王都開城戦 4
方針が決まり、そこに王弟や王妹の意思が介在しているとなれば、そこからは速かった。根回しや必要物品、人員、金の算出などはアルデルトの得意分野だ。戦術については苦手であるが、軍事行動に必要な武器や人員、活動可能領域などの情報提供はできる。公爵という立場から、議会との折衝役も担えた。
「王都は攻め込ませないからって、議会を説得してほしい。兄上の王権を停止されたらたまらないもの」
リシャナはともかく、ヘンドリックとリュークの軍権の行使は、ヘルブラントが王権により認めているから正規の執行たりえる。ヘルブラントの王権が停止されれば、途端にヘンドリックらに認められていた正当な権利の行使ができなくなってしまう。
そして、それを言ってきたのがリシャナであることに再び驚いた。
「それはもちろんですが、誰かに言われましたか?」
「どうして?」
年齢に即したしぐさで首が傾げられる。きょとり、としたその表情でアルデルトは誰かに言われたわけではないことを察した。こういうことをどこから学んだのか聞いてみたい気もするが、今そんな時間はない。
「リシャナ殿下は王権の基礎をわかっておられるのですね」
「……王になるのに、議会の承認がいるのなら、議会は王権の停止もできるのではないの?」
「ええ。その通りです」
議会の決定に、本来は何の拘束力もない。ただ、議会の承認を受けるか受けないかは、大きな違いだ。少なくとも、議会が承認しなければ王として認められないのだから。ただ、議会が王権の停止を決定して、それが護られた場合は少ない。
ただ、念を押しておく必要はある。ロドルフになびかれたら、リシャナではないがたまらない。ただの姫君とはいえ、王族の後押しがあればなおよい。
リシャナはどうやら、遠慮をやめたようだ。だが、おとなしいことに変わりはない。促されないと話さないし、意見を言わない。人と話す、ということに慣れていないようだった。難しい言葉もわからないので避けねばならず、彼女に状況を説明するのが難しい。だが、何度かやり取りすると、やはり現状を一番よく理解して対処方法を決定できている。
予定通り、未明にヘンドリックとユスティネに率いられた千五百ほどの部隊が王都の城壁外に出た。それから城門を固く閉ざす。ロドルフ率いる軍は、もう目と鼻の先だ。
「リシャナ殿下、リューク殿下。住民に動揺が広がっています。城壁近くの住民は、より内側に退避させるべきです」
そう提案したのはティモンだ。リシャナは判断能力において問題はないが、戦の素人である。誰か実際に戦闘指揮を執れる者を残さなければならなかった。ユスティネでもよかったのだが、王の縁戚である彼女は野戦で兵たちの士気をあおったほうが良い、とリシャナが判断した。納得できる配置である。消去法でティモンは残されたわけだが、彼もすっかりこの姫君贔屓だ。
「リ、リシェ、どうしよう」
「……よくわからないけど、戦うときに近くに兵士じゃない人がいたら危ないと言うか、邪魔だと思うけど」
「ぼ、僕らもだけど」
「私たちはそれが義務なのでは」
とりあえず、住民は城壁の周辺から下げられた。ティモンからリシャナの発言を聞いて、アルデルトは彼女に『ノブリス・オブリージュ』、つまり王侯貴族が負うべき義務、という言葉があるのを知っているのか尋ねた。彼女は知らない、初めて聞いた、と答えた。
「私たちが人々よりより多くのものを持っているのは、地位によるものでしょう? 今だってみんなはこんな小娘の言うことを聞いてくれる。それは私が王女だからでしょう。だったら、私もそれに見合う何かを返すべきだと思う」
つまりリシャナは、すべてを常識に照らし合わせて判断しているのだ。まあ、その常識が一般的であるかは別として、知っているのではなく、理解している。ヘルブラントを助け出したら、必ずリシャナのことを報告しよう、とアルデルトは心に決めた。
斥候がロドルフの軍の規模を確認して戻ってきている。ロドルフ軍は規模約四千人程度。ヘルブラントを連れてきているので、彼を奪われないように周囲を固めるだろうから、実質動けるのが三千五百と言ったところか。
こちらはヘンドリックに七百の兵をつけて外に出したので、残っているのは千五百程度だが。
「単純に考えたら、二倍以上の戦力がロドルフにはあるんだね」
「そうですね」
まあ、それは王都内に残る戦力で考えたときの話だが、考え方としてはリシャナの発言は正しい。外にいる戦力を加味するのは後からだ。ここにある戦力で、ロドルフとどう戦うか。戦術面では役に立たないとわかっているリシャナとリュークは、ティモンや残っていた参謀たちに任せることにしたようだ。とはいえ、リシャナは適宜質問している。話の進行を妨げないように、だが。今は時間との勝負だ。
リル・フィオレ王国王都ルナ・エリウは城塞都市である。城壁に囲まれたルナ・エリウ市の中心部に王城ウィリディス・シルワ宮殿があり、農村などは城壁の外に点在している。ルナ・エリウ全体を巨大な城壁で囲んでいるわけではないのだ。
とはいえ、城壁の内側に一つ街があるくらいには広い。ロドルフがやってくるなら、正面門だろう。正当性を主張しているのだから、真正面からまっすぐ来るはず。
当然だが、正面が一番警備が強固だ。だから裏門などからも侵入してくる可能性があり、そちらにも警備を割く必要がある。尤も、戦いを挑んだ時点で、ロドルフが議会に認められる可能性がかなり低くなるが。
だが、万が一ロドルフが勝つようなことになれば、結果はわからない。だから、準備は万全に整えておく必要がある。
「リューク殿下とリシャナ殿下。お二人には正面門にいていただく必要があります。バイエルスベルヘン公自身は、そちらから来るでしょう」
参謀のネイサンが言うと、リシャナは「わかった」とうなずく。
「私たちとロドルフが戦っていると言うことだね」
「……ええ。そういうことです」
少し心苦しそうにネイサンが言った。彼の娘がリシャナと同じくらいだろう。気持ちはわかる。だが、リシャナはネイサンやアルデルトの子供たちと一味違う。
「防衛に徹すると言うのはわかった。私も賛成。一つ質問があるのだけど、もし戦いが長引いたとして、王都が持つのはどのくらいだろう?」
核心をついてくるような質問に、アルデルトは参謀のネイサンと顔を見合わせた。ネイサンが口を開く。
「そうですね。状況やバイエルスベルヘン公の戦力規模にもよりますが、こちらの増援がないと考えると、ひと月も持たないでしょう」
「……そう」
なぜかリュークの方が不安そうにリシャナの名を呼んでいる。軍事的な判断力はリシャナの方があると言っても、十三の妹に任せきりなのもどうか、と思ってしまう。そもそも、二人ともそういう教育を受けていないのだから、判断力のあるリシャナの方がおかしいのかもしれないが。
「……どちらにしろ、戦うしかないけど……戦闘期間は短い方がいいんだね」
「できれば兵糧攻めは避けたいですね」
「兵糧攻め?」
「補給を断つことです」
「ほきゅう」
これはわかっていないな、と思ったが、アルデルトは言い換えられなくて、代わりにリュークが妹に説明した。
「つまり、食料が王都に運び込まれなくなるってこと」
「なるほど。それは大変だ」
どこまでわかっているのかわからないが、リシャナは長期戦は避けた方がいいと言うことで結論付けたらしい。リュークも同意しているので、このまま話が進むだろう。というか、ヘンドリック達別動隊を出している時点で、長期戦にはならない予定だ。
「母上がいないとこんなにすんなり決まるんだね……」
「……」
みんなが思っていたことをはっきり口にしたのはリュークだった。リシャナは「そうなの?」とリュークと話している。この二人の会話はなんとなく和むが、内容は和む内容ではない。
「母上は面倒くさい人だよね。でも、兄上は帰ってきた方が嬉しいよね」
「うん」
リュークの言葉にリシャナがこっくりうなずく。やはり和むが、内容は和まない……。
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