気が下がるのはもちろん、バイエルスベルヘン公が攻撃を選びません。長期の包囲戦になります」


 生真面目に注進したのはネイサンだった。目をしばたたかせたリシャナが、「それはまずいね」と応じる。それを聞いたリシャナは、片膝をついていた姿勢からすっと立ち上がった。そのまま、兄とは違い軽やかな動作で胸壁の狭間に飛び乗る。

 一つに束ねられた黒髪。まだ小柄で華奢な背中。十三の姫君が、戦場に立った。


「はっ。情けないな、リューク! 妹に押し付けたのか!」


 距離はあるが、ロドルフはリシャナを見分けられたらしい。リュークが引っ込み代わりにリシャナが出てきたので、リュークをあざ笑うような言葉が出てきたのだろう。アルデルトは思わずネイサンと目を見合わせる。これは、大丈夫なのだろうか。リシャナはどう考えてもリュークより胆力のある娘だが、やはり初陣でこれまで政争と縁のなかったお姫様なのだ。


「人には向き不向きがあるということだと思うけど。そして、君にも王たる才能があるとは思えないのだけど、ロドルフ」


 静かな声だったが、なかなかよく通るいい声だ。王都の住民たちに語り掛ける姿を見て思ったが、リシャナには支配者の素養があるのではないだろうか。声がよく通るのは、支配者……というか、指揮官としても有利だ。


「言ってくれるな、リシャナ。こういうのはどうだ。お前が俺の王妃になり、俺を監視する。悪い話じゃないだろう。戦いも終わる、お前も贅沢な暮らしができるぞ」


 すぐに怒り出すかと思ったが、ロドルフも案外我慢強い。リシャナのあからさまに挑発している返答に乗ってこなかった。アルデルトは不安げにリシャナを見上げた。大丈夫だろうか。鎧に包まれた華奢な背中しか、ここからは見えない。


「私は自分から幽閉される趣味はないね。戦いが終わるのは魅力的ではあるけど、それは兄上たちを犠牲にした結果だろう。悪いけど、私はお前より兄上のほうが大切だ」

「虐待されている妹を助けず、必要なものも教育も与えなかった兄だろう。それが大切だと?」

「それはお前も同じことだ。ほしいからと戦いを起こしていとこを人質にとって。それをしないだけでも兄上のほうがお前よりましだ。お前が何を言おうと城門は開けないし、たとえ王都に入ることができたとしても、議会がお前を認めないだろう。おとなしく帰っていただける?」

「この……小娘! 好き放題言ってくれるじゃないか」


 唸るような、絞り出すような声だった。どうやら、リシャナのあおりは成功しつつたるらしい。ネイサンに目配せし、兵士たちに戦闘態勢に入らせる。


「リシェ……!」


 リュークが心配そうに妹を見つめる。だが、出ていくことはしない。ここで横やりが入れば、せっかくの流れが崩れる。


「そんな教養もない小娘にもわかる程度の理論で戦っているんだよ、お前たちは。いい加減にしなよ」

「つまりお前は、俺が戦っても城門を開けないと言っているわけだな?」

「当然だ。それこそ、できるものならやってみろ、ってところだね」

「そんな挑発に、乗ると思っているのか」


 やっぱり意外と冷静だ。だが、リシャナもなかなかの弁舌だった。


「やるしかないでしょう。だって、私は城門を開けないのだからね」

「なるほど、つまり、お前の気を変えさせればいいわけだ。者ども、撃て!」


 初めから戦闘準備をしていたのだろう。すぐに大砲の音が鳴り響いた。声が聞こえるということは、それなりに距離が近いということであり、いくつかは城壁に当たったようだった。リシャナが胸壁から歩廊へ飛び降りる。砲弾が城壁に着弾した衝撃で少しよろめいたが、リュークよりよほど危なげなく着地した。


「だだだ、大丈夫! この距離なら城壁が壊れるほどの威力はないはず……!」

「そうじゃなくて、兄上、こちらも反撃しないと!」


 早口でまくし立てるリュークに、リシャナもさすがに慌てた風情で叫んだ。声が大きいのは、単に大砲の音で聞こえにくいからである。


「そ、そっか。えっと、さ、作戦開始」


 リュークがどもりながらも開始を宣言したので、こちらも反撃ができる。アルデルトが立ち上がってリュークの指示を伝えた。


「総員、反撃開始!」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この時点でリュークよりリシャナの方が運動神経がよい。


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