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宮廷事変 5











 勝ったかどうかは微妙なところだが、負けずにヘルブラントは王都に戻ってきた。ヘンドリックは不満だったようだが、ヘルブラントは引き際をわきまえている。ロドルフもそう言った見極めについてはちゃんとしているので、ここまで戦争が長引いているわけだが。


「勝たなければ、いつまでもロドルフは攻撃してくるじゃないですか」

「それはそうだが、深追いしてこちらの被害が大きくなれば本末転倒だろう」


 兄弟での報告会でもヘンドリックは不満げだ。まあ、彼の言うことも一理ある。


「ヘルブラント兄上がいなくなれば、私たちだけではロドルフには勝てません。引くのは戦略的に正しいと思います」


 リシャナも正しい。だが、感情的にはヘンドリックに同意してしまうだろうことは、リニにもわかる。ヘンドリックも挙動不審な弟と小首をかしげる妹を見て、こいつは無理だ、と思ったらしくうなずいた。


「リシェ、最近言うことが小難しいぞ」


 それでも可愛い妹だけど、と言うヘンドリック。反対に首を傾げたリシャナが目をしばたたかせた。確かに可愛い。基本的におっとりした娘なので、挙動がかわいらしいのだ。


「まあ、俺たちのことはもういいんだよ。それで、リューク、リシェ。お前たちも大変だったようだな? なんだ、あの牢の状況は!」

「えっ! えーっとぉ」


 リュークが口ごもり、リシャナと目を見合わせる。同じくお留守番組だった兄と目を見わせたリシャナは一番上の兄に向って口を開いた。


「留守は預かりましたが、最終的な採決権をいただいていませんでしたので、ヘルブラント兄上の裁可待ちの反徒どもです」

「ああ……うん。そうだろうな」


 それはわかっている、と言いたげにヘルブラントは苦笑した。すごまれて素直におびえたリュークに対し、冷静に返事をしたリシャナに長兄はため息をついた。


「リッキーではないが、リシェ、もまれすぎじゃないか? 可愛げはどこに落としてきた」

「リシェはいつでもかわいいですよ」

「お前は口をはさむな」


 話をややこしくするヘンドリックに突っ込みを入れ、ヘルブラントはリシャナと見つめあう。リシャナはいつもの半分閉じられた澄んだ目で兄を見つめ返した。


「……いや、すまん。お前をそうしたのは俺だな」


 ヘルブラントはあきらめたように首を左右に振った。その通りだ。もともとおっとりとした優しい少女だったリシャナを、戦場に出る冷徹な姫君にしたのはヘルブラントなのだ。

 根っからの王であるヘルブラントに対して、リシャナはそうではない。そうであるように振る舞っているだけなのだ。感情を理性が上回る。それがリシャナだ。


「一応、背後関係も洗い出して、過去の処分判例も添付してあります」

「え、いつの間にやったの!?」

「別に私がやったわけではありません」


 リュークが目を見開いているのに、リシャナが冷静に返した。というか、リュークにも許可を取っているはずだ。確かに、実際に事務を行ったのは官僚たちだが、指示を出したのはリシャナだ。後はヘルブラントの裁可を仰ぐだけである。


「お前……本気でできるやつだな。見習え、弟ども」

「無理ですよぉ」

「兄上、人には向き不向きと言うものがあるんです。リシェは賢くてまじめですから」


 半泣きのリュークときりっとした顔でそんなことを言うヘンドリックである。リシャナは口をはさむのをやめたようで、ヘルブラントの土産の果物をもぐもぐしている。可愛い。


「後で見ておく。資料を用意しておいてくれ」


 ヘルブラントに言われ、リニは「かしこまりました」と承った。預かっていた案件がヘルブラントの手元に行ったので、リシャナもほっとしたように息を吐いた。


「お前たちだけで留守番も大丈夫そうだな」

「留守番は一年前にもしましたけど……」


 ルナ・エリウ開城戦のことを思い出したのだろう。リュークが眉をひそめながら言った。だが、あの時とは状況が違う。ヘルブラントは捕まっているわけではないし、何より、留守番役のリュークとリシャナにある程度の裁量権が与えられていた。これは大きな違いだ。

 ヘルブラントには絶対に裏切らない弟妹が王都を預かっているという安心感があるし、同時にある程度の反乱分子をあぶりだせるというメリットもあった。そのあたりをリシャナも理解していると思われる。そのため、リシャナはやや派手に動いたし、その動きに反応した者たちを調べ上げている。


「安心感が違うという話だ。……まだ、戦争は続きそうだからな」

「……」


 ロドルフを倒すか、ヘルブラントが倒されるか。どちらかになるまで、この戦争は続く。落としどころを探すには、もうお互いに引っ込みがつかなくなっている。


「私がロドルフに嫁いで刺してきても構いませんが」

「その前にお前が殺されるだろう」

「私もそう思います」


 リシャナがその才覚を示す前であればそれも方法としてなくはなかったのだが、今となっては無理な相談だ。リシャナが近づけば、ロドルフは警戒するだろう。

 ひとまず、本格的な冬になれば、しばしの休戦だ。この間にこちらも体制を立て直さなければならない。主に、宮廷内にテコ入れが必要である。結構な人数を投獄してしまったので、その精査も必要なのだ。


「投げてもそれなりに対応してくれる人がいるっていうのはいいな」


 兄弟での会議の後、自分が不在の間のリシャナとリュークの話を聞くために呼ばれたリニに、ヘルブラントはしみじみと言った。一年前のこの時期は、ヘルブラントがすべて対応しなければならなかった。だが、今は投げればリシャナがそれなりに対応できる。彼女もすべてをわかっているわけではないが、わかっている人間に聞いて、判断することができる。自分で難しいと思えば、人を頼ることができる。


「ですが、あまり姫様ばかり重用なさると、権力に偏りが出ます」

「わかっている」


 オーヴェレーム公爵の指摘に、ヘルブラントは軽く手を振って応じた。ヘルブラントより一回りほど年上の彼は、ルーベンス公爵と同じく、ヘルブラントの執政を預かる貴族だ。領地を持つルーベンス公爵とは違い、宮廷貴族のためこうして宮廷に詰めていることが多い。つまり、一年前のルナ・エリウ開城戦の折も王都にいたわけで、彼はそのころからリシャナの判断力を買っている。

 だが、それはそれとして、ヘルブラントの弟妹達の中で一人だけが権力を突出するのを避けよう、としている部分も見られる。それはそれで正しい。しかも、次男のヘンドリックが突出するならともかく、末のリシャナが一番権力を持っている。これが突き抜ければどう動くかわからないため、少なくとも王位継承戦争が続く間は、弟妹達の権力は同じほどであってほしい、と言うことなのだろう。


「現状として、使い勝手がいいのは事実なんだが」

「有能だとは思います。野心がないことも」


 オーヴェレーム公爵も請け負うように、リシャナに野心はないだろう。好奇心はあるが、自分が上に立とう、などとは考えていない。ただ、自分は王族であるからその責務を果たそうとしている。そう言うことだ。


「だな。もう少し欲があってもいいと思うんだよなぁ。リニ、あいつが喜びそうなものってあるか?」


 話が飛んだ。ヘルブラントも、リシャナの働きに報いようという気はあるらしい。


「そうですね。よく本を読んでおられます。ですが、普通に女の子らしいものも喜ばれますよ」

「ぬいぐるみとかな」


 感情より合理性が先に来るリシャナなので、服や装飾品はあまり好きではないようだが、小物や甘

いものなどは結構喜ぶ。妹や娘に貢ぐごとく、部隊員が甘い果物や小さな小物を各地で買ってくるようになった。


「うーん、俺とは違うタイプだな」

「陛下は覇道を行かれる方です。姫様は違います」


 言い聞かせるような、予言のような公爵の言葉が耳に残った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


方向性の違うヘルブラントとリシャナです。



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