第17話 勇者殺し
その後も俺は勇者に色々なことを質問した。
一番気になったのはやはり『女神』のこと。しかし勇者は女神のことをほとんど知らなかった。
分かったのは美しい女性であることと、勇者たちは女神に精神世界でしか会ったことがないということくらいなものだ。後は俺でも知ってるような事しか知らなかった。
「そうだな……じゃあ後は勇者のことについて聞いておくか。いったいミズガリア王国には何人の勇者がいるんだ?」
ミズガリア王国は人間領の中でも最も大きな国で、現在魔王国が戦争中の国だ。
国民の八割が熱心な女神教信者であり、魔王国だけじゃなくて魔族領全ての国を滅ぼそうとしている。
勇者を転生させ、戦力としているのもこの国だ。もっとも他の国が勇者を有していない保証はないけどな。
「……俺たちは転生してすぐに『勇者育成施設』に送られて十歳までそこで過ごす。十歳になったら魔獣討伐みたいな簡単な仕事をこなし始めて、十五歳くらいになったら本格的に魔族の討伐を始める」
どうやら勇者の育成はシステム化されてるみたいだ。
つまり安定して供給出来るようになっているということだ、厄介だな。
「俺はもう一人の勇者、ソウタとコンビを組むことが多かったから他の勇者が何人いるか詳しいことは知らねえ。だけど育成中の奴を含めれば千人近い勇者がいるんじゃないかと俺は思っている。それだけの勇者が一気に攻め入れば……こんな国は終わりだ。貴様らは詰んでいるんだよ……!」
そう言って勇者は狂ったように高笑いしてみせる。
いくら魔王が八人もいるとはいえ、千人もの勇者が攻め込んできたら魔王国を守ことは不可能だろう。しかも倒しても倒しても復活するんじゃ手の施しようがない。クソゲーここに極まれりだ。
確かにこいつのいう通り魔王国は詰んでるかもしれないな。
……俺がいなければ、の話だが。
「ひゃひゃひゃ! 絶望したか? お前らに希望なんてな――――」
「くだらない話は終わったか? もう話せることがないなら次の作業に入らせてもらうぞ」
そう言って俺は勇者の顔面を右手で鷲掴みにする。
「んが!? てめえ一体何をする気だ!?」
「少し静かにしろ。あまりうるさいとこのまま握り潰すぞ」
軽く脅すと勇者は途端に静かになる。
握りつぶされた方がこいつにとってはいいはずだが……まあこの状況じゃ冷静な判断は出来ないか。
「解析開始」
手の平から細かい魔力の糸を出し、勇者の頭の中に滑り込ませる。
ふむ。人に直接やるのは初めてだけど……何とかなりそうだ。
「な、なにやってんだ……頭に、何かが入って……」
「動かなければ大丈夫だ、たぶん」
「多分ってお前……うぅ……」
初めてなんだからそりゃ大丈夫かは保証出来ない。
お、そんなこと言ってる内に脳に到達したぞ。後はお目当ての物を探して……と。
楽しく作業に集中していると、ムン姉さんが心配そうに近づいてくる。
「若様、一体何をしてらっしゃるのですか?」
「ああ。これはこいつに埋め込まれた魔法を探してるんだよ」
「埋め込まれた……魔法?」
「ああ、こいつら勇者は自分で魔法を『覚えていない』。女神に貰った魔法を使っているだけだ。中には魔法を自力で覚えている奴もいるのかもしれないけど、異能と勇者魔法、それと蘇りの魔法は女神に貰ったものだろう。だったら……脳に魔法術式のようなものがあるはず」
「なるほど! それを覗き見ようとしてるわけですね!」
「そういうこと」
ムン姉さんに説明を終えた俺は作業に集中する。
更に奥、脳の中心部まで魔力の糸を伸ばす。するとそこには……膨大な量の魔法術式が仕込まれていた。
ビンゴ。ここまで上手くいくと笑っちまうぜ。
「ここからは選定作業だ。いる魔法といらない魔法を分けなくちゃ」
金色になるだけの『勇者の聖炎』みたいな魔法はいらない。欲しいのは特異性のある魔法だけだ。それらを見つけて俺は次々と記憶していく。
「ほうほう……ふうん。女神ってのはずいぶん魔法に造詣があるみたいだな。勇者なんて作ってなきゃ友達になれたかもな」
女神の作った魔法の数々は無駄がなく、美しいものだった。
勇者の聖炎などはふざけて作ったものなんだろう。目にする魔法の中には俺では思いつかない方式で効果を発揮するものがいくつか見られた。深い知識と卓越した応用力、さすが魔王国を滅ぼそうとしてるだけはある。
「うん……まあ、こんなものか」
この勇者から貰える魔法は全て貰った。
あとやることは一つだけだ。
「おい勇者、お前は死んだら女神の所に行くのか?」
「え、何で知ってるんだ?」
やっぱりそうだったか。
蘇生魔法の術式を読んでみたら、一旦魂を女神の所に送って、それから新しい肉体に行くようになっていた。
つまり俺はこの魔法を使うことは出来ないということになる。魂の状態で女神にあったらなす術なくやられるだろうからな。
……まあもとよりそんなせこい真似するつもりはない。今あるこの命だけで勝ってみせる。
「女神の所に行って何をするんだ?」
「何って……どういうことをしたのか報告するんだよ。女神様は地上のことを勇者たちから聞くしか情報を得る手段がないからな。それで褒めて貰って新しい肉体を貰うんだ。たくさん成果を上げた奴は新しい異能を貰えることもあるらしい」
「へえ、それはいい事を聞いた」
女神といえど万能ではないみたいだ。
勇者に情報を与えなければ女神も対策を立てようがない。これは覚えておいた方がいいな。
「……で、女神様がどうしたってんだよ。つうかそろそろ殺してくれよ、もう話せることは全部話したぞ!」
「まあ待てって、その前に一つやることあるんだよ……っと!」
脳内に入れた魔法の糸に力を込める。
するとバチィ! と勇者の頭に電流が走る。
「いっでえ!! 何しやがる!!」
「……お前の蘇生魔法の術式に手を加えただけだよ」
「は、はあ!? どういうことだお前!」
俺の言葉に動揺する勇者。
そりゃそうだよな。蘇生魔法は勇者にとって一番の頼みの綱。ゲームだったらコンティニュー出来なくなりましたと言われたようなものだ。
「女神の腕はたいしたものだ。蘇生魔法の術式をお前の頭の中から消すことは出来なかった。でも……術式に手を加えることは出来た。だから俺は魂の移動先の座標を九ヶ所追加した。するとどうなるか分かるか?」
「そ、そんなことしたら魂が分散するじゃねえか!」
「その通り♪」
元々蘇生魔法には女神の所の座標のみ設定されていた。
そこに適当な座標を九ヶ所いれたことより、勇者の魂は十分割されることになる。流石の女神も十分割された魂一つじゃ蘇生できないだろ。
「これが俺の考えた勇者殺しだ。もうお前らだけに復活はさせねえよ」
待ってくれ。という勇者の懇願を聞き流し、俺はその胸元に魔剣を突き刺すのだった。




