第12話「友人戦」
最近、筆が乗る。
「ねぇ、美樹。私と戦ってくれない?」
「いや何で?」
百合音の突拍子のない頼みに、私は間髪入れず突っ込んだ。
確かに、百合音の異常さは今に始まった事ではないよ。腐女子であることに対しては、知り合ったばかりの頃は若干抵抗があったけれど、今さらなんとも思わない。というか、百合音のせいで私とそちらの気を持ちつつあるということを自覚している以上、腐女子に対して普通じゃないイメージを持つことは自分自身も異常だと認めることになるから、それだけは断固拒否だ。
いや、よく考えてみれば異常という言葉はこの場合不適切かもしれない。そうだ。百合音は、ぶっ飛んでいるんだ。
だって、普通に考えてBLのためとはいえ、上級生や教師陣どころか同級生にまで腰を低くするなんて、中学時代に学校行事でクラスメイトをひな壇の上から遣っていた人間の所業とは思えないじゃん。
あと、単純にあのBL関連作品の所持数はぶっ飛んでる。初めて百合音の部屋に行った時の光景を思い出してみると、そこそこの広さがあったはずだ。目測だし不確かな記憶ではあるけれど、多分二十畳はあった。そこに、私の頭を超えるほどの高さに積み上げられたBL本の山が足の踏み場もないほどに形成されている。マンションがひとつ買えるくらいBL作品に費やしているのではないかと思う。
それに、この世界に来てからもぶっ飛んでいる。冒険者にならずして、見ず知らずの少女と共に魔王の居城に乗り込んでほとんど独力で魔王を倒しているんだから。
でも、意外だったのは百合音のその少女に対する接し方だった。酷い言い方にはなるけれど、百合音にとってハルちゃんは能力発動の引き金であるはずだし、その認識が百合音にまったくないと私は思えない。
きっと、久しぶりに私以外で百合音に憧れの眼差しを向けない人と出会ったから嬉しかったんだろうなぁ。
さて、そんなことは置いといて、百合音の頼みは全く真意が読み取れない。「久しぶりに話がしたいー」みたいなことかと思ってウッキウキになってたら「戦って」の不意打ちを脇腹に食らった。百合音の扱いに慣れてない人間だったら、間違いなく一発KOだっただろう。まあ、KOされたらどうなるんだって話ではあるけれど。
もしかして、何か気に触ることしちゃったかな。そんなにハルちゃんと仲悪そうにしたのがまずかったかなぁ。私的には売り言葉に買い言葉って感じで悪気はないんだけどな。つい、百合音のことになるとムキになっちゃうっていうか、勢いで言葉が出ちゃうというか、冷静でいられないというかなんというか。
やれやれ、困ったなぁ。
「さっきまでハルの看病してたんだけどね」
「……してたんだけど?」
「ちょっと刺激が強すぎて能力発動しちゃったんだよね」
「ふむふむ。それで、何か問題が?」
「実は私、まだこの能力の制御がうまくできなくて、自発的に力を引っ込められないんだよね。ということは?」
「常に超パワーを持った状態で過ごす?」
「そういうこと。このままだと何かしら壊しかねないからさ、能力の発散をしておきたいんだよね」
「なるほどね」
百合音の説明には、大方納得した。確かに、全開ではないとはいえ、魔王も倒すほどの強力な能力が常に発動していると不自由でしかない。もうすぐお昼時だが、ごはんを食べようにも握りつぶしてそれどころではないかもしれない。
でも、まだ力の扱いに慣れていないというのならーー
「それなら、このタイミングで能力の抑え方を覚えればいいじゃん」
「いや、それはそうなんだけどさ。もうちょっと弱い状態でしたいんだよね。ハルの色気が凄くて、能力の発動具合が普通じゃない」
「あー、なるほど。理解した。……うん、いいよ」
「ほんと? ありがとう!」
私が肯定すると、百合音は嬉しそうに飛び跳ねた。ほんと、いっつもこうだったら普通に可愛いだけの女の子なんだけどなぁ。
「でも、場所はどうするの? 私の能力的に、かなり開けた場所じゃないと戦うのは難しいよ」
「あー、植物を操る系だったっけ? わかった。それなら場所を移そうか。しばらくハルは目覚めなさそうだし」
「おっけー」
百合音から快く承諾してもらえたので、私たちは宿から出て、周りに人や建物が少なく激しい戦闘による被害が少ない場所を探すことにした。
しかし、商業が盛んなこの街には建物がひしめき合っていて、理想的な場所はなかなか見つからない。
ようやく見つけたと思った空き地は、子供たちの溜まり場になっていて、とても戦闘をする気にはなれなかった。
ハルちゃんより先に百合音と街を見て回ってしまって、ハルちゃんには申し訳ないなぁ。
それにしても、この街は都市部からは少し離れているというのに本当に栄えている。商店や行商が多く商業に傾倒しているのかと思えば、住人も多いし福利厚生やライフラインも充実している。快適で何不自由ない、まさに夢の街。
そんな場所で、私たちがドンパチやってもいいのだろうか。そんなわけないよね。
「ねぇ百合音。ちょっと街から外れたところに行かない?」
「そうだね。その方がいい」
「それなら、私がこの街に来る時に絨毯の上からちょうど良さそうな場所を見つけたんだ。そこにつれていくよ」
「了解」
私がオドンパザルから出てこの街に着いた時、北側から入ってきたんだけど、そちら側の街の門の近くには交通路が整備されているだけで建物が一切なかった。そこなら、百合音も遠慮なく戦うことができるだろう。
再び街中を二十分ほど歩いて、私たちは目的の場所に到着した。
「どうかな、ここは?」
「いいね。開けてるし、建物も人もいない。通行人が来ないか心配だけど、私たちが戦っているのを見たら近づいては来ないでしょ」
「そうだね。じゃあ早速……」
「うん。早速……」
私は、百合音から距離をとって、こちらに来る前に武器屋で買った魔杖〈ミイ〉を構えた。百合音も私に対抗して、ファイティングポーズをとった。今の今まで知覚することすらできなかったオーラが百合音から溢れ出すのが目に見えた。あれが、百合音に溜まった力なんだろう。名付けるとすれば、百合力〈リリィフォース〉かなぁ。
その威圧感に私は一瞬気圧されそうになったが、杖を握りしめて恐怖を振り払った。
「いくよっ!」
「来いっ!」
「根槍〈ルーツランス〉!」
私はまず、地中から極太の根を複数生やし、その鋭い切っ先を百合音に伸ばした。狩猟動物のような速度で迫るその攻撃は、当たればいとも容易く身体を貫かれ、一瞬にして全身が分断されて即死してしまうだろう。でも、こんな攻撃で死ぬことはないよね。
「ふんっ!」
百合音は迫り来る根に拳による突きを繰り出した。それが起こした衝撃波は、台風をも超える風圧とともに大地を揺らし、砂を天高く巻き上げた。
根の槍は勢いを失い、瞬く間に崩れてしまった。
「やるねぇ」
「もっと強くてもいいんだよ」
「じゃあ、遠慮なく!」
私はさらに続け様に根の槍を放った。数本一気にまとめてではなく、一本ずつ時間差で放った。
百合音はさっきと同じように拳で一本ずつ根を破壊していく。一発一発の威力が凄まじく、砂煙がどんどん高く舞い上がり、百合音の周囲の地面が同心円状に抉れていく。
しかし、十秒ほど凌いでからこれではジリ貧だと理解したのか、槍の攻撃を避けてこちらとの距離を詰めてきた。
しかし、私は槍の軌道を曲げて百合音を背中から追わせた。
百合音はそれに気が入って対処しようと私に背を向けた。しかし、その背中に迫るのは次弾の槍だ。挟撃の形。さぁ、どう対処する?
「なんのこれしきっ!」
そこで百合音は左足を地に着いて軸にし、回し蹴りを放った。百合音を前後から挟んだ根は両方とも見事に粉砕された。すぐに百合音は再びこちらに走ってきた。身体能力が上がっているため、予想以上に接近が早い。あっという間に鼻と鼻がくっつきそうな距離にまで来てしまった。百合音は目をガン開きにして口が張り裂けそうなほど口角を吊り上げて笑いながら、拳をグッと引いた。間違いなく、食らったら吹っ飛ばされて一撃でノックダウンだ。間に合うかわからなかったが、私は防御魔法を使った。
「樹柵〈アーバ・インクルトゥー〉」
私は目の前、ちょうど百合音の真下あたりから樹木を伸ばした。百合音はもう少しで拳が私に届きそうというところで腹部に樹の突き上げをくらい、そのまま天高く持ち上げられていった。樹が成長し終えると、百合音が服やら髪の毛やらが枝に引っかかって苦労しているのが見えた。
私はそこに向かって根の槍を四本伸ばした。前後左右から遅いくる巨根、あの体勢からは回し蹴りを放てないだろうから、防ぐ方法はあるまい。
槍は百合音の首元に迫っていき、そして四本が衝突して爆ぜた。しばらく様子を見ていると、木屑と根の残骸とともに落ちてきたのは、百合音だった。なんと、傷ひとつ負っていない。
「な、なんで?」
「いや弱すぎ。あんなんじゃ傷ひとつ負わないよ」
「頑丈すぎでしょ……」
友達の命を奪うのには抵抗があって若干根の鋭利さを落としていたとはいえ、ここまで無傷なのは想定外だった。
「さぁ、次の手は?」
百合音は空気を蹴って、空中で加速して落下してきた。さらに縦回転を開始して、右足を伸ばした。
「ヤバっ」
一度は魔法で受けようと思った私だったが、身の危険を察知して思いっきり後ろに飛び退いた。
その直後、私のいた場所に百合音の踵落としが放たれた。一瞬で、ボコッと地面が下に十メートルほど半球状にえぐれ、遅れて土煙が高く舞い上がった。鼓膜を破らんとする轟音が周囲に響き渡り、地震かと思うようなまとも立っていられないほどの大地の揺れが起こった。
私はその場に座り込んだが、百合音は砂煙の中から飛び出してきた。
私はもう一度「樹柵」を発動した。百合音は意図も容易く破壊するが、それでいい。視界を遮ることはできた。
百合音が樹柵に気を取られている間に私の手には四本の短剣が握られている。指の間に挟むようにして構えられている木短剣〈センチグラム〉を、拳を振り抜いた後の無防備な百合音に放った。
「……やるじゃん」
そして、百合音の眉間に、四本のセンチグラムが…………サクッと刺さった。
………………刺さった? え? 刺さった……?
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
やっちゃった! 友達を殺っちゃった! やらかしたやらかした! ねぇ、どうしよう。これ絶対助からないって。
私が焦って思考がうまく回らなくて挙動不審になっていると、百合音は不敵に笑い始めた。
「いひひひっ。そんなリアクションしてる暇あるの?」
「……うぇ? っう、ぐえっ」
何を言い出すかと思って百合音に目を向けようとした瞬間に、私の腹には百合音の拳がめり込んでいた。
ギュウゥッと内臓が押し潰されるのが体感できて気持ち悪い、胃からドロッとしたものが込み上げてくる。
ググッと少しの溜めがあった後、私は銃弾の速度で数十メートル吹き飛ばされた。
その途中、衝撃と痛みで私は意識を失った。
○●○●○
美樹は私のすごくつよいぱんちで吹っ飛ばされて、砂煙を巻き上げながら背中で地面を滑っていき、ようやく止まった時にその背中は服がズタズタに破れ血まみれになっていた。
「いてて。なかなかいい一手だったよ。でも、やっぱり私の頑丈さには及ばないね」
私は眉間に浅めに刺さった短剣を一本ずつ丁寧に抜いていく。初めは血が垂れてきたが、すぐに止まった。やはり、凄まじい再生能力だ。
さっき大木の上で根に腹を貫かれた時は流石に負けたかと思った。でも、首元は流石にまずいと思って致命傷を避けたのは、賢い選択だったようだ。
「それにしても、あんまり発散にはならなかったなぁ。これでも本気の一分くらいなんだけど」
美樹のもとに駆け寄って、肩を叩いてやるが、反応がない。気絶しただけだと思うけど、まさか死んじゃいないよね?
「お、おーい。美樹ー?」
「…………」
やはり反応がない。いよいよ心配になってきたなぁ。とりあえず、宿に運んでやろうか。
その時、美樹の手元から何かが光るのが目に入った。なんだろうと思ってみると、美樹が持っている杖の先端が怪しく光っていた。そう思うと、その杖から声がした。
『魔杖〈ミイ〉、子榎本美樹の生命に危険を察知。緊急維持ファンクション〈キマタシステム〉を作動します』
「何を……言っているの?」
次の瞬間、杖から大樹が生え始め瞬く間に美樹の体を呑み込んでしまった。私は美樹を救い出そうと手を伸ばしたが、伸びていく樹木に弾かれてしまった。
さらに成長を加速させる魔杖に巻き込まれないように大きく後退した。やがて、大樹は巨大ロボ並みの大きさになり、太い根が地面に食い込み、緑が生い茂り、手のようにしなる幹が左右に生えた。もう、美樹がどこにいるのかすらもわからない。美樹を守るための要塞大樹が出来上がった。
『状況開始します』
「まずいな。どうしたものか」
ハルがいないから力を補充できない。そもそも強敵と戦うには心もとないエネルギー量。
そんな絶望的な状況で、本気の美樹(乗っ取られ中)との戦いが、幕を開けたーー。
更新ペース増やしていきます。
やる気出てきた!