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腐女子の私は異世界で何故だか百合百合しています  作者: 街田和馬
第1章「陰鬱」
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第3話「活路」

「な、何なんですか、あなたは?」


 ものの数分前に初めて出会った年上の女子に訳もわからぬままセクハラをされ、直後にその人の異常な力を目の当たりにして、黒髪の少女ーーハルが最初に私に放ったのは、そんな疑問だった。

 その言い方は、半ば悲鳴のようなものだった。


「ま、そうなるよね」


 こういうのに慣れていない一般人なら、そんな反応をされたら狼狽を露わにしてしまう。

 しかし、元の世界で液晶の中の男の子を辱めに辱めていた私は、その反応に動揺をするどころか、冷静でいて納得すらしていた。

 こういう犯罪に遭った子どもの反応は見慣れているからだ。それに私の趣味事情を抜きにしても、私の聡明さを以てすれば、今のハルの立場に自身を投射し、どんな行動を取るべきか、或いはどんな行動を取ってはいけないのかを的確に判断・実行できる。

 というか、こんなことを言っている私だが、実際は自身も同性同士の身体的接触に現実では免疫がないのが、ハルに理解を示す最もな理由だ。

 女子校にいたとはいえ女子同士の戯れは外野から見ている傍観しているだけだったため、自らがそういうことをするのには攻めるのならまだしも受けの耐性はない。

 美樹との仲は幼馴染みと呼ぶには差し支えない程だが、お互いに人肌をあまり好まないのか、余程のことがない限りスキンシップをとることはない。それこそ、先程のように私たちのどちらかが泣いてしまうようなことがない限りは……。

 同性同士の肉体的接触(BL限定)に慣れている私ですらそう思うのだから、まだ心も体も大人になっていないハルはかなり衝撃を受けたのではなかろうか。

 だから、ひとまず私はハルを落ち着かせようと、あの行為をするに至った経緯を説明することにした。


「驚かせてしまってごめんなさい。でもね、私たちが助かるためにはそうするしかなかったのよ」

「何でですか? 魔王を倒すのが目的なんですよね? だったら、あんな大きい蜘蛛ぐらい私に何かしなくても、瞬殺してくださいよ!」

(……可能なら是非ともそうしたいんだけどなぁ)


 私が言い訳とも捉えられる説明をすると、ハルは捲し立てるように言葉を連ねた。その言葉は、至極真っ当すぎて、反論の余地がない。

 ハルは、それから困惑から怒りに表情を変えた。腕を胸の前で交差させて反対の上腕を抱き、眉間には皺を寄せている。折角の可愛い顔が台無しだ。


「あなたに何もせずして、私が化け物を倒すことは不可能だったわ。だって私は、女の子と戯れることで強くなることができるのだから」

「ーーは? それが事実だとしても、先程のあなたの行為は、戯れるなんて言葉で片付けるには度が過ぎていましたけど?」

「まあ、そうよね。…………はぁ」


 まだまだ無知で純粋なお子様のハルのためにオブラートな言い方をしてあげたのに、まるで逆効果だった。……ん? “戯れる”じゃオブラートになってない? いやでも、これが私の言いたい意味の通じるギリギリのラインだと思ったんだけど。“仲良くする”なんて言い方してみな? 「じゃああそこまでする必要ないじゃないですか」って言われるオチだよ。もう……どう言うのが正解だったんだよ。

 私の説明に納得いかず憤慨しているハルの調子を見るに、包み隠さず私の行ったことの意味を解らせないと、ハルの怒りは鎮まりそうになかった。

 私は覚悟を決めて、ハルに女の子同士の戯れーー百合の何たるかを説明することにした。

 ちなみに、こんな偉そうなことを言っているが、私自身も百合がどういうものなのか明確には理解していない。もし万が一にもこの世界に百合厨がいたとしたら、下手な事を言って「解釈違いだ!」と罵られ殺されないか不安だ。でも、私の保身のためだ。多少は許してください。


「女の子同士の戯れっていうのは、別の言い方で“百合”っていうんだけど、それはわかる?」

「……知りません」

「わかった。じゃあ、今からその“百合”っていうものを教えるから、一言一句漏らさずに聞くのよ」

「…………」


 ハルは不機嫌そうでありながらも、私の言葉に耳を傾注してくれている。私はごくりと生唾を飲み込んでから、純粋無垢で純白なハルの脳内の染色作業を開始した。私は、ハルが大人の階段を昇る手助けが出来ることを心から光栄に思う。


「改めて言うと、百合っていうのはね、女の子が男の子とじゃなくて女の子とイチャイチャすることなのよ」

「……女の子が……女の子と?」

「そうよ。ただ、イチャイチャって一言で言っても、することは色々あるの。頭を撫でたり談笑したりなんて友達同士でもやるようなことも場合によっては百合だし、もっと激しいこともするの」

「激しいこと……?」

「そう。例えば男の人と女の人がするように、体を重ね合せたり、大事なところを弄り合ったりするの」

「…………」


 私はここで、ハルが顔を赤らめて「やっ、なっ、そんなことっ」的なことを言いながら両手で顔を覆って、人差し指と中指の隙間から目を覗かせて恥じらうという反応を期待していた。今は黙り込んでいるが、次第に顔が赤くなっていくのを私は期待していた。

 しかし、私の期待はいとも容易く裏切られた。

 ハルは、「うーん」と唸ったかと思うと、人差し指を顎に当てて首を傾げて、言った。


「ーー体を重ねるって……何ですか?」


「…………なんてこと」


 私は愕然とした。想像の斜め上を行く反応だった。目の前に立っていた敵が急に消えて後ろから攻撃してきたときぐらいの衝撃だ。そんな経験はないから、知らんけど。

 しかし、よく考えてみればこの反応を予想するのは難しくなかったかもしれない。

 ハルはまだ十四歳だ。元の世界の中学校でも大半の生徒はそういう知識があったが、一部、性交のことも自分の性器の呼び名すらも知らない女子がいた。

 つまり、ハルはまさにその一部の部類の女子ということだ。

 私は、想定より遥かにハルが純粋だったことに、思わず溜め息を吐いてしまった。こういう子には実際に行為を見せたほうが、理解させるという目的だけを考えれば早いのだが、流石にそれは私の良心が痛んだ。

 何も知らない子が頓にこの世の真理に触れると、激しくショックを受ける可能性がある。自分が誕生する過程を最初から聞いた暁には、号泣すること間違いない。

 私はしなかった。寧ろ、それを父さんから聞いた際には、関心と興奮に拍車がかかり、子作りと関係のない夜の営みの詳細まで聞いた。それを話す父さんもノリノリだった。まったく……悪い父親だ。ぐへへ。


 おそらく、ハルの友達はハルの純粋さを知っているからか、ハルの前ではそういう話をしないように示し合わせている。そして、過度な接触をしてくる人もいない。だから、まったくこういう話への免疫がない。今普通でいられるのは、もはや何も理解していないからだ。

 私は仮にも女子校の生徒なので、元の世界では友達同士で必要以上のスキンシップを取っているのをよく見た(私的に需要はゼロ)が、ハルにとっては先程の私との接触は未知の体験だったに違いない。もしその未知の真意に至って仕舞えば、失心する可能性もある。

 私は、ハルに百合を説明するのを諦めようとして「やっぱ、教えられそうにない」と口走りそうになった。

 だが、ハルは私のことを本当に不思議そうな目で見ていた。それは、私に対する不信感からではなく、単純な好奇心からのものだった。


(これは、育て甲斐がありそうね)


「なんか、気持ち悪いんですけど」

「えっ? …………あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してた」


 私はハルに一縷の可能性を感じてしまってかなりニヤついてしまっていたようで、ハルに気持ち悪がられてしまった。ついつい、こういう話をしたときに好奇心を持ってくれる子がいると、性というものを教えたくなってしまう。……美樹の時もそうだった。

 私の部屋に連れて入って、私のBL本に興味を持ってもらった時は、無我夢中で教えてしまった。運良く美樹はそういうものに抵抗が少ない人間だったようで、私の熱弁に、泣かずについて来てくれた。

 だが、高校生(もっとも、現在はその地位を失ってしまったが)になった今の私は違う。もっと順序を踏んで教えるべきだということが理解できている。だから、今はハルに直接的な言葉で教えられない。教えるわけにはいかない。

 

「やっぱり、百合はハルには難しいかもしれない」

「でも、それじゃ私は、結局訳の分からないまま痴漢されたってことなんですか?」

「いやまあ、その言葉に間違いはないね。……って今、痴漢って言った?」

「い、言いましたけど……」


 私はそれを聞いて嬉しくなって、ハルの肩をガッと掴んだ。突然のことに、ハルは目を丸くして硬直している。今まさに自分の肩を掴んでいるのが、痴漢だと思っている女だということも頭から吹き飛んでしまったのか、ハルが私の手を払うことはない。

「そう! その感覚だよ! 痴漢をされたって思ったってことは、恥ずかしかったってことだよね?」

「……そりゃそうですよ。あんな、あんなこと、親にもされたことないのに」

「女が女にそういう恥ずかしいことをするのが、百合だって思って」

「それが……百合なんですか?」

「……まあ、今のところはそう思っておいて構わないわ」


 本当は、痴漢なんて言葉で表されるような卑猥な行為以外もあるし、そもそも一方的なものばかりではだろうけど、今のところはそういう理解でいいんじゃないだろうか。私の認識が合っているのだとしたらね。

 そう妥協した私は、ハルから手を離した。


「ちょっとハルに訊きたいことがあるんだけど、いい?」

「何ですか?」

「ハルの住むあの町に、ギルドはある? ここから見た感じ、そんな建物は見当たらないんだけど」

「この町には、ギルドはないですよ。この町って辺境中の辺境なので。それが、何か?」


 ハルが私の様子を窺っている最中、私は動揺していた。クピト曰く、ギルドで冒険者になれば安泰のようだ。しかし、この町にはギルドはないらしい。今の私は無一文(金どころか財布もない)だし、無職だし、住所不定だ。こちらの世界でも元の世界でも最底辺の地位に、私は今いる。

 私は必死で考えた。どうすれば、今の状態を脱することができるのか。

 そして、一つの結論を絞り出した私は、その阿呆みたいなことをハルに訴えた。


「ところで私って、魔王を倒すって目的があるだけでお金もなければ仕事もないの。だから、私をハルの家に置いてください。何でもしますから?」


「…………は?」


 勿論、返ってきたのは、私を蔑むような視線と拒絶とも捉えられるほど辛い疑問の一音だった。



  ○◉○◉○



「じゃあ、部屋はここを使ってください。数年前に亡くなった祖母の使っていた部屋です。何もないですけど、掃除はされているので好きなように模様替えしていただいても構いません」

「ありがとうございます」

「まったく……お母さんは何でこんな人を簡単に家に泊めさせるのよ」

「あはは……」


(言えない……口が裂けても言えない。ハルの母親も私と同種だったなんて)



 この状況に至った経緯は、一時間程前まで遡る。

 「何でもしますから」という私の言葉に対して「今、何でもしますって言いましたよね?」という決まり文句を返され、とはいえ他の選択肢もないためやむなく肯定した私は、ハルの家に連れて行かれた。

 斜め四十五度から照りつける陽光が反射して、眩しく生き生きと輝く黄緑が一面に広がる高原を下り、砦のような石造の門を抜けて高原から見えていた町に入った。

 この町はエヘソスというらしい。門付近の物見櫓のような高台以外に目立った高層建築こそないものの、頑丈そうに作られた木造の家が建ち並んでいた。

 外壁は特に彩色がされておらず材木のダークな茶色のままで、建物だけを見れば重苦しい雰囲気だが、人々の交流は年齢も性別も問わずそれなりに盛んなため、重苦しさが中和されて健全な落ち着きがあった。

 高原から見た限りでは町の広さは具体的に想像できなかったが、実際入ってみると、元の世界の地方の中枢都市ほどの広さはあった。その広さの割に全体的に田舎っぽいのは、その町の面積の大部分を田畑が占めているからだろう。

 町の中ではどこで周りを見渡しても田畑が目に入るほどだ。

 立ち並ぶ住居を条里制のようにブロックに細分しているいくつもの小さな通りを横断して歩くこと十分、ようやく着いたハルの家は、大きかった。他の建物と同様に木造であるそれは、左右対称の構造で対象の軸上には手前に突き出た三角屋根と、その少し下辺りの外壁にはギリギリ屋根の影がかからない高さに掛時計が設置されていた。昭和時代の田舎の分校の校舎を想起させる外見だ。

 横に大きく広がっている感じで、中に入ると目線の少し先には外へ抜ける扉があり、左右には長い廊下が続いていて、両方とも行き止まりまでに三つほど広い部屋があった。部屋の中には沢山の机と椅子が置かれていて、部屋の前方には黒板があった。


「ここって、もしかして……」

「そう、学校です。私の母は、この学校の創設者であって校長でもあって、一つの教室の担任もしています」

「すごい」


 私がハルの母親の凄さに感嘆していると、玄関正面の外に抜けるドアが開かれた。


「おかえりー、ハル。…………あれ、そこのお方は?」

「この人は私に痴漢をした人なの。金なし家なしで生きるためなら何でもするって言ったからここで雑用でもさせようかと思って」

「ちょっと、痴漢はやめてよ! ……え、雑用?」

「そりゃそうですよ。痴漢に大切にされる権利があると思ってるんですか?」

「いや、それはそうだけど」


 チラッとお母様の方を見ると、私を不思議そうに見つめていた。お母様は私と目が合うと、クスッと笑って視線を徐々に下げていった。私の服装を観察しながら足の辺りまで見下ろすと再び視線を上げて微笑んだ。

 人にまじまじと見られる経験はあまりないため、少し照れてしまう。

 そして、お母様は口を開いたかと思えばーー


「随分と中途半端な格好ね。それにしても、痴漢って、あなたが……ハルに? なるほどね、そういう趣味の人なのね」

「いえ、誤解です。娘さんに痴漢……じゃなくて、娘さんの頭をいきなり撫でたのには込み入った事情がありましてーー」

「あなた、私の背筋をなぞってもいましたよね? 勝手に自分の罪を軽くしないでください」

「なんてことを言うの? …………ち、違うんです。本当に、深いわけがあってですね、それが娘さんにはちょっと理解できなくてですね」


 私が焦りながら両掌をお母様に向けて一生懸命に振り誤解であることを示したが、お母様が変わらず笑顔で放った言葉は、私の肝を凍てつかせた。


「ハル、次の私のクラスの自習監督を任せてもいい?」

「いいよ」

「じゃあ、そこの百合さん? 校長室でゆっくりと話を聞きましょうか」

「…………は、はい」


 お嬢様学校の生徒会長である私のカリスマ性を持ってしても、私が手を出してしまった異世界の少女の母の威圧感には太刀打ちできなかった。




「ーーそれで、どうしてうちの娘に痴漢と思われるようなことをしたのですか? あの子はまだ純粋だから、女の子同士でもちょっとしたことで勘違いするんですよ? 特にあなたは初対面で歳上なんですから」


 校長室に連れられてお母様の真向かいに座った私は、どんなことを言われるのかヒヤヒヤしていた。しかし、お母様のその言葉を聞いて、ひとまずほっとした。


「よかった。娘さんの純粋さに気づいていたんですね」

「そうですね。あの子は純粋すぎます。日常生活の節々で、その片鱗を垣間見ることができますよ。多分、まだキスで子供ができると思っています」

「あー、絶対そうですね」

「何はともあれ、あなたが痴漢ではないことは理解しています。その上で、訊かせてください。どうして、そんなことを?」


 私は、安心して話すことができそうだった。この人は、私の言葉をちゃんと理解してくれる人だ。多分、多少ぶっ飛んだことを言っても、いい感じに噛み砕いてくれるはずだ。


「まずなんですけど、私が別の世界から来たって言ったら、信じてくれますか?」


 私は言った直後、突拍子もなさすぎることを言ったと思った。よく考えたら、これは言う必要のないことだ。この情報抜きでも、事情を説明することに支障はない。むしろ、言わない方が、話が逸れないから、良かったのかもしれない。お母様があまりにも優しそうな人だったので、つい油断して口が軽くなってしまった。

 私は、お母様の反応を伺った。すると、私がドキドキしているのと対照的に、お母様は当たり前のように言った。


「信じますよ。だって、うちのクラスにも異世界から来た児童がいるんですもの」

「えっ、いるんですか? 私の他にも」

「いますよ。名前は、柚子原馨。こちらではユズという名前を使っています。いつか、会わせてあげますね」

「はい、ぜひ!」


 予想外だった。まさか、自分と美樹以外にも異世界召喚者がいたとは。しかも、名前から察するに、同じ日本人である可能性が高い。

 私はいつかその子に会えるのを楽しみにしながら、自分の紹介を続けた。


「私は、有栖川百合音です。ハルには、アリスと名乗っています。えーと、何とお呼びすればいいのかわからないので、お母様の名前も教えていただいていいですか?」

「構いませんよ。私はリアです。この学校の校長兼クラスローズの担任です」

「よろしくお願いします、リアさん。……それで、これも一応お伝えしておきたいのですが、私が異世界から来た理由は、この世界に十いる魔王の打倒です」

「それは、ユズも言っていました。確か、女神に半ば無理矢理連れてこられて、その代わりに能力が与えられたんですよね?」


 どうやら、馨という子も私たちと同じように召喚され、その子がリアさんに説明をしているようだ。

 こちらとしては、説明の手間が大幅に省けて大助かりだ。ただ、馨という子がどこまで詳細に私たちの置かれた状況をリアさんに伝えているのかはわからないので、今後じっくりお互いの持つ情報の擦り合わせが必要そうだ。いつか、馨という子に会う機会を設けてもらおう。


「そして私に与えられた能力が、娘さんに手を出した理由なんですけど……」

「ああ、そういえばそんな話でしたね。是非聞かせてください」

「はい。私の能力は、『百合昇華』ーー百合的な雰囲気下であらゆる能力が上昇する能力なんです。高原にいたときに娘さんと出会ったんですけど、そこに魔物が現れて、それでやむを得ず……」

「そういうことでしたか。……そう、百合ですか…………」


 リアさんは、顎に指を当てて神妙な面持ちで何かを考え始めた。そして、しばらく悩んだ様子を見せた末に、そのふざけているとしか思えない内容に反して淡々と言った。


「つまり、アリスさんはその能力故に女の子といないと戦いができないということですよね?」

「そうなりますね」

「その能力発動のパートナーのアテはありますか?」

「いえ。実は、同性の友人とこの世界に飛ばされたのですが、あのクソ女神の不手際で私だけが別の場所に飛ばされてしまったみたいで……」

「く、クソ女神? 確か、ユズも『なんて場所に飛ばしたんだ、あのクソ女神は』なんて言っていたような。……そうでしたか」


 どうやら、馨という子もあの女神の不手際で予定外の場所に飛ばされたらしい。もし会う機会があったら、ぜひ他にどんな嫌がらせを受けたのか聞きたいものだ。

 リアさんは私の言葉を聞いて、ますますうーんと悩んでいた。しかし、そんなリアさんを他所に、リアさんの後方の本棚を見ていた私の目に映ったものに、私は衝撃を受けた。

 そして、その正体を実感していくにつれて、私は原色のみで単純に見えていた世界に彩度がもたらされていくのを感じた。

 胸の鼓動が逸る。

 早く、あの正体が本当にソレなのかを確かめなければ。


「あの、すみません」

「はい、どうしましたか?」

「後ろの本棚の中段の右端にある本って……」

「ああ、これね。あんまり、人に見せられるものじゃないんだけどね」


 リアさんは曲線の美しい立派な肘掛けの付いた椅子から立ち上がって、私の指摘した本を取り出した。

 美男子ーーそう形容されるに値する男二人が片方の手を取り合い、もう片方の手の人差し指でお互いに左右の肋骨の間をなぞっている。そんな表紙だった。

 


「それ、BL本ですよね?」


「BL……? それは何ですか?」

「ああ、すみません。こちらの世界での俗称です。それ、男の同性愛を描いた作品ですよね?」


 私が言うと、リアさんは椅子に座り切る直前で硬直した。ゆっくりと視線を上げ、やがて私と目が合った。その目は、幼い子供のように輝いていた。


「もしかしてあなた、この類の本が好きだったりするのかしら?」

「そうですね。十年近くの関係になります」

「嘘でしょ?」

「嘘じゃないですよ。今、私が嘘を吐いたとして、どんな利益があるとお思いですか?」

「本当の、本当の、本当に?」

「はい」

「やった!」

「うえっ? ちょっといきなりどうしたんですか?」


 私がBL好きを肯定すると、リアさんは椅子を倒さんとする勢いでいきり立ち、私の両手を自らの両手でがっと掴んだ。

 リアさんが突然見せた無邪気な様子に私は動揺を隠せなかったが、リアさんはかなり興奮しているようだった。私が困惑しているのに気付くことなく、私にまるで友達のように無我夢中で話し始めた。


「よかった、やっと見つけられたわ! あなたみたいな人がどれだけ探してもどこにもいないんだもの」

「そ、それって、この類の本を好きな人のことですか?」

「そう、そうよ! 男性同士の愛はこんなにも美しいというのに、誰もそれに気づいてくれないの。気付こうとしないどころか、軽蔑すらしているわ。みんな、異性のことばかり見てる。結局、気持ちよくなりたいだけなのよ」

「そうですよね! 本当に、BLの魅力がわからない人は人生損してますよ。男同士ほど、美しいものはありませんよね!」

「ああ、あなたは本当によくわかってる。あなたみたいな人と、もっと早く出会えていればよかったのに」

「たしかに、自分の趣味を他人と語り合えないのは寂しいですよね」


 私の場合は、美樹がいた。完全に腐女子というわけではなかったが、それなりにこちら側への理解はあったし、彼女自身も本人の意識している以上にこちら側に踏み込んできていた。

 しかし、リアさんの場合はどうだろうか。今までの会話から察するに、かなりコミュニケーション能力は高いはずだ。しかし、悪さをしたのは環境だ。

 この世界にはおそらく百合とかBLとかいう文化が普及していない。大部分の人が、その異端さに嫌悪感すら抱くだろう。そもそもその発想にすら至らないかもしれない。

 おそらく、あの本棚いっぱいのBL本は相当貴重な品々だ。この世界で早くもBLの趣に気付いてしまったアバンギャルドな女性たちは、この世界ではそれを知られないように隠れ腐女子として生きている。

 だから、きっと自分以外の腐女子に出会ったのは、私が初めてのはずだ。

 わかりきったことだが、私は一応訊いておいた。


「ちなみに、周りの人にこういう本が好きということは……」

「言えるわけないじゃない! そんなこともし言ってみなさい? 私間違いなく除け者にされちゃうでしょ」

「ま、そうですよね」


 当然の返答だった。この人は、自分の趣味が俗世間にまだ適性を持っていないことを理解している。……となると、この世界でリアさんと解り合えるのは、今のところ私だけ。

 きっと、リアさんと同様に腐女子であることを隠している人は、この町にも一人くらいいると思うけれど。

 そこで、私はある提案をした。


「私が、リアさんの話し相手になりましょうか? 私の元いた世界のものとこちらの世界のもので、どのくらいの差があるのかはわかりませんが」


 リアさんは一瞬ぽかんとなったが、すぐにぱあっと笑顔になった。


「ぜひ、お願いします! それじゃあ、特別何かをしてもらわなくてもいいから、好きにうちを使ってもらって構わないわ。生活のアテはないんでしょう?」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 まさか、これからの生活がこれほど簡単に保証されるとは予想外だったが、私は胸を撫で下ろした。それに、このような形で腐女子のステータスが役立つとは、誰が想像できただろうか。


「ただ、今体調不良で休んでる先生が一人いるからその人が戻ってくるまで代理をして欲しいの。四則計算や魔法学はわかる?」

「元の世界に魔法はなかったので魔法学はわかりませんが、四則計算はできます。あと、地理学や地質学なら大体教えられます」

「優秀ね、十分よ」

「ただ……」

「ただ?」


 私はここで、先生の代理をするにしてもしないにしても、この世界で生活していく上で致命的な事実を口にした。


「この世界の文字が読めません」

「それは……まずいわね」


 リアさんは表情を一瞬にして歓喜から深刻なものに変えた。この町に来てから、町の至る所で文字と思われる記号の羅列を目にしたが、一切合切解読できなかった。

 私は、効率的にどうにかできないものかと考えたが、「そんな方法はない」と初めから期待しない方が、気楽だし、気分的に得だろう。

 こういう時は、結局一夜漬けで暗記するのがいちばん強い。幸い、徹夜には慣れている。


「リアさん、今夜時間がありましたら、この世界で一般的に用いられている全ての字とその読み方を教えてください。そうしていただければ、明日までにこの世界の常用言語は完璧にします」

「そんなことができるの?」

「できますよ。私、頭いいので」


 こうして、ハルたちの家に泊めてもらえることとなった私は、私の使う部屋に案内されていた。

 ハルは私が容易く泊めさせてもらえることになった経緯を知らないため、リアさんのことを、今日初めて会ったばかりの人との共同生活を簡単に受容した危機感の軽薄な母親だと思ってしまったかもしれない。

 だが、リアさんの名誉のためにも、何よりハルのためにも私とリアさんが解り合えてしまった経緯は言えない。


「じゃあ、私は家の掃除をしてきますので、部屋でゆっくりしててください」

「うん、ありがとう」


 ハルが部屋から出ていくと、私は床に大の字に寝転がった。まだカーペットが敷かれていないので、硬くてひんやりする木の感触が部屋着越しに背中に伝わってくる。

 そういえば、部屋の床で大の字になるのは、前になったのが思い出せないほど久しぶりだった。私の部屋には、BLが溢れていた。足の踏み場なんてあっという間に無くなり、私の部屋の中での行動可能範囲は、部屋の面積の十分の一もなかった。

 私は、広い部屋で寛ぐことの爽快感を思い出した。ただ、私はそれよりも遥かに、あることにこれ以上なく安堵していた。


(この世界にもBLがあった。これで、私の命は保証されたわ)

月末になってしまって、本当にすみません。


毎回、謝罪から入ってすみません。



言い訳になりますし、プライベートなことなので、あまり言いたかなかったんですが、説明した方がいいと思ったので、言わせていただきます。

私、実は現役受験生です。つまり、とても忙しいです。

だから、毎月1話ずつは頑張ろうと思いますが、それ以上は保証できません。本当にすみません。


それでも、ちゃんと続けていきますので、引き続きご拝読のほど、よろしくお願いします。


では、また来月!


多忙な中書いたので、お粗末な本文ですみません




〈追記〉


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