宮廷事変 3
「寒いのに、ご苦労なことね」
自分も身を震わせながら、リシャナはロドルフ進撃に対する感想を言った。リニは彼女に厚手のケープを羽織らせながら言う。
「そうは言っても、全く活動しなければ、バイエルスベルヘン公の真意が疑われることになります。支援者に見せるためにも、動いておくことは必要なのですよ」
「非合理的だと思うのだけど」
納得できない、と言うようにリシャナが眉を顰める。リシャナの言うこともわかるが、人と言うのはそういうものだ。目に見えるものを信じる。リシャナが王都の住民に熱狂的な支持を受けているのは、彼女が目に見える形で王都を守ったからだ。
そう言った活躍が、ロドルフにも、そしてヘルブラントにも必要なのだ。
どうやら両軍は国の中央付近でぶつかったようだ。王都ルナ・エリウは中央より南西部に位置するので、戦場は若干遠い。
とはいえ、王宮内も平穏とは言えない。ヘルブラントが捕まった時もそうだったが、宮廷内が浮足立っている。議会の時期ではないが、王宮内には一定数の貴族がいるのだ。彼らがどう動くかによっても、情勢は変わってくる。
今、王宮に残っているのはリシャナとリュークだ。十四歳と十六歳の姫君と王弟。頼りなくも思える王の弟妹しか残っていない。この時を好機ととらえて反発してくる反ヘルブラント派の貴族もいる。
当然だが、リシャナもリュークも、ただお留守番をしているわけではない。特にリシャナは精力的に動いた。状況をよく見ているものなら、ヘルブラントが弟たちよりも妹を重用しているのがわかるだろう。だからこそ、彼女は動かなければならない。
「うう……宮廷内がぎすぎすしてるぅ」
「しっかりしてください、兄上」
胃のあたりを押さえて泣き言をいうリュークと定例報告会である。リシャナは淡々としているが、宮殿内で帯剣していた。最初の一撃を防ぐことができれば、守りやすくなる。そして、彼女が帯剣しているということは、それだけ状況が緊迫しているということでもある。
「やっぱり宮廷内部ではこの機会にリシェを排除しようという動きがあるみたいだよ。気を付けるんだよ」
「わかっています。ヘルブラント兄上たちですが、どうもロドルフ側の士気が低いようですね。まあ、こちらもそう変わらないでしょうけど」
寒さによって意識がそらされるのはどちらの兵士も同じことだ。ヘルブラントの軍は士気が高い方だが、それでも限界と言うものは存在する。戦いには周囲の士気が大切だとリシャナはよく理解していた。ヘルブラントとリシャナは、若干方向性は違うものの、周囲を引き付け奮い立たせる才能がある。最近、リニが思うのは、リシャナには弁舌の才能がある、と言うことだ。
「ええっと。補給は問題ない……はず」
「こちらでも確認しましたが、自然現象以外で補給が途切れることはないでしょう」
つまり、雪が降る前に決着をつける必要がある。それはどちらの指揮官も思っていることだろうが。
「あと、リシェ」
「なんでしょう」
言いづらそうにしながらも、リュークは妹を見て言った。
「……母上が、君が兄上たちを戦場に追いやって殺すつもりなんだと騒ぎ立ててる」
「ああ。それに迎合しているように見せかけて、私を排除しようと計画が立てられていることは知っています」
「そうなの!?」
どうやらリュークは騒いでいる王太后を何とかしてくれ、と言われて直接会いに行ってきたようだ。ご苦労なことである。息子が顔を見せたので、少しは機嫌がよくなっているだろうか。リシャナに肩入れしているものとしては、王太后の振る舞いは腹立たしいものがある。
王太后も、妹と仲良くしている兄にそんなことを訴えてどうしようというのだろう。現実が見えていない。王太后にとってはその主張だけが心のよりどころなのだろうか、と最近は思う。自分よりも優先され、人心を集めるリシャナが目障りなのだろう。
「……今、君を排除するわけにはいかないって、僕にもわかるんだけど」
「母上にとって関係ないのではありませんか?」
リシャナがどうでもよさそうに言った。一年前、母親から引き離したときは気にするそぶりを見せていたが、一年たって気にしない方向に変更したらしい。その方がよいと、リニも思う。この国の王太后に失礼だが、彼女にそこまでの価値はない。
「それで……」
気を取り直したリュークがリシャナにささやくように声を低める。おそらく、リシャナの一番近くに控えていたリニくらいにしか聞こえないであろう声で、リュークはリシャナにささやいた。
「今夜あたりが、怪しい。姿は見えなかったけど、母上の離宮に人が集まってたって、護衛が」
リュークの護衛が言うのなら、確かに誰かいたのだろう。それがリュークの耳にもリシャナの耳にも入っていないのなら、まだ宮廷内が統一されていない証拠だ。
「リニ、離宮を確認させて。見つからないように」
「承知いたしました」
一年前なら戸惑っていた采配も、今ではためらわずにできるようになっている。怜悧な容姿も相まってなかなか堂に入っている。自分に任せられている裁量範囲も理解できるようになった彼女の仕事は早い。
リニはさらに指示を出して、離宮を確認に行かせる。戻ると、リシャナとリュークは今日謁見した南の貴族について話していた。
「南部は、なんていうか、のんびりしてるね」
「王位継承戦争は北部から西部にかけてで行われていますからね」
今までの主戦場がそうだ、と言うだけでそういうわけでもないのだが、リシャナの言うことは事実だ。ヘルブラントも、彼のやり方を踏襲しているリシャナも記録をきっちりと取る。それらを調べたのだ。リシャナはまじめである。
南部の貴族は直接戦争に関わっていないところがある。どうしても、巻き込まれ、動員されるのは実際に戦場になる場所に住んでいる貴族や住民たちだ。この差が、北部と南部の対立を産もうとしていることをヘルブラントは憂慮している。
今は王位を狙っているロドルフを排除しなければならない。身内で争っている場合ではないのだ。いや、そもそも国内貴族もヘルブラント派とロドルフ派に分かれているわけだが……詳しく分けるともっとややこしいが、大まかにはそう言うことだ。
味方でさえ一枚岩ではない状況がヘルブラントを苦しめている。南部の貴族には北部の貴族が優遇されているように見えるし、北部の貴族には南部の貴族が何の負担も負っていないように見えるだろう。もちろん、ヘルブラントは南部の貴族には兵站を担うように勅命を出している。管理はリュークだ。ほかの三人が前に出て行くので、必然的にリュークに集約された、とも言う。
「僕の勘違いでなければ、お嫁さんを斡旋されてた気がする」
「気のせいではないと思いますが」
ヘルブラントをはじめ、ヘンドリックもリュークも未婚だ。娘を妻にどうか、などと言う斡旋はむしろ自然である。リシャナの耳にも入っているだろう。
一方、彼女にはそう言った話は聞かない。いや、もしかしたらヘルブラントの耳に入っているかもしれないが、彼女の婚姻は、ロドルフに王位を奪われた際の最終手段なのだ。まじめで温厚なリシャナと、自尊心が強く我が強いロドルフでは合わないだろうな、と思う。そもそもロドルフは、初陣のリシャナに負けている。自尊心の高い彼は、自分に勝った少女を娶ることを承諾しないだろう。だから、最終手段なのだ。
「難しいところですね。南部の貴族は北部の貴族ばかり優遇されると不満があるのでしょう。ですが、北部の貴族は自分たちばかり戦に駆り出され、南部の貴族は何の負担もしてない、と思っている」
「負担しているものが違うもんね。……いっそ、南部の貴族も戦に駆り出してみる?」
「別に南部の貴族も全く戦に参加していないわけではありませんからね。絶対数は少ないですが……王の元へ侍るのも、臣下の役目ですから」
自分の土地が戦場になるから、それを守るために北部の貴族は多くの兵を出すのだ。リニ自身は、出身の街は東部にあるので、それほど戦争の被害を受けていない。
「……いずれにしろ、僕らには決定権がないけど」
「ですね」
リュークの締めに、リシャナがうなずいた。ある程度の権限を預かってはいるが、二人に決定権はないのだ。どちらかに権を預けるのをヘルブラントが避けた、と言う面もあるが、ここで弟妹が権力をふるってしまうと、ヘルブラントの王権に傷がつく可能性がある。最後の処断は彼がしなければならない。
「確認してまいりました」
リシャナとリュークの話し合いが終わってからしばらくして、リニの元へ離宮へ様子を見に行っていた部下の報告が届いた。報告を聞いたリニは、そのまま夕食を終えたリシャナの元へ向かう。
「就寝の際、お気を付けください」
性別が違うので、さすがにそこまでリニが入っていくことはできない。リシャナは「そうしよう」とややこわばった顔でうなずいた。
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