アンシンクの反乱 1
どうやらロドルフは、北方諸国連合に逃げ込んだようだった。これはリル・フィオレの北部にある小国が集まった連合組織だ。これらはそれぞれが小さな国であるが、集合体としてはそれなりの大きさになる。これらが慢性的にリル・フィオレと敵対しているわけだ。ロドルフは、そこに逃げ込んだ。要するに、敵の敵は味方、と言うことだろう。
ロドルフは北方諸国連合を巻き込んで戦力を強化し、再びヘルブラントに戦いを挑もうとしている。
「敵の敵は味方、と言うのはわかる。つまり、ロドルフと北方諸国連合は共通の敵としてヘルブラント兄上を想定しているということでしょ」
リシャナの言葉にリニは「そうですね」とうなずく。いつものお勉強の時間である。今の情勢を簡単に説明したら、リシャナから質問が飛んできた。
「でも、それだけで協力関係をえっと……協力できるわけではないと思う。ロドルフは北方諸国連合の協力を得てリル・フィオレの王位を得る。では、連合の方は?」
なかなか穿った質問だ。賢い。ヘルブラントがリシャナに目を付けたのは間違いではなかった。
「まず、姫様の今の発言の文脈からすると、協力関係を築けるわけではない、もしくは構築できるわけではない、と言うとしっくりきますね」
「築く、構築、だね。で、答えは?」
いまだ語彙が足りない面はあるが、慎重で学習能力の高い彼女だ。すぐに覚えるだろうとあまり気にしていない。
そして、自分があまり多くを知らないことを知っているリシャナだから、人の話をよく聞く。だが、周囲の意見を聞いても、その時点で彼女の中である程度の結論が出ているのだろうな、と思うことはある。
「北方諸国連合はリル・フィオレより北にある国々の集まりです。つまり、寒いのです」
「うん」
リシャナは逃げる過程で北方に行ったことがあるようで、北は寒い、というのをすんなりと理解した。それが理解できるのなら説明は難しくない。
「寒いと、植物がなかなか育ちません。それに、冬になると港が凍ってしまいます」
リニの説明に、リシャナは首を傾げた。
「植物が育たないってことは、食料が少ないということ? 港が凍るというのは?」
なかなかよく資料を読み込んでいるな、と感心した。そして、リニと歩き回ったこともちゃんと身についている。植物が育つことと、食料についてがちゃんと結びついている。
「そうですね。冬になると、食料不足になる、と言うことです」
「だから、略奪しようと攻めてくるのね」
おおむね、その通りだ。その側面もある、と言った方が正しいだろうか。
「隣にあるのだから、隣からとってこよう、となるわけですね」
「交渉して手に入れた方が最終的な損害が少ない気がするのだけど」
「……みんながみんな、姫様のように合理主義ではないのですよ」
合理? と首を傾げられたのでざっくりと説明する。リシャナのような思考回路の人だ、と言うと反対に首を傾げたので、ちゃんと説明すると理解したようにうなずいた。
「……いろんな考え方がある、ということだね」
納得したが納得できない、というような表情のリシャナに、リニは苦笑しつつ地図を広げた。
「彼らの一番の目的は、不凍港、つまり、凍らない港を手に入れることです」
「ああ……ディナヴィア諸国連合の国は北方にあるから、北部は港が凍ってしまうんだね」
「その通りです。陸路での輸送も可能ですが、大量に運ぶのならやはり、船の方が効率が良いですからね。ですが、他国の港だと、関税がかかりますから」
「だから、自分の国のものにしてしまいたい? ……なるほど」
今度こそ納得したようにリシャナはうなずいた。それからリニを見上げる。
「つまり、ロドルフは彼らに不凍港? を与えることを約束したのかな」
「おそらく。けれど、バイエルスベルヘン公が履行するとは思えません。もし勝ったとしても、今度は公と諸国連合の間でいさかいが起こるでしょう」
「なるほど……『履行』は約束を実行する、と言う意味でいい?」
「そうですよ」
リシャナも最近は文脈から推測できるようになってきた。都度確認してくるので話の流れがぶった切られるが、わからないまま流されるよりはましだ。
北方の国々との関係も学びつつ、季節は過ぎていく。秋の収穫が終わったころ、ついにリシャナに出撃命令が出た。
「よう、来たな。勉強の方はどうだ?」
ヘルブラントが久しぶりに見た妹に声をかける。リシャナは兄を見上げておっとりと首をかしげる。
「楽しいです」
ちょっとずれた返答をした妹を見て、ヘルブラントは苦笑したが「そうか」とうなずいた。実際、リシャナは聞けばなんでも答えてくれる存在がうれしいようで、リニにあれこれと質問してくる。学びにどん欲なリシャナに教えるのが楽しくて、リニもいろいろと教えてしまう。思ったより、楽しく教育係の仕事をしている。
「アンシンクで反乱が起こった。背後にロドルフがいるんだろうが……まあ、鎮圧しないわけにはいかないよな」
ヘルブラントが苦笑気味に言うが、彼の部下たちも微妙な表情だ。かくいうリニもそうだし、ヘンドリックとリュークも心配そうだ。リシャナだけがいつもと変わらない。たまに、この姫君の表情は読めない。
なんとなれば、ヘルブラントはリル・フィオレ最北方アールスデルスの動乱を鎮圧しに行って、ロドルフにとらえられたのだ。似たような状況に、ヘルブラントも苦笑せざるを得ないのだ。同じ轍は踏まないつもりだが、絶対はない。
違うのは、今回はリシャナとリュークが参戦していることだろうか。ヘルブラントはリュークを参戦させるつもりはなかったようだが、最年少のリシャナを使うためには、そのすぐ上の兄であるリュークも巻き込まなければならない、という結論に至ったらしい。
アンシンクはアールスデルスに接している、比較的北側の地域だ。動乱ではなく反乱と言うあたり、地域住民が奮起したようであるが。
「背後にってことは、アンシンクにロドルフがいるわけではないということですか?」
リニが尋ねると、「そう聞いている」とヘルブラントはうなずき、幕僚のシームに説明させた。
「バイエルスベルヘン公は、いまだディナヴィア諸国連合のラーズ王国に身を寄せていることが確認できております」
アールスデルスは今のところ、ロドルフに実効支配されている。リル・フィオレの国土であるが、ヘルブラントのものではないのだ。リニはふと、表情を変えずに話を聞いているリシャナを見た。
「姫様。何か疑問があれば、聞けばいいのですよ」
肩に手を置いて促すと、リシャナは首を傾けてリニを見上げ、それからヘルブラントを見た。ヘルブラントもなんだ、とばかりにニヤッと笑う。
「なんだ、リシェ。意見があるなら聞くぞ」
「……意見、ではないのですが……鎮圧に行くのは罠にかかりに行くこと、ということですか」
確認している、という口調だ。表情は変わらないが、リシャナは自分から口を開くということが少ない。リニとは普通におしゃべりしているので忘れがちだが、こういう公式な場では口数が減る。それを指摘できなかったのはリニの落ち度だ。
そして、リシャナの指摘が的を射ている。これはロドルフがこちらに仕掛けた罠だと考えるのが自然だ。
「リシェはどう思う?」
試すようにヘルブラントが尋ねた。リシャナはひとまず、「罠だと思います」とだけ言って口を紡ぐが、ヘルブラントは先を促すように「なぜだ?」と尋ねた。
「今、兄上が背後にロドルフがいるとおっしゃったではないですか」
きょとんとした妹に言われ、ヘルブラントは笑った。
「そうだったな。では、どういう罠だと思う?」
「動乱があったのなら、鎮圧しに行かないわけにはいきません。鎮圧に行ったところを攻め込まれる、というのが一番簡単な憶測だと思うのですが……」
リュークがうなずいているのを見ると、彼も思い至っていたらしい。リシャナが言うように、一番簡単だ。
「怖いのは、挟撃されることでしょうか。ロドルフに取り込まれているのがアンシンクだけとは限りませんから」
「……よく勉強しているな。そうだ。包囲されるのが恐ろしい。どこまでロドルフの勢力が入り込んでいるかわからない」
疲れたようにヘルブラントがため息をついた。リシャナがぱちぱちと目をしばたたかせている。
「おそらく、俺もそういう罠が張られていると思う。単純だが、効果的だ」
ヘルブラントがそういう消極的な言い方をしたのは、まだ国内を整えることができていないからだ。すべてを掌握しきれていないので、どこにロドルフの息のかかったものがいるかはっきりとわからない。気づいたら、隣にまで迫ってきている可能性もあるのだ。
「二正面作戦を行うのでしょうか」
「なぜそう思った?」
「兄上が私の能力を図りたいでしょうから」
さらりと言ったリシャナに、ヘンドリックとリュークの方が面食らっていた。ヘルブラントはと言うと、にっこり笑って妹に言う。
「そこまで察しているなら話は早いな」
ヘルブラントは正面に控え、挑発する。ヘンドリックとリュークはそれぞれヘルブラントの左翼と右翼に控える。背面はリシャナで、突破されないようにいなすのが役目だ。
予想できていたリシャナは、指揮を一人でとることになっても落ち着いて見えたが、慌てたのはリュークだ。一応、彼も軍事について学んでいるが、今のところ才能は見いだせない。
「あ、兄上。僕には無理です」
「三つ下の妹がやるんだぞ。補佐はつけるから、やれ」
「私はリューク兄上と二歳差です」
姫様、そこじゃないです。いや、これくらいの年齢なら、一歳の差は大きいのかもしれないけど。
「十二歳のわりには小さくないか?」
「十三歳です」
ヘルブラントも、そこではない。
「そうではなくて。王都が空になりますが、いいのですか?」
リシャナがなかなか鋭い指摘をする。彼女の言う通り、全員戦闘に参加するのなら、王都が空になってしまう。この隙を狙ってくるのではないか、とリシャナは言いたいわけだ。
「そうだな。だが、俺たちが戦っている間に王都を取られないという確証が、俺にはある。今はそれで納得してほしい」
思ったより真剣にヘルブラントがリシャナに説明した。まだロドルフがディナヴィア諸国連合にかくまわれており、王都を乗っ取れるほどの戦力を集められていないことを、ヘルブラントはつかんでいる。もしかしたら、そのうちリシャナには教えるつもりなのかもしれない。だが、その前にこの戦いで様子を見ておきたい、と言うことか。
小首をかしげたリシャナだが、「わかりました」とうなずいた。一番のかなめであるリシャナが納得を示したので、この作戦は実行されることになった。
「って、結局僕も行くことになってる!?」
リュークが悲鳴を上げた。勝手に話が進んでいることに気づいたようだ。ヘルブラントがちらっとリシャナを見る。その視線に先ほどと反対に首を傾げたリシャナは、それからはっとしたような表情になって言った。
「リューク兄上。私が行くのに、一緒についてきてくださらないのですか」
「うぐっ」
二歳年下の妹に真正面から言われ、リュークはダメージを食らったようだ。正直、リニも彼はここで初陣を経験しておくべきだと思う。リシャナも初陣であるので初心者が二人いることになるが、リシャナが思ったよりも呑み込みがよいこと、二人いればそれぞれのミスが目立ちにくいことなどから、リニはそう考えた。
これまで守るべき妹として見てきたリシャナに鋭く切り込まれ、リュークは陥落した。一緒に行くことになった。うなだれるリュークが哀れで、リニも同行するほうがよいと思っていたが、さすがに同情した。頑張れ。
それから部隊編成を確認して、出発準備に入る。まずヘルブラントが先発し、そのあとにヘンドリックとリュークの部隊。最後にリシャナの部隊だ。最後に残されたリシャナは突然気が付いたように言った。
「……今回は、本当に一人なんだね」
王都の城壁での戦いでは、ほとんど役に立っていなかったらしいが、リュークが一緒だった。しかし、そのリュークはヘンドリックとともにすでに出発している。年の割には落ち着いているリシャナが、不安げに瞳を揺らすのを見て、リニは彼女の手を取ると膝まづいた。
「リニ?」
「姫様。確かに、指揮官が姫様おひとりで心細いでしょう。ですが、私どもも同行します。相談を聞いたり、助言したりすることは可能です。何か困ったら、声をかけてくださればよろしいですよ」
そう言って微笑むと、リシャナは肩の力を抜いて微笑んだ。
「いつもと一緒だね」
落ち着きを見せたリシャナに、リニもほっとして微笑む。微笑んでばかりいられる状況ではないが、リシャナが取り乱す方が危険だ。彼女自身も、部下であるリニたちのためにも、リシャナは落ち着いていた方がいい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




