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宮廷事変 1










 リニがリシャナの教育係についてから、もうすぐ一年が経とうとしている。今は冬の終わり、春の初めだ。リニの役割も、教育係から参謀に近くなってきた。


「あれはまたやらかしたらしいな」


 相変わらずヘルブラントのところから出向の形をとっているため、リニは定期的にヘルブラントに報告を求められる。とはいえ、かなりリシャナに情が移っている自覚のあるリニは、彼女に寄った意見が出てきてしまう。


「姫様の意に添わなかった、と言うだけですよ。事実、放逐しただけですし、陛下へ訴えることも認めています」


 こうしてヘルブラントに指摘されたのだから、昼間の出来事はすでに、ヘルブラントの耳に入っているのだろう。本人が直接訴えたのか、他から情報が入ってきたのかわからないが。おそらく、後者だとは思う。

 リシャナとリュークが初陣を迎えた結果、軍の編成に変更があった。尤も、王だ王族だといって常備軍をそれほど多く持っているわけではないのだが、まあひとまず、実際に軍を動かす上層部と言うのは基本的に固定だ。この編成に変更があった。

 変更が加えられた結果、リシャナはヘルブラントの次に大人数を任されている。能力を考慮した結果、リュークはヘンドリックと組ませることで、その戦闘力のなさをカバーした。


 リニもリシャナの教育係兼参謀と言う立場でリシャナに付き従っているのだが、その訓練中にそれは起きた。


 貴族ではないが郷士の出身で、それなりの戦経験のある兵士だった。新人教育を任されていた彼の教育方針は、痛みをもって教え込むことだったようだ。これについては、リシャナはあまりいい顔をしないが否定的ではない。痛みを経験せずに戦場に出る方がまずいと、彼女も理解しているからだ。だから、そこに問題があったわけではない。

 その男は、いつも訓練で最下位だった兵士を殴り、怒鳴りつけた。お前は軍にいても役立たずだ、この中で最も弱い、鍛錬が足りない、と。新人たちは十代半ばから後半の少年が多い。中年の熟練兵の怒鳴り声に委縮していた。

 その教育現場にリシャナが居合わせ、その場で男を解任した。自分の方針に合わないから、自分の元では戦いにくかろう、とのことだった。男は当然激怒した。軍の教育において殴る蹴る怒鳴るは普通に行われることだ。リニも殴られたことがある。正直、リシャナは甘いと思った。

 どれだけ非難されても、リシャナは意見を翻さなかった。最後には怒鳴ってくる男に対し、文句があるならヘルブラントに訴えても構わない、と言ったのだ。リシャナは王族の姫君だ。その場で不敬罪で処断することもできた。

 さすがに王に訴えることができなかったと思われる。だが、それを知ったヘルブラントは、すでに彼をヘンドリックの軍に再編していた。仕事が早い。


「リシェも、軍の教育でそう言ったことが行われていることは知っていただろうに」

「知っていることと、実際に経験することは違いますから。それに、おおもとの原因はそこにあるわけではないようです」

「何?」


 リニはリシャナからなぜその男を解任したのか、理由をちゃんと聞いていた。


「姫様も、別に大声で怒鳴りつけたり、殴ったりすることを一概に悪い、ダメだ、と思っていたわけではないようです」


 自分がいやであっても、リシャナはそう言ったことをわきまえている娘だ。理性的なのである。ヘルブラントも「まあそうだろうな」とうなずいた。


「どちらかと言うと、言動が許せなかったようですね。お前のせいだ、とか、お前は何の役にも立たない、とか、けなすような言動に腹を立てたようです」


 多分、リシャナはそうやって母親にけなされてきたのではないだろうか。リニと同じことを、ヘルブラントも思ったらしい。


「なるほど。せっかく指揮官になれそうなんだ。精神衛生も大事だな」


 ここでリシャナに降りられては困るのはヘルブラントの方なのである。


「一応、兵たちが委縮しきりでは、力が発揮できないし伸びない、という建前もありますよ」


 リシャナの考え方も、全くおかしいわけではないのだ。ただ、戦う男の社会では少々異質なだけで。彼女は本来の優しい性根と合理主義的な思考が混在している。今のところ、うまく折り合いがついているようなので、気にするほどではないと思うのだが。


「まあ、あれはあれなりのやり方があるんだろうが。軍はまとまっているし、組織立てて規律を引き締めたのは見事だな。どうだ? 狂信者の集団になっていないか?」

「信奉者は多いですけど、狂信者まではいかないですね」


 とにかくリシャナは人気があるのだ。軍を組織立てて規律を正して軍隊を引き締め、自身も努力を怠らない。筋がいいようで、リニは剣術で負けそうである。総合的に見れば年上の男であるリニの方が強いが、技術的な面ではリシャナの方が強いかもしれない。教育係だった男を解任したことだって、何も根拠がないわけではないのだ。

 しかも、今のところアンシンクの反乱以外は目立った負け戦はない。と言っても、この一年で五回ほどの小さな戦闘を指揮したが、あえて引き分け近くに持ち込んだこともある。これはつまり、引き際もわきまえているということだ。

 戦に強く、しかし彼女は平等で弱いものに強く出ない。すべてを守ることができないと知っているため、目につくところだけなのだろうが、立場の弱い人間にも平等に接する。強いものの理不尽を許さない。そう言ったところに人気が出るのだと思う。


 一方、彼女はいくつかの常識を覆してもいる。占領した町村での略奪行為を規則で正式に禁止したのは彼女が初めてだ。ヘルブラントたちだって積極的に推奨しているわけではないが、積極的に止めることもしない。戦には略奪がつきものであるが、評判を下げるのは確かだ。実際、外人部隊を連れていたロドルフは、彼らに略奪を許し、リル・フィオレ内での評判が下がっている。略奪を許さなかったリシャナがいることで、余計に下がっていると言っていい。気持ちよく戦ってもらうために、必要な時もあるのだ。

 一応、リシャナにも言い分があって、働いた分の報酬を払っている。それなのに略奪を許せば、自分たちが見合った報酬を出せないようではないか、と言うものだ。主張はまっとうであるし、ある意味理にかなっている。功績のあったものは追加で報酬を出しているし、確かに必ずしも略奪に走る必要はないのだ。

 規律は厳しいが金払いがよいため、人が集まってくる。立場の弱い者にも平等に接するため、信者が増える、と言う寸法だ。その性質上、貴族より平民や下級貴族などに人気のあるリシャナだった。


 これともう一つ、リニが感心したのは、リシャナの組織力だ。組織としての力、ではなく、組織を作る力、と言えばいいだろうか。

 これまでの大まかな役割分担があった。例えば、リニは幕僚だ。これが何人かで班を作って参謀班などとして作戦を考えたりしていたわけだが、リシャナはこれを組織化して見せた。だがたぶん、自分が動かしやすいようにそうしたのだと思う。戦術や戦略、外交交渉について学んだリシャナは、それぞれ分野ごとに班分けをした。完全に分業させるのも問題だが、おおよその担当を決めて、組織化したのである。

 分業されているのは、正直言って補佐する立場のリニたちにもわかりやすい。手柄を立てにくい役割を与えられたものは不満そうだが、リシャナはそういう相手にも報酬を出し惜しまない。どうせ、戦争の間だけだ、と言うのが彼女の主張だ。実際、戦費の一部として考えればそこまで大きな金額ではないのだ。

 なかなか合理的な思考回路の持ち主である。情に厚いが、情に流されることはない。これも重要な資質だ。


「人望はあれの方があるかもしれんなぁ」


 いつかあれに王位を乗っ取られるかもしれんな、とヘルブラントは笑ったが、笑い事ではないし、リシャナはそういう性格ではないだろう。周りにおだてられても調子に乗らないタイプだ。

 ただ、ヘルブラントが自分が不在の際の代理として、王権を執行させようとしているのもまた事実だった。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リシャナの様子を見ながら使わなければならないヘルブラントも大変です。


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