王妹の教育係 6
リシャナは戦場に立つことになるので、戦い方なども学ぶようになった。少なくとも、リュークよりは筋がよい。リュークはリュークで天才なのだが、為政者には向かないタイプなのだ。なんというか、突き抜けすぎている。リシャナは論理的思考が突き抜けすぎている。これから情緒面も鍛えていかなければならないだろうか。
話を戻して、リシャナは剣の握り方を知っていた。気まぐれにヘルブラントが教えたらしい。幼くて事情を分かっていなかったリシャナと、見ていたのにうまく説明することができないヘンドリックの話を総合した結果、主張の少ない幼い妹へのかまい方に迷った挙句にヘルブラントがとった行動だと思われた。リシャナ本人も、王太后の侍女や護衛の手から逃れるのに役に立った、と喜んでいるので何とも言えない気分になる。
「姫様自身は剣の達人である必要はありません」
「……うん。剣や弓で大成はできないと思う」
素直にリシャナは言ったが、そうではない。リシャナが体格的にも筋力的にも劣っているのは事実であるが、運動神経も体幹もよい。騎士として鍛えれば、かなり使えるようになるだろう。だが、そうではないのだ。
「そうではなくて……姫様は指揮官です。指揮官がわざわざ剣や弓で大成する必要はありません。もちろん、身を守るためにも一定の武力は必要ですが」
さらに言うなら、指揮官であり王族であるリシャナは、場合によっては先陣を切る必要も出てくるかもしれない。しかし、それにはおあつらえ向きの兄王子がいる。ヘンドリックだ。リシャナ自身がまた十三歳の女の子なのだから、投げられるところは投げてしまえばいいと思う。
「……なるほど。ヘルブラント兄上の代理ができるようになるのが先と言うことだね」
リシャナが理解を示してこくん、とうなずいた。理解が早い。いや、その通りだからありがたくはある。
一通りの訓練をして、学習も行い、リシャナの質問に答える。他愛ないものから、返答に困るものまで様々だ。最近はなぜか、法律書を読んでいる。まさかあれを覚える気だろうか。さすがのリニも、すべては覚えていない。
「何かわからないことでもございましたか」
不満げなリシャナに声をかける。リシャナは勤勉だ。まあ、すぐ上の兄がリュークなので、ご時世もあって娯楽が研究か読書くらいしかなかったのかもしれない。
いくつかわからない単語をリニに尋ねてから、リシャナは言った。
「法律に基づくなら、ロドルフは王になれないよね。王都城壁での戦いのときも、議会の承認がないと王にはなれないってアルデルトが言っていたし。どうしてそんなに王になりたいんだろう」
「この国で一番上の存在になりたいんですよ」
「どうして?」
純粋な視線で首を傾げられて返答に困った。リニ自身はそう思ったことがないので、説明が難しい。そして、この姫君もおそらく、理解できないのではないだろうか。
「うーん……一番強い存在になって、思い通りにしたいから……でしょうか」
「……よくわからないから、考えるのはやめておく」
「そうですね。今度、陛下にお聞きになってみるといいですよ」
素直にリシャナは「そうする」と答えたので、リニはヘルブラントに回答を丸投げすることにした。おそらく王になりたいと思ったことがないリシャナに説明するのは難しかろうが、頑張ってほしい。兄の威厳を見せてやってくれ。
心の中で他力本願をしつつ、リニはリシャナに聞かれる法律について答えていく。
「リニ、詳しいね」
「詳しくなければ仕事になりませんから」
「じゃあ、解釈についてはリニに聞くことにする」
リシャナは、こういうところがある。リニが「リシャナが剣の達人である必要は必ずしもない」と言ったが、それと同じように、それについて知っていれば、専門官である必要は必ずしもない、と判断したようである。それは正しい。知っているものに述べさせればいい。リシャナはそれが正しいかを判断できるだけの知識を持っていれば、それでいいのだ。
ヘルブラントが自分の家臣団を持っているように、リシャナも家臣団を編成している。ヘンドリックはこの組織編成された部下たちを使いこなせなかった。まだ本格的な戦場に出たことのないリシャナはどうだろうか。
まあ、これについては実践あるのみだ。それがまた問題でもあるのだが。
まだ、ロドルフは軍の立て直しの最中だろうか。リシャナがかなり容赦なくやったので、再編に少し時間がかかっている。実は、ロドルフとの融和策は、リシャナがロドルフに嫁ぐことが一番安全で確実だった。それをリシャナ自身が蹴ったため、ロドルフはヘルブラントと本格的に対立するしかないのだ。ロドルフの性格上、ヘルブラントがリシャナを妻として差し出しても、ロドルフは納得しない。自分が負けた娘を、妻として迎え入れるはずがない。そこまで度量の広い男ではない。
と、考えると、リシャナの結婚は絶望的かもしれない、とリニはひそかに心配した。彼女を鍛えることが役割であるリニには関係ないことだが、心配になるくらいには彼女に情が沸いているのだ。というか、可愛がっている自覚はある。
「リシェ、来いよ」
訓練場で訓練をしていると、ヘンドリックに呼ばれてリシャナがちょこちょこと駆け寄った。栄養状態が改善され、適度に動き頭を使うようになったリシャナは、最近ぐんぐん身長が伸びている。年齢的に成長期に突入しているのだ。幼少期の栄養状態がよくなかったので、そんなに伸びないかもしれないが、彼女の兄たちは背が高いのでわからない。
「ほら、ウサギ」
ひょい、とヘンドリックがリシャナにウサギを見せている。ヘンドリックに持ち上げられたウサギは、鼻をひくひくさせている。
「……ウサギ」
もふもふしてる、とリシャナは兄が抱えているウサギの頭をなでた。微笑ましくてリニは言った。
「ええ。可愛いですね」
「……これが可愛いというんだ」
どうやら、リシャナは『可愛い』ということをうまく認識できていなかったようだ。兄や姉に『可愛い』と言われることはあったようだが、言葉と状態がうまく結びついていなかったのだろう。
「……うん。可愛い」
はにかんでいるリシャナが可愛い。ヘンドリックも笑って「ウサギはミートパイがうまいんだよな」と言った。はにかんでいたリシャナの表情がこわばる。
「……食べるの? 可愛いのに?」
「……リシェも何度か食べてるよ」
「わ、わかっています」
リュークの指摘に、珍しく動揺したようにリシャナがうなずいた。まじまじとウサギを眺める。
「可愛いのに、食べられてしまうんだね……」
しょんぼりしたリシャナが、不謹慎だがかわいらしかった。お姫様の中には、肉が肉の形でしか知らない、と言う人もいるが、彼女はそうでなかったようで少し安心する。それにしても、だいぶ感情が読めるようになってきたと思う。それだけ、リシャナの表情に感情が現れるようになったということだ。
ウサギ肉はうまい、と言って妹にショックを与えたのが気がかりだったのか、ヘンドリックは後日、リシャナにウサギのぬいぐるみを贈っていた。部下の妻に作らせたらしい。よくできていて、リシャナは「ミートパイ……」とつぶやきながらも気に入ったようでよく抱っこしている。かわいい子が可愛いものを抱っこしている。要するに、可愛い。
ちなみに、この事実にヘルブラントは衝撃を受けたようだった。
「リシェは、ぬいぐるみも喜ぶのか……」
どうやら、ヘルブラントは過去に彼女に兵法書を与えたことがあるらしい。ほしいものを教えてくれなかったから、と言われたが、十歳かそこらの女の子に与えるものではない。そして、リシャナが微妙に軍事知識を持っている理由が分かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ピーターラビットのお父さんが人間に捕まってミートパイにされた話が衝撃でした。
ていうか、家系図もお父さんがミートパイなんですよね…。




