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王都開城戦 2

本日2話目。

『北壁の女王』でもちょいちょい出てきた、ルナ・エリウ開城戦です。













 国王ヘルブラントを捕らえたロドルフの軍が、王都近くまで迫ってきている。その報を受け取ったとき、当代のルーベンス公爵アルデルトは王都ルナ・エリウ内にいた。王城の留守を預かっていたのである。


「陛下もご一緒ですか」


 そう尋ねてきたのは、王都の防衛部隊の指揮官の一人として残っているティモンだ。ヘルブラントの麾下で戦う軍人である。身分的には平民であり、アルデルトとは身分さがあるが、彼はティモンを頼りにしていた。少なくとも、自分よりは軍の指揮能力がある。


「どうやら、そのようだ。陛下を人質に、開城要求をするつもりなのだろうが……」

「開けなければよろしい」


 きっぱりとティモンは言った。それはそうなのだが。


「こちらも、一枚岩ではないからな……」


 城塞都市・王都ルナ・エリウに残っている貴族や軍人たちは、全員が全員、ヘルブラントに付き従っているわけではない。敵対しているわけではなくても、日和見の中立派や、どちらかと言えばロドルフ寄りの考え方をする者も多いのだ。ヘルブラントは有能な王であるが、革新的な考え方の持ち主でもある。進歩的な考え方は、保守派には嫌われやすい。


 しかし、それよりも問題なのが。


「王太后様が、ヘルブラント陛下のお命と引き換えだ、となれば、開城に応じるかもしれない」

「ああ……ありえますね」


 アルデルトの懸念に思い当たったのか、ティモンも難しい表情でうなずいた。アルデルトたちの意見は、ヘルブラントの命を盾にされても、ロドルフの開城要求に応じるべきではない、という結論に至っているが、王太后に強硬に反対されれば意見をひるがえすことになるだろう。王族の命令には逆らえない。


「もし、方法があるとすれば、ヘンドリック殿下が王太后様をお納めくださることだが……」

「難しそうですな、それは」


 二人そろって押し黙った。ヘルブラント王の弟王子、ブローム伯ヘンドリックは、決して無能ではないが、頭はよくない。戦場で先頭に立ってこそ光る類の人間だ。ある意味政治的駆け引きのこの状況を、うまく切り抜けられるとは思えない。尤も、徹底抗戦を主張してくれそうな気はするが、それだけでは王太后を説得できまい。


「リューク殿下は、どうですかな」


 今一人、ヘルブラント王の弟王子がいる。ヘンドリックと年子のカイゼル伯リューク。彼は、頭がいい。聡明だ。だが、その才能の方向は軍事面にも政治面にも発揮されていない。もっぱら、科学研究などにその才能は費やされている。いや、頭のいい王子だとは思うのだが……。


「……そちらも、難しそうですな」

「だろうな」


 これまで五年続いた王位継承戦争で、もともと少なかった王族が減ってしまっている。ヘルブラントが頼みにするのは、どうしても兄弟になるが、その弟たちがいまいち実力を発揮できていない。状況を整えてやれば実力も発揮できるのだが、その状況を整える人がいない。


「とにかく、王太后様方にお目にかかり、ご説明して指示を仰ぐほかない。ティモン、同席してくれ」

「承知いたしました」


 ルーベンス公爵であるアルデルトは、集まっている貴族の中では最も爵位が高いだろう。だが、『王都を預かっている』と言っても、それはヘルブラントの代理であるヘンドリックのお目付け役と言ったところだ。そのヘンドリックは、家族らと書斎にいた。どうやら、兄弟でいるところに王太后が乗り込んできて、そのまま会議の場となったようだった。


「現在、ヘルブラント陛下を捕らえたロドルフの軍勢がこの王都に迫ってきております。我々は対応を考えなければなりません」


 慎重に切り出したアルデルトに、王太后カタリーナが不快気に眉を顰める。


「対応とはどういう意味です。ヘルブラント陛下のお命が最優先に決まっています」


 それはそうなのだが、そういうことではない。さらに王太后が口をはさんでくる前に、幸い、ヘンドリックが尋ねてくれた。


「つまり、ロドルフが王都までくるとどうなるんだ? 戦か?」

「おそらく、ルナ・エリウの開城を求められるはずです」

「開城すればよいのです」


 王太后が何か言っているが、聞こえなかったことにして話をつづけた。


「ロドルフが要求しているのは、王位です。王になるためには、議会の承認がいる。そのためには王都に入らねばならない。……王位を求めている以上、ロドルフは王都に入らなければなりません」


 一応、ヘンドリックは「なるほど」と納得した様子を見せたが、どこまで理解しているかは謎だ。むしろ、リュークの方が理解した様子でもある。


「つまり、ロドルフを王にしたくないなら、王都に入れないのが一番いいってことだよね」

「そういうことです、殿下」


 絶対にロドルフを王にしたくないのなら、王都に入れることはできない。王都の外にいる限り、ヘルブラントは無事なはずだ。王都に入れない間にヘルブラントが死んで王位が空白になれば、王都内にいるヘルブラントの弟妹……おそらくヘンドリックが、その王位を襲うことになる。これは、臨時議会がすぐに承認するだろう。ロドルフの場合と違って。

 そうなると、ロドルフは今度はヘンドリックを殺す必要がある。だが、ヘンドリックは王都の城壁の中。なかなか殺すには難易度が高い。

 そうなると、うかつに王都に入れない方がいい。王都に入ったが最後、ロドルフは中にいる自分より王位継承権の高い王族たちを皆殺しにする可能性がある。生き残れるとしたら、妻にと望まれるだろう末姫のリシャナくらいだ。ちらっと彼女を見る。ヘンドリックとリュークは会話に参加しているのに対し、リシャナは興味がない、というようにひもで閉じた本のようなものを読んでいる。

 というか、実際、リシャナはロドルフの妻にと望まれたことがあった。王位継承戦争が始まる前のことだ。あの時は、ロドルフの権限を強化したくないヘルブラントが一蹴している。


「ですが、おそらくロドルフは、開城すれば陛下のお命は助けると申してくるでしょう」

「そう言ってきたのならば、開城すればよいでしょう! 何をためらうことがあるのです!」


 あくまでも可愛がっている息子を失いたくない王太后の主張であるが、ここにいる人間は、彼女以外の誰もが開城に応じるわけにはいかないと思っている。門を開き、王都に入城させたところで、本当にヘルブラントの命が助けられるかなどわからないのだ。彼らの王の命は、ロドルフが握っている。ヘンドリックもリュークもそれをわかっている。彼らは、ロドルフを王都に入れたくない。だが、もしかしたら、ロドルフの要求を呑めば本当に兄王が帰ってくるかもしれない。閉門を命じればおそらく、戦うことになる。そうなれば指揮を執る人間が必要になる。ヘンドリックとリュークは、それぞれ自分たちが全体を見ての指揮を取れないことをわかっている。

 そして何より。決定を下す人間がいないのが痛かった。アルデルトのような留守番役はいるが、ヘルブラントを助ける幕僚たちはヘルブラントに随行していて、捕まってはいないが王都の城壁の外だ。


「悩むことはありません! リッキー、リューク、ロドルフを王都に入れるだけでお兄様が帰ってこられるのよ!」

「それは、ええ、母上」


 ヘンドリックが戸惑ったようにヒステリックに叫ぶ母親を見る。王太后は息子たちを猫かわいがりしているが、息子たちの方は母親を扱いかねているように見えた。うまくあしらっているのはヘルブラントくらいだ。それとも、ヘンドリックやリュークも、年を重ねれば兄のようにうまくあしらえるようになるのだろうか。


「ユスティネ、これ、なんて読むの?」


 抑えた声量で、十三の娘にしては落ち着いた声が側にいる女騎士に尋ねる声が聞こえた。尋ねられた女騎士ユスティネは「あ、ああ……塹壕ですね」と応じている。……待て、何を読んでいるんだ。

 単語に引っかかったアルデルトは、しどろもどろのヘンドリックとヒステリックな王太后から視線を引きはがし、リシャナの方を見た。リュークもアルデルトと同じようなしぐさをしたので、妹の声が聞こえたのだろう。リシャナの持っている本は本ではなく、戦闘報告書だった。専門用語が多く、意味が分からなかったのだろう。側にいるユスティネにあれこれと尋ねている。……理解しているのだろうか。考える前に、アルデルトは口を開いた。


「リシャナ殿下はどう思われますか」


 突然声をかけられたことに驚いたのか、びくりとリシャナは肩を震わせて視線を上げた。澄み切ったアイスグリーンの瞳がアルデルトを見つめる。十三歳の子供らしからぬ、気鬱げな表情を見て取った。


「それに聞いても無駄よ、ルーベンス公」


 一転、憎々し気に王太后は吐き捨てた。自分の娘であろうが、自分より若く美しい女には冷たい。王太后はそんな女だった。リシャナには二人姉がいるが、二人ともすでに国外に嫁いでいる。そのため、リシャナは今、王太后の敵意を一身に受けている状況だった。

 抑圧されて育った娘だ。王位継承戦争にかまけて、誰も手を差し伸べなかった。不憫に思いながらも、アルデルトも王太后を気にして救い出さなかった。

 澄んだアイスグリーンの瞳が下を向く。王太后が口をはさんだからだろう。おとなしいと言うか、話すところをほとんど見たことがない。


「どう、思われますか」


 再度尋ねる。王太后が再び口を開く前に、ティモンが王太后とリシャナの間に立った。王太后からリシャナの姿を隠す。王太后の方は「どきなさい、平民風情が!」などと喚き散らしているが。

 ゆっくりとリシャナの瞳が隠れて、また現れる。やはりゆっくりと、考えながら口を開いた。


「……ロドルフが王都に入りたいのは、王になりたいからだよね」

「そう主張しております」

「この国では王権を、えっと、使うには、議会のしょう……承認? が必要で、勝手に王だって名乗っても、駄目なんだよね」

「はい。正式に王となるには、議会の承認が必要です。そうでなければ、国王の保持する権力の一つも、行使することができません」

「……えっと」

「議会の承認がなければ、王は何もできないと言うことです」


 端的に言うと、リシャナも理解できたらしく、うなずいた。王太后は「無礼な!」とアルデルトを咎めるが、みな、アルデルトとリシャナのやり取りに注目していた。


「よく……分からないのだけど。今、王位継承権第一位はリッキー兄上だよね。二位はリューク兄上だし、三番目以降にお姉様や私」

「ええ。そうですね」


 正確には、第三位が隣国に嫁いだヘルブラントの姉アルベルティナ、第四位がライヒシュタート帝国の構成国の一つの公国に嫁いだヘンドリックのすぐ上の妹タチアナ。ちなみに、この公国は王太后の出身国でもある。

 そして、第五位にリシャナが来る。ロドルフはその後だ。リシャナにすら、王位継承順位で負けている男が、王位を主張しているのだ。

 おそらく、リシャナは状況を理解できていると思う。あまり知識はないようだが、自分のわかる範囲で筋道を立てて考え、アルデルトと答え合わせをして答えを出した。リシャナのこの年の娘にしては落ち着いて聞こえる声が言う。


「では……城門を、閉じましょう」












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リシャナは母親に疎まれてほとんど教育を受けていない13歳の姫君。

『北壁の女王』に出てこないヘンドリックは、リシャナの3つ年上の兄。

視点のアルデルトは、『北壁の女王』のエリアンの父でこの時のルーベンス公爵。


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