最後の戦い 4
「予定通り、部隊の半分を置いて行く。ヒリスが指揮官だ。副官はカイだ」
「承知いたしました」
リシャナの指示を聞き、伝令がうなずく。魔法でやり取りできる手紙や、通信用の魔術もあるが、戦場は混乱していることが多く、結局人を使った伝令が一番正確だったりする。
フェルベーク伯はリシャナの軍の副指揮官である。当初はネイサンを彼の副官として置いて行く予定だったが、彼はこの戦の初めに戦死している。ほかにも何人かの役職持ちが戦死していた。
「リニは私の副官だ。ユスティネも一緒に来てもらう。多少の変更はあるが、予定通りに部隊を再編する。一両日中に出発だ」
「はっ」
即座に反転する準備にかかる。伝令はヘルブラントとリュークにリシャナが離脱することを伝えに行く。こちらも移動準備だ。
こちらの動きを察知したのだろう。ロドルフの軍の一部が奇襲を仕掛けてきた。軍隊が反転している最中は、防御がおろそかになりやすい。そこを狙われたのだ。
「応戦する必要はない! 離脱せよ!」
明け方のことだ。澄んだ朝の空気に、凛としたリシャナの声が響き渡る。移動する部隊が応戦しなくても、残っている部隊が奇襲部隊に対して側面から攻撃を行った。味方であるリシャナ達が離脱中でもお構いなく、大砲をぶっ放してきた。この辺はヘルブラントの指示だろうか。
「姫様! 少々遠回りになりますが、森を抜けましょう! 敵を振り払えます!」
「わかった。それでいこう!」
体重が軽く、馬術がうまいリシャナはかなりの速度を出せるが、彼女が単身で向かうわけにはいかないので、どうしても一番遅い歩兵に速度を合わせる必要が出てくる。現状として、そんなに速度は出ていなかった。
奇襲部隊に向かって大砲がガンガン撃たれている。奇襲部隊もロドルフの軍の一部なので、つぶしておけば戦力を減らせるというわけだ。このまま本隊同士がぶつかり合うことになるだろう。リシャナが気がかりそうに一瞬、背後を振り返った。
「前を向いてください! 崖から落ちたこと、忘れたんですか!」
一年ほど前の話だ。すぐに見つかったからあまり話題にならないが、リシャナはよそ見をして崖を滑り落ち、一時的に行方不明になった。まあ、リニもその時同じように後ろを振り返っていたので、あまり人のことを言えないのだが。
「何が起こっても、振り返らずに北壁へ向かってください!」
リシャナに後ろを振り返っている暇はないのだ。
さすがに、奇襲部隊を振り切れば、それ以降は攻撃を仕掛けられることはなかった。北方まで一度制圧したことで、住民たちが戦争の様子を見るように遠巻きになった、とも言う。どちらが勝つのか、戦々恐々としているのだ。単純に、ロドルフがそこまで兵力を割けなかった、というのもあるだろうが。
だが、北で向かう合う敵はラーズ王国だ。一つの国である。北壁には常駐部隊がいるが、そう数は多くないし、練度も高くはない。だが、軍と言うのは指揮官の有能さである程度決まってくる。今回はリシャナが優秀な指揮官なので、妙な横やりが入ったりしなければ押しとどめるくらいはできるだろう。リシャナは防衛戦に強い。
北方まで一気に駆け抜けたリシャナは、まず、常駐部隊を再掌握した。去年の制圧戦の際にある程度住民を逃がしていたので、まだそんなに戻ってきていない。つまり、北方は人が少ない。軍人の一部を割き、街に紛れ込んでいるラーズ王国の諜報員を探し出し、始末した。というか、ラーズ王国はリシャナが出てきた時点で少し腰が引けている気がする。
とはいえ、こちらは通常の半分の部隊だ。事前に根回しをしているとはいえ、打てる手は去年よりも少ない。背後でヘルブラントたちも戦っているのも理由の一つだ。ラーズ王国はすぐに攻め手が弱いことに気が付いたのだろう。拠点が一つ、制圧された。
「戦力が足りないことはわかっていたけど、敵もやはり優秀だな……」
昨年リシャナに数か月で国境線を押し返されたのだ。戦上手がラーズ王国もそれなりの対策を練っているだろう。リシャナは頭を抱えている。
「……どうなさいます、姫様」
リニが問いかける。みんな、じっとリシャナの言葉を待っている。
「戦線を縮小する。ヴェーゼルからキストにかけてを放棄、第一防衛線をトラースとする」
今の人員では広大な戦線を維持できない。リシャナは防衛線を下げることを選択した。ちなみに、トラースはヘリツェン伯の城があるあたりだ。
さて。勝手に戦線を放棄することはできない。伝令を出し、できるだけ軍人を回収しに行く必要がある。問題は、誰がそれをするかだ。
「姫様。私が参りましょう」
「ユスティネ」
立候補したのはユスティネだった。リシャナが自ら赴くわけにはいかない以上、代理を立てる必要がある。現状として、選択肢はそれほど多くない。
「ここにいる中で、姫様を除き私が最も身分が高いでしょう。私が率いるべきです」
「……」
リシャナは合理的なところのある娘だ。ユスティネの主張が正しいことをわかっている。だが、今攻められているところに自ら突入していくのだ。あまり援軍もつけられない。危険に決まっているし、かなりの確率で帰ってこられないだろう。
「姫様は生き残らなければなりません。陛下がバイエルスベルヘン公を打倒したとしても、姫様が戦死したとなれば、陛下は求心力を失うでしょう。今後の内政の安定のためにも、姫様は自らを危険にさらす決定はできないはずです」
「……わかった。その通りだ。ユスティネを中心に部隊を編成する」
「ありがとうございます」
話し合いの後、リニはユスティネに呼び止められた。
「リニ、私ができるだけ多くの兵士を後送する。必ず受け取ってくれ」
「承知いたしました。フィッセル卿もお気をつけて」
「気持ちだけもらっておくよ」
からりと笑ってユスティネは出立準備に入った。午後には出立予定なのである。
一方のリシャナも出陣だ。第一防衛線となるトラースへ向かうことになる。リシャナの出立は、ユスティネの翌日だった。
「伝令です!」
出立して間もなく、伝令が入ってきた。どうやら、思ったよりヴェーゼルの状況が悪いらしい。ユスティネが向かったのはキストだ。
「……やはり、数には勝てないか」
精鋭をそろえたとしても、数には勝てない。リシャナがため息をついた。
リニはユスティネに兵を受け取るように、と言われている。だが、今はそれ以前の問題だ。
「……姫様、私がヴェーゼルへ向かいます。申し訳ありませんが、姫様ご自身で敗走軍を吸収してください」
「リニ! お前……」
叫んだのはティモンだ。今リシャナについている中で最も手練れである彼を引き離すわけにはいかない。ユスティネが言ったように、選択肢は少ないのだ。
「私が行くのが最も合理的なはずです。許可を」
悩んでいる暇はない。リシャナは「わかった」とうなずいた。
「リニの主張を認める。だが、あまり兵はつけてやれない」
「わかっております」
「姫様……よろしいのですか」
ティモンが問いかける。それは、リシャナがリニを頼りにしていることを知っているから出てくる言葉だ。リニも、リシャナの側を離れるのは不安ではある。だが。
多分、自分はここで消えた方がいいのだ。
リシャナにはリニに対し、リニが彼女に抱えているような思いはないだろう。それでも、平民出身の男を重用し続けるのは、リシャナが王女である以上外聞が悪い。これはリニのわがままでもあるのだ。リニが動くとこで、リシャナが、ついでにヘルブラントが勝利を手にできればそれでよい。
「……よい。リニにはたくさん助けてもらった。私もそろそろ、独り立ちしてもいいころだろう」
「それはそれでさみしい気も致しますが、行ってください、姫様」
「ヴェーゼルを任せた」
「承りました」
礼をして、リニは十名弱を連れてリシャナの軍から離れる。
リニは戦線を下げるための伝令と、残兵の取りまとめには成功したが、結局、リシャナに会ったのはこの時が最後となった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
リニ視点はここまでです。リシャナと離れてしまったので、その後を見ることはできませんでした。




