第7話 土くれ
高速で走りながら飛んでくる物体を観察する。
最初は生き物が飛んできたのかと思ったけど……違うな。
丸くてゴツゴツしたそれは、一見甲殻に見えなくもないけど、違う。
あれは『岩』だ。大きくて丸い岩。それがクロエめがけて高速で飛んでいる。
「意味が分からないけど、見過ごす訳にはいかないな」
岩より早くクロエのもとに辿り着いた俺は、岩とクロエの間に割って入り、それを迎え撃つ.
「跳躍蹴脚ッ!」
サッカーボールを蹴り飛ばすように、俺はその岩の塊を蹴り飛ばす。
するとガキン! という衝撃音と共に岩は吹き飛び、転がる。
「ふう、ヒヤッとしたぜ」
生足で蹴ったら逆に足が砕けてしまうだろうが、俺の足には術式『跳躍装甲』が装備されている。脚力が増加しただけでなく防御力も増している。
その強さは試しに壁を蹴ってみたらぶち壊してしまい、隣の部屋まで貫通させてしまったほどだ。もちろんこってりと怒られてしまったが、その強さは証明済みだ。
「大丈夫かクロエ?」
「ほえ? 何がですか?」
肝心のクロエはさっきの岩に気付いていなかったみたいで、きょとんとして感じで俺の方を見る。
無事で何よりだが、助け甲斐の無い奴だ……
「む? 主人様、あそこで何か動いてますよ!」
「ん?」
クロエの指差す方を見てみると、先ほど蹴飛ばした岩の塊がもぞもぞと動いていた。誰かが投げたのかと思っていたが、あれ自体が生き物なのか?
見た目が岩の生き物は見たばかり。似たような魔獣がいてもおかしくはないか。
「あれは……生き物……じゃない?」
飛んできたそれの正体は、丸まった人型の土人形だった。
「もしかしてあれって魔導人形か? あんな大型のは初めて見たぞ」
魔法の力で動く人形、ゴーレム。
魔王城にも小型の物は何体かいるけど、これほど大きな物は見たことがない。
『グゴ……』
野太い声を発したそのゴーレムの大きさは三メートルを超えている。
太い手足に硬いボディ。起き上がる動作も軽快だったのでスピードもある。見事なゴーレムだ。
「あんなゴーレム、戦場でも見たことがありません! いったいなぜあんな物がここに!?」
「ってことは魔王国の所有物って訳じゃないんだな。こりゃ面白くなって来たな!」
ゴーレムの開発にはずっと興味があった。
しかし自分で作るにはあまりにも難しかったので一旦保留にしてしまっていたのだ。
せめて出来のいい見本があれば参考に出来たのだけど、魔王国にあるのは戦闘用には使えないようなしょぼいのだけ。
これじゃ激しい戦闘に耐えられるゴーレムは作れない。そう思っていたのだが……
「まさかそっちからやって来てくれるとはな! その中身、全部俺に見せろ!」
ゴーレムは俺の剣幕に少し怯んだが、すぐに立て直しその大きな拳を振り上げる。どうやら真正面からの戦闘がお望みらしい。いいぜ、乗った!
「クロエ! こいつは俺が解体すから手を出すなよ!」
「わ、分かりました! 御武運を!」
クロエが本気でやったらゴーレムを粉砕しかねない。なるべく綺麗な状態で調べなきゃいけないから戦わせない方がいい。
「おしっ! 来い!」
『ビビ……ビガッ!』
怪しく光る目で俺を捉えたゴーレムは俺めがけて大きな拳を振り下ろす。
速い……が、狙いが正直過ぎる。俺は横にステップしてそれを躱す。
「そんな攻撃じゃ俺には当たらないぞ!」
俺の横を素通りしたゴーレムの拳は地面に着弾する。
すると物凄い衝撃音と共に地面が爆発し、大きなクレーターが出来てしまう。
「……すっげえ威力。あんなの当たったら木っ端微塵だな」
俺はその威力に舌を巻き、そして笑う。
あれを俺のものに出来たらと思うと自然と頬も緩むってものだ。
見た感じあのゴーレムは手動操作じゃなくて自動運転で動いている。その証拠として単調な攻撃だけしかせず、複雑な動きは一切しない。
もし誰かが動かしているのならもうちょっと知性を感じる動きをするはずだ。
「だがこれだけ強いゴーレムを量産出来たら面白いことになるぞ……! 是非とも欲しい!」
そのためにはなるべく損傷が少ない状態で倒さなくては。
俺は脳内魔法フォルダの中から適切な魔法を検索し、選択する。
「氷結Ver.3.2っ!」
地面に右手をつけ、魔法を発動する。
すると前方の地面が一気に凍りつく。俺の正面にいたゴーレムも例外ではなく、その頑丈な体は一瞬にして氷に覆われてしまい、動けなくなってしまう。
『ギゴ……ッ!?』
「この魔法は効果範囲が強化されたVer.3.0を更に改良し、拘束能力を増したVer.3.2だ。土くれ風情じゃそう簡単には抜け出せないぜ?」
ゴーレムは全身を氷で覆われながらも必死に体を動かそうとしているが、俺の自慢の魔法にはヒビ一つ入れることも出来なかった。この手のデカブツは動きさえ封じてしまえば重さを活かした攻撃が出来なくなる。知恵の勝利ってやつだな。
「さて、お前の中身、見させてもらうぞ……!」
ゴーレムの体に飛び乗り、その体に手を当てる。
「解析!」
魔力の糸を伸ばしゴーレムの中に埋めつけてある魔法を解析する。
ふむふむ……なるほど。これは面白いな。
複雑かつ洗練された魔法術式、これを作った奴は魔法の天才だ。いくら俺でもこれをすぐに真似することは不可能だ。
持ち帰ってじっくりと研究する必要があるな。
「……ん?」
小さな違和感。
洗練された術式の中に俺は小さな異物のようなものを発見する。まるで後から急に足したような魔法式、これはいったい?
気になった俺は魔法の糸を深くまで伸ばし、その違和感の正体を探る。
そしてゴーレムの深部に達したその瞬間、俺は全てを理解する。
「しまっ……!」
理解したその瞬間、ゴーレムの体は勢いよく爆発する。
当然上に乗っていた俺はその爆発をモロに食らってしまう。だが咄嗟に魔法で体を守ったおかげでなんとか助かったものの体は大きく吹き飛んでしまう。
「主人様っ!」
吹き飛んだ俺をクロエがその大きな胸でキャッチしてくれる。
クッション性が高くて助かったぜ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかな……」
俺の体はどうでもいい。
それより問題なのはゴーレムの体内に仕込まれていた『罠』だ。あのゴーレムには体内を調べられた時に爆発する罠が仕込まれていた。きっと敵に構造を調べられた時の対抗策なんだろう。
それはいい。問題はそこじゃない。
「最初は気づかなかったが、俺の目は欺けないぞ。女神……!」
ゴーレムの魔法は女神が作った異能の魔法式に酷似していた。
ということは間違いなくこのゴーレムは勇者関係のものだ。まさかこんな所で巡り会えるとはな。
「上等だ。そんなにゴーレムの中身を知られたくないなら丸裸にしてやるよ」
ゴーレムが一体しかいないということは考えにくい。
俺は女神の魔法を暴くことを決意し、先を急ぐのだった。




