宮廷事変 4
仮眠をとっていたリニは、真夜中に目を覚ました。無理やり起きた。戦場にいると、無理やり起こされることはままあることなので、慣れてはいる。
「カウエル卿、姫様が襲撃を受けました」
どうやら寝室でリシャナと、ついでにリュークも襲われたらしい。リュークがついでなのは、最重要目標がリシャナであろうからだ。リシャナを狙うにあたって、リュークも襲われれば、こちらはそちらにも警備を割かなければならない。リシャナを襲いやすくなる。
だが、リニが報告を受けた時点で、襲撃者はリシャナ自身に返り討ちにされたらしい。そもそも、今日リシャナの寝室で寝ていたのはユスティネだ。
とりあえずの身づくろいをして、リニはリシャナの元へ駆け付けた。襲撃があったのだから、護衛がどれだけいてもいいはずだ。リニは幕僚であるが、体を張るくらいはできる。
「姫様」
「リニか。おはよう」
ちなみに真夜中だ。リシャナは、こういうちょっとずれたところがある。おはようのあいさつをしながら、リシャナは眠そうにあくびをしている。すぐに動けるような格好で眠っていたのだろうが、少し緩めの格好にショールを羽織っていて、可愛い。
「姫様。リューク殿下の方はすでに収束したそうです。殿下がこちらに向かってきております」
「何故だ」
「妹姫の無事を確認したいそうですよ」
リシャナの側についていた幕僚のネイサンが微笑ましそうに言う。リシャナの軍は、全体的に司令官たる姫君を妹のような気持ちで見守っている。
「警護対象が近くにいる方が守りやすいですよ」
実働の采配を振るっているユスティネの代わりにリシャナについていた彼女の部下のティモンが微笑んだ。リシャナは首を傾けて、「リスク分散のために離れている方がいいのではないの?」などと言っている。それは時と場合による。リシャナの言うような場合もあるのは確かだ。
「リシェ、大丈夫!?」
リュークが駆け寄ってきた。こちらもすぐに動けるような格好で寝ていたのだろうが、緩めの格好だ。
「兄上もご無事で何よりです」
「いやあ、僕の方はたぶん、ついでだし……」
そのついでで、本気で始末してしまおうと考える人間がいないとも限らないのだ。何の理由もなく奪われていい命などない。
「母上の方も様子見に行ってる?」
「昼から監視を置いています」
それでも襲撃があったということは、王太后は許可を出しただけで、指示を出しているわけではないのだ。まあ、王太后にそのような才覚はないだろう。その時である。
「お前さえいなければ!」
リニと変わらないくらいの年の侍女だった。リュークが合流した時に、数人人数が増えた中の一人だったと思う。よく考えれば、リュークとともに女性の使用人が増えるのはおかしな話だ。そういうのを好む男もいるが、リュークはそうではないだろう。
「姫様!」
動きが遅いとはいえ、侍女は短剣を持っていた。あれが刺されば、リシャナもリュークもさすがに大けがになる。
「リっ、て、うぇっ!」
リシャナを押しのけようとしたリュークが、妹に投げられた。たぶん、位置的に邪魔だったのだろうが、自分より一回りは小さい妹に投げられたリュークは衝撃だっただろう。リニたちも衝撃だった。護衛がリュークをうまく受け止めてくれたからよかったが。
訓練を受けているとは思えない侍女は、短剣を持った腕をリシャナに捻りあげられた。
「そういうのは、自分たちに任せてください!」
護衛のはずのティモンが声を張り上げる。リシャナは肩をすくめると、侍女をティモンに預けた。リニは集まってきた護衛の中に怪しい動きをしたものを見た。この状況で、剣の柄に手をかける必要はないはずだ。
「こちらへ!」
「!」
リニはリシャナの手をつかむと思いっきり引っ張った。彼女は体幹が強いが、さすがに体格差でまだリニの方が力が強い。自分の方に倒れこんできたリシャナを抱きしめると、その場にしゃがみこんだ。頭上を剣が通り抜けるのがわかった。身を起こそうとしたリシャナを抱え込んで抑え込む。
「リニ、そのまま!」
頭上で剣戟の音が聞こえる。ティモンが襲撃者を切りつけたのだ。キン、と金属音が響き、ドカッと殴るような音も聞こえる。腕の中でリシャナが震えた。戦に才能が有り、戦場に出ているが、本当は心優しい少女なのだ。
「もう大丈夫です」
物音がしなくなってからティモンが声をかけてきた。リニは一部始終を見ていたが、ここまで顔を伏せていたリシャナは荒れた室内にびくっとした。一年前のルナ・エリウ開城戦の折、リシャナは自分の代わりに王太后にたたかれたユスティネを見て悲鳴を上げたという。そこから見ればかなり荒事に慣れてしまったと言えよう。というか、戦場で自分で剣を振るう指揮官であるし。
「どうなさいますか。明らかに反逆罪ですが」
リニが尋ねると、リシャナは表情を変えずに何度か瞬きをした。少し離れたところに転がされたリュークも無事なようだが、ショックを受けた様子が見て取れた。
話を戻して、王族であるリシャナに対して明らかに手を下そうとしていた侍女と護衛は、この場で処分されても文句は言えない。狙われたのはリシャナであるので、彼女に決定権がある。
「他と一緒に牢に入れておけ。どうせ、母上だろうが、背後関係を調べたい。自害もさせるな」
「了解」
彼らは末端だろうからほとんど何も知らないだろうが、一応、調べるそぶりは必要だということだ。
「……私を始末したところで、この流れは変わらないのに」
というよりも、リシャナを始末すれば、その分ヘルブラントの戦力が減り、間接的にロドルフを助けることになる。そして、最終手段たるリシャナとロドルフの縁組が使えなくなるので、ヘルブラントが圧倒的に不利になる。まあ、王太后はそこまで考えていないのだろうが。
そこまで考えていない王太后を使って、邪魔なリシャナを排除し、ロドルフを援助しようという宮廷内のものを探し出さなければならない。王太后をそそのかしたものはすぐにわかるだろうが、おおもとの首謀者は見つからないだろう。と、思う。
「姫様。姫様に何かあれば、少なくとも私が悲しむので、あまり無茶はなさらないでくださいね」
「侍女を取り押さえたときのこと? 訓練も受けていない女性一人くらいなら自分で対処できるけど」
リシャナは自分のできる範囲をわかっている娘だ。その範囲内であるから、動いたのだろうが。
「同時に、あなたは姫様でもあらせられる。守られる立場でもあることをご理解ください。代わりのいない御身なのですよ」
事実、リシャナを失えば彼女の代わりに采配を振るえる人間はいない。ヘルブラントには劣るかもしれないが、彼女は確かに、王者の資格を持つ優秀な王族だった。
「人はだれしも、自分以外の何者にもなれないものだ」
十四歳の少女とは思えないセリフが出てきて、面食らったリニだが、すぐにはっとした。リシャナは、母親に認められなかった。幼いころに亡くなった双子の片割れの名で呼ばれていたのだと聞いたことがある。双子の片割れの名で呼ばれても、リシャナはリシャナで、それ以外にはなれない。彼女は身をもって知っているのだ。
「リニ?」
急に黙り込んだからか、リシャナがリニの顔をのぞき込んできた。
「……今、罪悪感にさいなまれているところです」
「言った言葉は返らないのだから、次に生かせばいいのではないの?」
大人だ。大人にならざるを得なかったのだが、大人だ。リシャナがリニの服の袖を引っ張った。
「リニの代わりに私の面倒を見てくれる人も心当たりはないから、ひとまずこの後のことを話しあおう」
「……そうですね」
とても合理的で理性的だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『北壁の女王』でも語ったことのあるかもしれない、リュークがリシャナに投げられた事件。




