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王妹の教育係 4









 王都の街に降りる許可は三日後に降りた。あまり表情が変わらなかったが、リシャナはことのほか喜んだ。当日、町娘が着るようなワンピースを着せられたが文句も言わず、「着やすくていい」などと言ってご機嫌だ。一国の姫君がその発言、と思うと物悲しくなるが、拒否感がないのなら王都も歩きやすい。


「人、いっぱい」

「そうですね。でも、これでも少ない方ですよ」


 ヘルブラントなどは王都の街を好きにうろうろしていたりするが、リシャナは初めてだったようだ。当然と言えば当然なのだが、彼女は先の王都防衛戦に参戦している。住民の避難なども行っていたはずだが。


「指示は出したけど、実際に私がやったわけじゃないし」


 というのがリシャナの主張だった。確かに、実際に手配したのは彼女ではないし、せいぜい確認程度しかしていないだろう。納得して散策に乗り出すことにした。


「よし、行きましょう」

「うん」


 こくっとリシャナがうなずいたのを確認して歩き出したのだが、十歩も歩かないうちにはぐれた。リシャナが十代後半ほどの少年たちに囲まれたのである。夜のお誘いめいた言葉をかけられているが、リシャナはきょとんとしている。その表情は可愛いが、リニは焦った。何の反応も示していないが、あれはわかっていない。


「リシェ! はぐれるから、手をつないで行きましょうね」

「……うん」


 ほっそりした手を取りながら言うと、リシャナがこくんとうなずいた。リニを見て、寄ってたかっていた少年たちが散っていく。兄が介入してきた、と思ったようだ。リシャナとリニは容姿が似ているわけではないが、似ていない兄妹などいくらでもいる。リシャナとヘルブラントもさほど似ていないし。


「リシェ、きっぱり断って振り切って来ればよかったのですよ」


 お忍びなのでリニはリシャナを愛称で呼ぶ許可を取っていた。許可を出したのはヘルブラントである。特に気にした様子のないリシャナはきょとんと首を傾げた。


「何を言っているのか、わからなかったの」

「……そうでしたか」


 リニはこの美しい少女を戦場に放り込むことが、本当に不安になった。リシャナは十三歳にしては小柄であるが、十歳は超えているように見える。十分にその対象になりえるのだ。なのに、本人がそれを認識しておらず、その知識もないのでは、自衛しようがない。

 だが、これについては帰ってからヘルブラントに対処してもらうしかない。今はリニが張り付いていれば大丈夫だ。


 マーケットを見て回る。広場に広く出店した出店は、やはり先日の戦いのせいか、少ない。野菜や肉、料理や小物を売っている店をのぞき込み、リシャナは興味深そうだ。値札を読んでいるので、読み書き計算は本当に問題はないのだろう。

 それよりも、たまに聞こえてくるリシャナ王女の英雄ぶりの話題にびくっとしている。今の彼女は姫君ではないので、過剰反応は厳禁だ。リシャナに金の数え方を教えてお使いのようなことをさせたのだが、そこの店主にとうとうと語られて戸惑った表情になっていた。結局最後まで話を聞いて、困惑した顔で戻ってきた。


「途中で切り上げてよかったのですよ」


 多分、根本的に人が好いリシャナは、人の話を最後まで聞いてしまうのだ。もしかしたら、王太后の話を途中で遮って、怒られたことがあるのかもしれない。


「うん……同じ話がぐるぐるしてた」


 思ったよりちゃんと聞いていた。そのことにリニも苦笑した。


「よく広まっていますね。姫様はこの街では英雄です」

「……英雄に仕立て上げられたんだと思うけど」


 表情は変わらなかったが、少し不貞腐れたように聞こえた。


「ヘルブラント兄上の作戦だと思うけど、決行したのはリッキー兄上かな。広まり方が中途半端だと思ったの」

「……よく見ていますね」


 何の教育も受けていない時点でこの観察力……とつないでいる手に力を籠めると、首を左右に振られた。


「話の内容がリッキー兄上っぽいなって。内容が気に入らなければ、ヘルブラント兄上が止めただろうから、許可はあるんだろうなって思っただけだよ」

「……そうですね。その通りです」


 リシャナが英雄としてその名を広めるのは構わないが、いざとなれば切り捨てる余地をヘルブラントは残したのだろう。兄を助けて英雄となった少女が、平和を勝ち取るためにその身を犠牲にしてロドルフに嫁ぐ……その余地が残るように。だが、現状の戦力を鑑みて、ヘルブラントはリシャナを手放すことは考えていないだろう。


「さて。せっかく買いましたし、食べませんか」

「え、今食べるの?」


 買ったばかりのパイを見て、リシャナは驚いたように首を傾げた。広場のベンチに座って食べる。そうしている人が多いので、リシャナも納得したらしい。


「……こういうのの味は変わらないんだ」


 あったかい方がおいしい、とリシャナが感想を漏らした。もっと田舎に行ったらもう少し違うが、城下であるこの街と城でそんなに差はないだろう。


「わっ」


 ぶわり、と風にリシャナの黒髪が舞い上がった。結んでいた髪紐がほどけたのだ。リシャナが風に遊ぶ髪を押さえるので、リニは髪紐を拾い上げた。随分と使い込まれた、男物の髪紐だった。


「……途中に小物の露店がありましたね。髪紐を買いましょうか」

「使えるからそれでいいよ」

「……」


 ツッコむところが多すぎて、どこからツッコめばいいのかわからない。一度頭の中を整理してから、リニは口を開いた。


「やはり、買ってきましょう。女物の髪紐……リボンとかでもいいですね。まあ、リシェが身に着けるには、本当は品質が足りませんが」


 こてん、とリシャナの首が傾げられた。


「私は戦いに行くのに?」

「毎日戦場にいるわけではないでしょう。リシェの兄君もいつも軍装なわけではないでしょう」


 いつも少し細められた目がぱちぱちと瞬かれた。


「なるほど」


 リシャナが納得したところで露店に向かった。品物は王女の髪を飾るには低いが、普段使いする分にはかまわないだろう。


「どれにしますか」


 リシャナが指さしたのは濃い青の髪紐だった。特に飾りもないシンプルなものだ。それとは別に、リニはもう一つも手に取った。こちらは赤いリボンだ。


「え、二つもいらない」

「交互に使った方が物持ちがいいんですよ。せっかくですから、リボンをつけましょう」


 リシャナを言いくるめ、リボンの方を手渡したが、質感が違うためかうまく結べないようだった。


「後ろを向いてください。私が結びますよ」

「え、リニ、結べるの」

「私は妹がいますからね」


 一つに編み込んで三つ編みにする。毛先でリボンを結ぶ。編みあがった自分の髪を見てリシャナが嬉しそうに「初めて見た」と検分する。


「どういう仕組み?」


 せっかく結んだものをほどこうとするので、「後で教えますよ」となだめる。本当は侍女にでも教えればいいのだが、リシャナにまだ侍女はいない。彼女自身が警戒心が強く、信用できないのもあるだろう。

 そのまま外縁部まで歩いた。リシャナは自分が守った城壁を見上げている。


「城壁がぐるってなってるんだよね」

「そうですね。城下の街を囲んでいます」

「全部の街がそうなってる……わけじゃないよね。中部で見た城は平原にあったもの」


 リシャナはロドルフの人質になったこともある。その時に見たのだろう。リニも「そうですね」とうなずく。


「王都は防衛戦に適しているのですよ」

「……あとで地図を見て気づいたのだけど、水路から入ってこれるんじゃない?」


 鋭い。


「リシェは地図が読めるのですね」

「読めるというか、見てわかる範囲しかわからないよ。ユスティネは読めないって言ってたけど」


 ユスティネも全く読めないわけではないだろうが、リニが見る限り、女性は地図が苦手なものが多い。だからちょっと驚いたのだ。


「まあ、読めないよりは読めた方がいいですね。リシェは専門家である必要はありませんが、全体を把握しておく必要はあるでしょうから」

「教えてくれるなら、頑張る」

「そうですね。頑張りましょう」


 広場の方へ戻ると、大道芸人が芸を披露していた。リシャナが興味深そうにしていたので、抱き上げてやる。年齢にしては小柄とはいえ、リニの肩あたりまでは頭が来ているリシャナなので、体格的には抱き上げるのが大変だったが、体重は見た目より軽い気がした。いや、このくらいの女の子の体重がわからないけど。

 戦中であることもあり、こういった娯楽は珍しい。リニは宴などでリシャナを見たことがないので、彼女自身も大道芸を見るのは初めてだろう。楽しそうに拍手をしていた。


 リシャナは、頭がいい。だが、精神的にはまだ子供なのではないだろうか。いや、年齢を考えればおかしくもないが、経験が少ないのも問題なのではないか、と言う気もする。まずは彼女に普通の子供と同じ経験をさせなければならないのではないだろうか。


「今日はどうでした?」


 宮殿に帰る前に尋ねてみる。楽しかった、とかそういう感想を思い浮かべていたが、リシャナの返答は斜め上だった。


「人が増えたらどうやって住めばいいのかな、って思った」


 違う。そうじゃない。観察眼としては鋭いけど!









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リシャナをちょっと子供っぽく書くのが難しいです。

リニは妹を見ているくらいの気持ちですね。


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