第11話 マリオネット
「叩き潰すッ!」
恐るべきスピードで接近したクロエは、身の丈以上の大きさのハンマーを振り上げ、勇者めがけて思い切り振り下ろす。
ダークエルフは魔力量が魔族と比べ低い代わりに、身体能力が非常に高い。クロエも例外ではなく、その膂力は最強種と名高い竜族にも引けを取らない。しかし、
「勇者の聖壁!」
勇者の出した魔法の黄金色の障壁が、クロエの渾身の一撃を受け止める。
初撃を防がれたクロエは、すぐさま何度もハンマーを叩きつけるが、黄金色の障壁にはヒビ一つ入れることが出来なかった。
「無駄ですよ……♪ お姉さん、亜人でしょ? 勇者の魔法は魔族と亜人に絶大な効果を発揮します、それは防御魔法も例外ではありません」
「厄介な……!」
クロエは戦場で何度か勇者と戦ったことがある。
勝利したこともあるが、その時はいずれも心強い仲間が隣にいた。一対一で勝ったことは、ない。
「いくら頑張ったところで無駄なんですよ。早めに降参すれば奴隷として飼ってあげても良いんですよ。貴女ほど顔がいい奴隷は滅多にいないですからね、ふふ」
そう言って勇者はクロエの体を舐め回すように見る。その気持ち悪い視線にクロエの全身がブルッと震える。
「この世界の人たちは魔族や亜人を穢れている存在だとみなしているので性的に見れない人が多いですが、私は博愛主義なので差別しませんよ。他の飼っている子たちと同様、たっっっぷり可愛がって差し上げます……!」
「こんの……変態が! 残念ながら私の初めての相手は決まってるんですよ!」
吼えたクロエは目標を変え、障壁ではなく地面を思い切り叩く。
すると次の瞬間地面に大きなヒビが入り、地面が崩れだす。その影響は障壁の向こう側にまで及び、勇者は崩れた地面に足を取られ体勢を崩してしまう。
「なっ、小癪な真似を!」
後方に跳び、難を逃れる勇者。
時間にして数秒、ほんの数秒ではあるが彼の意識はクロエから崩壊した地面に向いてしまった。
その僅かな隙は真剣勝負において致命的なものとなる。
「――――そこっ!!」
上空から聞こえる声。そちらに首を向けたその時には、すでに勇者の顔面のすぐそばにハンマーは迫っていた。
「しま」
直撃。
上空から放たれたクロエのハンマーによる一撃は、勇者もろとも地面にめり込む。
彼女は勇者の意識が逸れた瞬間に大きくジャンプし、上空から勇者に接近していたのだ。全ては今この時のため。
残弾を全て撃ち尽くすように、彼女はハンマーを何度も振り下ろす。
かつて“黒砕”と恐れられたその時の様に、ひたすら相手を討ち滅ぼす修羅となる。
しかしこれほど全力を出しても、その力の差を埋めるには至らなかった。
「――――いい加減にしろッ!」
突然弾かれるハンマー、クロエは大きく体勢を崩す。
その隙に陥没した地面から勇者は姿を現す。
何度も何度もハンマーで殴られたことで体のあちこちに痣が出来ているが、目立った傷はその程度であった。それ程までに勇者の体は頑丈に出来ているのだ。
「よくもバカスカと叩いてくれたなクソ女ァ! そんなに死にてえならグチャグチャにしてやるよ!」
さっきまでの柔和な笑みは消え失せ、勇者は怒りに顔を歪ませる。
それを見たクロエはハンマーを構え直しながら嘲笑う。
「ようやく本性を見せましたか。博愛主義者が聞いて呆れますね」
「黙れ! テメエらクソメスは黙って俺に従えばいいんだよ!」
聖剣を強く握り、勇者はクロエめがけ駆ける。
クロエはハンマーを体の横に構え、それを迎え撃つ姿勢を取る。
(確かにあの耐久力は脅威ですが、純粋な身体能力ならこちらが上。この勝負、絶対勝つ……!)
魔法にさえ当たらなければクロエは勝つ自信があった。
しかし魔法に気を取られるあまり彼女はある見落としをしてしまっていた。
「ふん――――ッ!」
横薙ぎに放たれる渾身の一撃。
狙い、角度、タイミング。全てが噛み合ったこれ以上ない打撃。
勝った。
そう確信したクロエだったが、その一撃は思わぬ邪魔により不発に終わる。
『ギギ……!』
クロエのことを突然襲ったのは三体のゴーレム。さっきまで停止していたそれらが急に動き出し、クロエを囲むように動き出したのだ。
「ち――――っ!」
急ぎ攻撃を中止し、クロエはゴーレムに目標を変える。しかしゴーレムの体は非常に硬く、一回殴ったくらいではヒビが入る程度で壊すことは出来なかった。
「油断したなクソメス! 俺の異能は『人形操作』! ゴーレムたちは触れずとも完璧に操ることが出来るんだよ!」
指先をくねくねと気持ち悪く動かし、勇者はゴーレムを操作する。
停止していたゴーレムたちは次々と起動し、クロエを囲み攻撃していく。
次々と放たれる無機質な攻撃。いくらクロエの体が頑丈といえども限界はある。ゴーレムの強烈なパンチやキックを受けて彼女の体は瞬く間にボロボロになっていく。
「すみません……主人様……」
遠のいていく意識。
その中で彼女の頭の中に浮かんだのは最愛の人の顔であった。
――――そして、最大のピンチに駆けつけてくれたのもまた、最愛の人であった。
「お前ら、人のものを随分と痛ぶってくれたじゃないか」
怒りのこもった声が、辺りに響く。
すると次の瞬間、無数の刃が次々と現れ、ゴーレムの体を切り裂いていった。
「な、なんだァ!?」
なす術もなく倒れていくゴーレムたち。
そして最後の一体が倒れた時、その中心には傷ついたクロエと、彼女を抱き抱えるアルデウスの姿があった。
「無茶しやがって。大丈夫か?」
「はい……元気、いっぱいです……」
「そうか」
アルデウスは傷ついた彼女の体を回復魔法で癒すと、地面に下ろし勇者の方を向く。
少年のものとは思えない、突き刺すような鋭い視線を受けて勇者は「ひっ」と声を漏らし後退りをする。
「人のものに手を出しておいてただで済むと思うなよ。いくら謝っても許さないからな……!」




