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北壁の戦い 2









「少々驚きました。姫様があのようなことをおっしゃるなんて」


 リニとともにリシャナに同席していたユスティネが、リシャナが使っている部屋に戻ってきてから思わず、と言うように言った。リシャナが首をかしげる。


「あのようなこと?」

「国境線を押し返す、のあたりですよ」


 リニが言うと、リシャナは「ああ……」と納得したようにうなずき、眉をひそめた。


「リッキー兄上が戦死してから、ヘルブラント兄上は慎重だよね。気持ちはわからなくはないけど。私には同じことができないもの」


 同じ戦場に立つ王族でも、リシャナは最前線で兵士を鼓舞して戦いに行く戦場指揮官タイプではない。必要であれば最前線で戦うことを辞さないが、どちらかと言うと全体を見て指示を出すタイプである。同じことをできないのは当然だ。


「けれど、資金面でも国民の感情的にも、そろそろ結末が見えてこないと中だるみする。少なくとも、一度引き締めておくべきだと思った」


 リニは思わずユスティネと顔を見合わせる。二年前まではおとなしいばかりの姫君だと思っていたのに、この変貌ぶりが少し悲しくもある。


「北部がラーズ王国に実効支配されているのは、私たちの力が及ばないせいだけど、もともとロドルフが基盤を置いていたからだよね。なら、その基盤となる場所を奪ってしまえばいいんじゃないか、とは前から思っていた」


 それが国境線の押し返し、になるのか。確かに、これが本当に実行できれば、ロドルフのリル・フィオレ内の基盤は一気に脆弱になるし、ラーズ王国は今まで実効支配していた土地を失ってロドルフの支援をためらうだろう。レギン王国もラーズ王国と組んで攻め込む、ということをためらう可能性が高い。


「……姫様が北部を維持し続けられることが前提ですが」

「そのための組織づくりはしておくつもりだけど……どちらかと言うと、私は攻め込むための軍費が用意できるか不安なんだけど」

「そうですね……」


 金は用意できても、ものと人はなかなか用意できない。どこかから支援を頼むのが有力になってきたな、と参謀として戦争の経済状況を把握しているリニは思った。

 これから冬に向かう。準備期間はどんなに頑張っても半年はいる。すべてが動き出すのは来年の春になるだろう。

 リシャナの意見が考慮されたようで、オーヴェレーム公爵が外交の旅にでた。国王の名代だ。国政は領地から戻ってきたルーベンス公爵に任せられた。

 妹にそこまで言わせてしまったことを反省したのか、ヘルブラントは精力的に動き出した。反対にリシャナは意見を出した後は息をひそめて軍の立て直しだけを行っている。あまり出しゃばりすぎないようにしているのだ。


「リシェ、お前、剣舞はできるか?」

「剣術の一環で習いましたけど、兄上に合わせることはできないと思います」

「できるだけですごいよ……」


 と言うような三兄弟の会話を聞きつつ、準備は整っていく。ちなみに、リニはリシャナが剣舞を習っている姿を見たことがあるが、彼女の文字通り舞うような優雅な動きに対し、ヘルブラントやヘンドリックの剣舞は力強く打ち合うことを前提としている。どちらがいいのかはわからないが、合わせられなさそうではある。

 オーヴェレーム公爵は隣国に嫁いだヘルブラントの姉を通して、帝国の支援を取り付けてきた。どうしたのかはよくわからないが、リシャナが一度帝国を訪れることが条件なのだそうだ。意味が分からない。


「勝手に私を人身御供に差し出さないでください」

「嫁に行けと言うわけじゃない。お前を国外に出す気はないし、結婚するならお前は婿取りだ。そこははき違えるな。行くだけだ。言質を取られるなよ」

「外交は苦手、というか、ほとんどしたことがないのですけど」

「戦争も外交だ」

「内戦ですよね?」


 どや顔をしたヘルブラントは、妹に突っ込まれてしょんぼりした。結局、リシャナが「兄上が言うなら行ってきます。戦争が終わった後で、生きていたら」と前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない宣言をして解決した。にしても、帝国はリシャナを思し召しか。いろいろと興味深い姫君なのはわかるが、ヘルブラントの元にいるから、彼女は輝いているのだと思うと複雑だ。

 雪が降ると、晴れた日にリシャナとともに雪だるまを作った。去年はヘンドリックと雪合戦をしていたが、リニがリシャナに向かって雪玉を投げることはできないので、やるとしたらリシャナが一方的に投げるだけになる。つまらない、とむくれたので雪だるまだけになった。なお、ユスティネにもリニと同じ返答をされたらしい。


 ヘルブラントは外交に動いていたし、リシャナは軍を立て直していたが、リュークはどちらかと言うと、リシャナと同じく軍備を整えていた。必要な物資を算出して手配する、と言うことをしていた。ルーベンス公爵が仲立ちしていたのだが、彼がほぼ完全に内政に取られてしまったため、リシャナとリュークの部下が頭を突き合わせて整えたのだ。


「研究ができない!」

「資金もありませんね」


 ストレスフルなのか、リシャナのツッコみの切れ味の鋭い冬だった。


 春になり、ヘルブラントとレギン王国の姫君アイリの婚約がなった。アイリはヘルブラントより四歳年下の二十歳。ヘルブラントと野心家のレギン王、双方の思惑により婚姻は早急に結ばれることになった。姫君がラーズ王国を迂回してリル・フィオレに早急に入ることになった。戦ばかりで明るい話題のないリル・フィオレで久々の明るい話題だ、と国内は大変な騒ぎになっていたが、そのころ、リニはリシャナに付き従って王都を出た。


「あなたの兄上の妻になる方ですが」


 つまり王妃になる女性だ。戦準備を整えたリシャナは肩をすくめた。


「私の代わりに母上が挨拶してくださるだろう」

「……」


 明らかに嫌味だ。おそらく、ヘルブラントはリシャナが宮殿にいれば、王太后は別にレギンの姫君と顔合わせをさせただろう。だが、リシャナが王都の外に出たためにまとめて済ませてしまうつもりのようだ。


「それに、嫁いできたとはいえディナヴィア諸国連合の一国の姫君だ。情報漏洩は避けたい」

「そうですね」


 この戦いにこの国の進退がかかっているのだ。リシャナがそう言うのもわかる。わかるが。

 それでも、十六になったばかりの少女がそれを担わねばならない世界は、やはり理不尽だと思うのだ。このただの心優しい少女が、魔女だの死神だのと言われるのだ。本人は魔術師ではあるな、と妙に生真面目な感想を言うのだが。


「何をしている。行くぞ」

「……はい」


 自分は最後まで彼女についていこう、と思った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リシャナ、北方へ向かう。


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