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王都開城戦 1

新連載です。今回は月水金の週3回更新です。よろしくお願いします。

『北壁の女王』のリシャナが、北壁の女王へ至るまでの話です。『北壁の女王』を読んでなくても、たぶん大丈夫です。











 大陸の北西に位置する王国、リル・フィオレ王国において勃発した王位継承戦争は、決着がつかないまますでに五年近くが経過している。事の発端は、五年前に先代国王ヴィルベルト二世が暗殺されたことに他ならないだろう。暗殺者は捕らえられ、死刑となったが、指示したものの名前は言わなかった。しかし、この直後に王位を要求したものがいる。

 バイエルスベルヘン公ロドルフ・バイエンス。ヴィルベルト二世の異母弟の息子にあたる。彼の主張は、自分は母親がリル・フィオレの王家に連なる貴族の出身であり、母親が異国出身のヴィルベルト二世の子供たちよりリル・フィオレ王室の血が濃いはずだ、というものだった。

 ヴィルベルト二世にも子供はいた。暗殺された時点で六名。うち王女一人は隣国に嫁いでいたため、実質五名。長男ヘルブラントが王太子に指名されていた。


 王国議会は、ロドルフの要求を認めなかった。議会はヘルブラントが次期王である、と指名した。


 リル・フィオレ王国では、王に即位するには議会の承認が必要である。ほぼ有名無実化していると言っても過言ではないが、建前上はそうなっている。議会がヘルブラントが正当な継承者である、と結論付けた以上、ロドルフはそこで王位をあきらめるべきだった。しかし、彼はそこで武力蜂起を行った。当時、ロドルフは王都にいたが、ヘルブラントは自らの領地に所在し、不在。そして、王都にはヘルブラントの弟妹や母親が残っていた。ロドルフはこれを人質にとったのである。そうとなれば、正当な王位継承者であるとはいえ、ヘルブラントはロドルフを無視できない。


 ここに、リル・フィオレ王位継承戦争が勃発したのである。











 第二十六代リル・フィオレ王国国王として戴冠したヘルブラント・フルーネフェルトの幕僚の一人であるリニ・カウエルは、今、王都ルナ・エリウ近郊に潜んでいた。


「ついにここまで来ちまったなぁ。厄介なところだ」

「ですね……」


 リニは同僚の言葉に眉を顰める。今、斥候に出た兵の報告待ちだ。

 リニがいるのは、国王ヘルブラントの軍であるが、ここにその司令官たるヘルブラントはいない。地方の反乱鎮圧に赴いた先で、ロドルフにとらわれたのだ。反乱が罠であることはわかっていたのだが、無視することができなかったのである。主だった貴族たちのほとんどが捕まるか、殺されてしまい、現在、この軍は頭を欠く状態だ。だが、代理の司令官を立て、幕僚たちが話し合いながら、彼らの王を捕虜としたロドルフを追って来たのだ。そして、たどり着いたのがこの王都。ロドルフは王都ルナ・エリウに入城するつもりなのだ。王位を求めているのだから、当然の帰結である。


「入られると……まずいよなぁ」

「そこで城門を閉ざされてしまえば、私たちには打つ手はありませんね」


 ルナ・エリウの城門は堅牢だ。えてして、城攻めは守る側に有利なのである。


「……王都は、バイエルスベルヘン公を招き入れるだろうか」

「公が、我が君の命と引き換えにすれば、あるいは」


 間違いなく、そうするだろう。幕僚たちどころか、この軍にいるほとんど全員が分かっている。ヘルブラントの命を保証する代わりに、自分を中に入れろ。ロドルフはそう要求する。そして、城門の内側には、ヘルブラントを目に入れてもいたくないほどかわいがっている、王太后カタリーナがいる。

 そして、招き入れたとして、本当に命が保証されるかはわからない。どちらかと言うと、ロドルフが要求しているものを考える限り、暗殺される可能性の方が高いだろう。


「今王都にいるのは……ヘンドリック殿下とリューク殿下か」


 それぞれ、十六歳と十五歳の王弟である。ヘルブラント自身は二十二歳なのだが、彼は弟と年が離れていた。もう一人、王女リシャナが城内にはいるが、おとなしい彼女を誰も数えてはいなかった。

 ヘンドリックはヘルブラント共に戦場に出たこともあり、現場指揮官、一人の騎士としてはかなり優秀な部類だ。しかし、言葉を選ばずに言うと、頭が悪い。現状をどこまで理解しているか、少し疑問がある。

 リュークの方はヘンドリックやヘルブラントに比べて聡明だ。だが、その才能は軍事面には発揮されない。多少政治情勢が分かっていれば、軍事面の知識がなくても門を開けるとまずい、と分かるはずだが、それを察せる人間が、城門の中にはいないのだ。

 いや、いるにはいる。方針を決定する上層部に、気づける人間がいない、と行った方が正しい。いくら下が優秀であっても、王政国家であるリル・フィオレでは、王族の決定に逆らえない。


「陛下は有能な方ですが、人材不足が否めませんね」

「軍事をわかっている王族は、戦争初期に戦死されているからな」


 今、王族が少ないのだ。皆無ではないが、数えるほどしか残っていない。ヘルブラントを含む彼の兄弟とロドルフが亡くなれば、王位がどこへ行くのかわからないほどだ。


「偵察部隊、戻りました!」


 報告を受けて、幕僚たちが集結する。さらに、指揮官代理を務めているメルキース卿が駆けつけてきた。


「どうだった」

「ロドルフは正門前に軍を展開しています。さすがに包囲には至らなかったようですが……城門は開かれておりません」

「我々も中へは入れなさそうか」

「難しいでしょう。固く閉じられていまして」


 偵察部隊の話を聞き、リニは幕僚たちの顔を見渡した。それに気づいたメルキース卿が「どうした」と尋ねた。自分が器ではないと思っているから、彼は慎重だ。


「いえ……強固に門が閉じられているのなら、城門の中で、誰かが門を閉じるように指示を出したのではないかと」


 年かさの幕僚が代表して言った。指示として、それは正しい。現時点で門が閉じていると言うことは、ロドルフの接近を察して、彼が門前に来る前に準備を整えたと言うことである。行動として、不備なく正しい。しかし。


「誰がだ?」

「さあ……」


 思わず幕僚たちが首をかしげてしまうくらいには、中の状況が読めない。だが、好機ではある。


「王都がロドルフの要求を突っぱねたと言うことでしょう。ということは、近々戦闘になります。ここであきらめるようなロドルフではありませんから」


 幕僚が真剣な表情で告げた。リニたちも同意見だ。メルキース卿も神妙にうなずいた。


「そうだな。できれば、徹底抗戦してくれると助かるが」

「方針さえ決まっているのなら、城内にはヘンドリック殿下がいらっしゃいます。戦闘面ではさして問題ないでしょう」


 どちらかと言えば、ヘンドリックは野戦に強い戦士である。籠城戦にはやや不安はあるが、通常、攻城戦は守る側に有利である。差し引きしてもぎりぎり行けるだろう。

 その間に、メルキース卿率いるヘルブラントの軍が、彼らの王を取り戻せばいい。


「こちらも攻撃の準備に移ろう。シーム、作戦を詰めよう」

「承知しました」


 最年長の幕僚、シームが重々しくうなずいた。ここで、ヘルブラントを失うわけにはいかない。彼を失えば、ロドルフは勢いづく。王位が、彼の手に渡ることになる。王位を請求する資格は、そもそも持っているのだ。対象者がいなくなれば、議会もロドルフの王位継承を認めざるを得なくなる。

 まだヘルブラントが生きているのは、王を殺すのは外聞が悪いからだ。指示した者は捕まっていないが、ロドルフはすでに、先王ヴィルベルト二世を暗殺した疑惑が付きまとっている。これ以上、自分の王位継承を不安定にする要素は増やせまい。まあ、王位が手に入るとなれば、容赦なく殺すのだろうが。

 ロドルフの軍が王都を開城させるべく攻撃を開始したのは、その二日後のことだった。


 春深まる、五月のことである。


 そして、王都城壁上に姿を現した指揮官は、リニたちが予想した背の高い王弟ヘンドリックではなく。


 幼いとさえいえる華奢な王妹、リシャナだった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今日はもう1話更新しておきます。


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