王妹の教育係 5
「楽しそうでした。なかなか好奇心旺盛ですよね」
城下に降りたリシャナの様子を尋ねられ、リニはそう答えた。ヘルブラントは苦笑して「そうじゃない」と首を左右に振った。わかっている。
「……そうですね。やはり、理解力は高いような気がしますが、一般的な常識がないと思います。それと……差し出がましいようですが、早急に性教育を行った方がよろしいと思います。城下で少年たちに声をかけられたのですが、思惑に気づいていないようでした」
正しい知識はリシャナの身を守るだろう。彼女の地位も彼女を守るはずだ。どちらも必要なものである。
リニの意見を聞いて、ヘルブラントが「なるほどなぁ」とため息をついた。
「今は戦時中ですし、姫様は王太后陛下に疎まれていますから、ろくな教師がついていなかったとは思いますが、実際のところ、どうなんでしょう?」
本人と話してみたが、いまいちわからなかった。本人の様子を見ながら、指導していくほかない。一応、ヘルブラントは情報を持っていないかと思って聞いてみたのだが、あまり期待はしていない。
「そう……だな。父上が生きている頃は、普通に教師がついていたと思うし、姉たちが礼儀作法を教えていたのを覚えている。リシェについては、リュークが尤も長く共にいる兄妹だろうな」
思ったよりすらすら言葉が出てきてびっくりしたが、情報量としては少なかった。やっぱり妹をよく見ていなかったようだ。
ヘルブラントの言うように、リュークにはすでに尋ねている。おとなしくて優しい妹だ、と言っていた。おそらくこれも間違いないのだろうが、リニが欲した情報ではない。最近リシャナがお気に入りのヘンドリックは「頭がいい妹だ」と言っていたが、それもそうではない、と心の中でツッコんでしまった。
平均的に一番まともなのは、たぶんヘルブラントなのだ。腹黒いところはあるが、主君として仰ぐのであればこれくらいしたたかな方がよい。そして、乱暴ではあるが才覚があれば妹だろうが平民だろうが引き立てられる度量がある。……さすがに、十三歳の妹を戦場に出すのはどうかとも思うが。本人がやる気なので指摘しないでおく。
ヘルブラントにリシャナの大まかな事情を確認し、ヘルブラントが派遣した女官にも確認をとったが、リシャナのマナーはおおむね問題ないように思われた。少なくとも、王の妹としては恥ずかしくない域に達している。と言うことは、やはり教養だ。リュークが本を読むのが好きだ、と言っていたから、文字も読めるし計算もできる。書くこともできる。ちょっと語彙が少ないだけで。話していても、語彙の少なさは気になった。
やっぱり、戦術書でも読ませながら教育するのが効率的だろうか。
幸い、というかやはり、リシャナは頭がよかった。彼女自身もリニや側にいる女官に慣れてきたようで、落ち着いて勉強できているのもあるだろう。そして、これは何? あれは? と聞けば答えてくれる存在に、好奇心が満たされているようでもある。ますます、リニは「聞いたら答えてくれる人」になっている気がするけど。
夏になるころには、リシャナの勉学もだいぶ形になってきた。そろそろ軍事教育に入れそうで、正直驚いた。吸収力がすごすぎる。
ちなみに、ヘルブラントはリュークとヘンドリックにも教師をつけて勉強をさせている。リュークはもともと頭がいいのでそれなりに進んでいるが、やはり政略戦略面に関しては苦手な様子だ。ヘンドリックに至っては、論外である。決して馬鹿ではないのだが、指導役もヘルブラントも、ここにきて完全にヘンドリックに総指揮官としての能力を植え付けることを断念したようだ。つまり、ヘルブラントの期待は完全にリシャナに向かっている。王女につくことになって憐れまれたリニも、今となってはうらやましがられているくらいである。先の城壁での戦いの采配を考えれば、リシャナが戦の才能を持っているのは確かだからだ。
そんな期待を背負わされているリシャナは、ここまで来ても自然体だった。もともと、穏やかな気性の少女だ。究極のマイペースともいう。ただ、やっぱり好奇心は強いので、「戦術の勉強をします」と言ったら興味深そうに寄ってきた。
リシャナは、かなり健康的になったと思う。十三歳にしては小柄でやせていたが、肉付きがよくなり、顔色もよくなった。生活が管理されるようになったからだろう。本人は太った、とショックを受けていたようだ。そういうところはちゃんと女の子なのだな、となんだか安心した。
「姫様が王都開城戦でとった方法は、戦術に相当します。戦術は簡単に言うと、目の前に戦いに勝つ技術、でしょうか。戦略はその戦いに勝つための場を整える、と言いましょうか」
「? よくわからない」
「……でしょうね」
この差を説明するのは、ちょっと難しい。小首をかしげるリシャナはかわいらしいが、これではいけない。ヘルブラントは彼女を自分の名代に立てたいようだから、完全に理解はできなくても概念は理解させなければならない。
「ええっと、この戦争で考えてみましょうか。最終的な目標は何ですか?」
リニが尋ねると、リシャナは少し考えこんでから口を開いた。
「ロドルフを排除して、兄上の王位を安定させること……かな」
「そうですね。おおむね、間違いはないでしょう。ヘルブラント陛下は、自分の王位を脅かすものを放ってはおけません」
こくっとリシャナがうなずいたことで理解を示したことがわかる。リニは話を続けた。
「これが今回の戦争の戦略的目標を言えるでしょう。この目標にたどり着くための方法が、戦術になります」
「……うん」
うなずいたが、これは理解していない。もっとかみ砕いて説明する必要がありそうだ。
「ええっと、大きな目標に向かって準備を整えるのが戦略、その目標に到達するために行うのが戦術、でしょうか」
「……戦略が最終目標であることと、私が王都で行った防衛戦が戦術的行為であることはわかった」
「それだけわかっていらっしゃれば十分です」
リシャナの理解力の高さに頼っている状況だが、なんとなくでも理解できたならそれでいい。ちゃんと説明もあっている。
「実は、説明が難しいのですよ。正確には、戦略と戦術に、明確な境界はありませんから」
「……それは、そうだよね。聞いている限り、戦略的目標が結果的に戦術的目標になってしまうこともあるような気がする」
「……姫様、本当に教育を受けたことがないのですか?」
「今までリニに習ったことから総合的に判断しただけで、習ったのは初めて」
とても素晴らしい論理的思考である。リシャナはおそらく、ヘルブラントのような陰謀をめぐらすタイプではなく、正攻法で攻めるタイプだ。傾向がわかってくれば、教育もしやすい。
「今までお教えしたことが、身になられているようで何よりです……何か気になることがありましたら、何でも聞いてくださいね」
「いつも聞いてる」
そういってリシャナが苦笑したように見えた。感情が表情に出にくいリシャナだが、最近こうして表情が緩むことがある。リニたちに慣れてきている証拠だ。そして可愛い。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
戦略と戦術の違い…正直言うとよくわかりません。よく出てくるんですけどね。
あ、ルルー〇ュが戦略家なのはわかります。あとは、ライン〇ルトが戦略を整えているのに対して、ヤ〇が戦術で食い破ってくる、ということもわかってます。たぶん。




