第17話 小さな勇者
「全力でかかれ! この身が朽ち果てようと女王陛下をお守りするのだ!」
宝石騎士の中でも特に個人の戦闘能力に秀でた者だけが、名誉ある『近衛兵』になることが出来る。
ここにいる兵たちはみな、優秀な兵士であり一対一でもバグベアに負けることはない。しかし、
「グハハ! ヨワい、弱すぎるぞ!」
バグベアの族長ムハンバの力はそれを上回るものだった。
右手に無骨な棍棒、左手には大きな解体包丁を持った彼はそれを乱雑に振り回す。技でもなんでもないその行動だが、とてつもない怪力のムハンバがそれをすることによって、それらは必殺技になってしまう。
「ミンチになりな!」
棍棒による横薙ぎの一撃が近衛兵に直撃する。
間一髪で盾によるガードが間に合ったが、その衝撃は受け止めることができず、盾ごと吹き飛ばされ壁に激突する。
「か、あ……っ!」
内臓がかき回される感覚。到底耐え切れる者ではなく兵はその場に崩れ落ちる。
時折ムハンバの隙を突き剣で斬りかかる兵もいたが、その分厚い筋肉に阻まれ中までは到達せず、表面を薄く斬るにとどまってしまう。
「クク。石獣なぞ所詮この程度。いい加減諦めたらどうだ?」
「……くっ!」
ジリジリと近づいてくるムハンバに、女王マリィは焦りの表情を浮かべる。
彼女も魔法を使えはする。近衛兵が戦っていた時遠くから援護射撃をしてはいたが、そのどれもムハンバにダメージを与えることは出来なかった。
近衛兵の奮戦により、部下のバグベアたちは倒すことは出来たが肝心のムハンバはほとんどダメージを受けていない。
もはやこれまで、そう思ったマリィだが意外な人物が現れる。
「お、お姉ちゃんに手を出すなですわーっ!」
二人の間に突然割り込んできたのはマリィの妹のカーバンクル、ラビィだった。
彼女はモフモフの毛を逆立てて、「きしゃー!」とムハンバを威嚇する。
「フフ、フハハハハ! ナンの冗談だこれは!?」
「わ、私は本気ですわ! お姉さまは私が守る、この命に代えても!」
足は震え、舌はうまく回らない。しかしラビィの覚悟は本物だった。
昔から難しいこと、大変なことは全部優秀な姉がこなしていた。ラビィは格好良くて優秀な姉を誇りに思っていたが、同時に劣等感も感じていた。
だからこそ、自由に動ける自分が救世主様を見つけるのだと息巻き、魔王国へ一人でやって来ていたのだ。
「やめなさいラビィ、貴女は下がってなさい!」
「嫌ですわ! これ以上全てをお姉さまに押し付けたりしない。だって私は、たった一人の家族だから!」
ラビィは駆け出す。小さい体で全力で。
ムハンバは面倒臭そうに「ちっ」と舌打ちすると、一直線にこちらに向かってくるラビィに棍棒を振り下ろす。
「ぴ、ぴいいいいいいぃっ!」
情けない声を上げながらもラビィはその一撃を素早く回避する。
「チョコざいな……!」
ムハンバは苛々しながら何度も武器を叩きつけるが、体が小さいせいで中々当たらない。
一撃でも当たれば文字通り粉々になる攻撃。しかしラビィは避けつつも退くことはなかった。ここで退くことは大切な人の死を意味するから。
「ラビィ……」
そんな妹の勇姿を見て、マリィは静かに涙を流す。
いつまでも幼く、未熟な妹だと思っていた。この子を守るために私がしっかりしないと、と。
だがそれは誤りだった。
どんなに体が悲鳴を上げようと、どんなに怖い相手だろうと彼女の目から決意の火は消えることはない。気づかぬ内に妹は立派な魔宝石族に成長していた。
……しかし、いくら成長したと言っても相手は規格外の化け物。長くは持たない。
「しまっ……!」
突然ラビィの足が痙攣を起こし、動きが一瞬止まってしまう。
無理して動いていたこと、そして強い恐怖を感じているため無理はないが、その一瞬の隙はこのギリギリの戦いにおいて命取りになってしまう。
「ソコだ!」
ムハンバは笑みを浮かべながら巨大な包丁を振り下ろす。
ラビィは咄嗟に跳ねて直撃は回避するが、飛び散った瓦礫が体に命中してしまう。
「ぴぃ……っ!」
地面に体をぶつけながら、ラビィは転がる。
その白い毛には赤いシミが浮かんでいる。もう動けないことは誰が見ても明らかだった。
しかし、
「まだ、まだ、ですわ……っ」
ラビィは立つ。
勝ち目のない戦いでも、逃げられない時はある。彼女にとってそれは今だったから。
妹のその姿を見たマリィは、こぼれる涙を拭うこともせず叫ぶ。
「もうやめて下さい! 私はどうなってもいいから妹だけは!」
「ハハ、なぜどちらかに絞らなければならぬ。コノ小動物を殺した後はお前だ女王」
下卑た笑みを浮かべながら、ムハンバは一歩前に進む。
するとその瞬間、地面がズン、と重く揺れる。
「む?」
地震かと思い立ち止まった次の瞬間、突然王宮の壁が音を立てて砕け、巨大な拳が中に入ってくる。
「な――――!」
その拳は真っ直ぐにムハンバに当たり、彼を思い切り吹き飛ばす。いくらムハンバと言えど自分の身長ほどの拳を食らえばダメージは避けられない。
「いったい何が……」
呆然とするマリィとラビィ。
二人が見ていると、拳はゆっくりと外に引っ込み、代わりに巨大な顔が中に入ってくる。
その顔は今回の戦いで活躍した『ギガ・サイクロプス』のそれであった。
「ふう、なんとか間に合ったみたいだな」
そしてその顔にはそれを持ち込んだ張本人が乗っていた。
彼、アルデウスはサイクロプスから飛び降り王宮の中に入ると、ふらふらのラビィに向かって言い放つ。
「よくここまで持たせてくれたな。後は任せな」
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