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腐女子の私は異世界で何故だか百合百合しています  作者: 街田和馬
第2章「醜悪」
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第10話「前途多難」

「ーー百合音?」


「ーーえっ?」


「その声、やっぱり百合音じゃん」


「ーー美樹?」


「お、久しぶりだから忘れちゃったかと思ったよ。そう、美樹だよ。ひっさしぶりー」


 私が状況に思考がついて来られず立ち尽くしていると、袖がぐいっと引っ張られた。

 見ると、トイレに行ったはずの青褪めた顔とジト目のハルがいた。


「誰ですか、その女」

「ーーヒェッ」

「ーー何ですか、その反応は?」


 ジト目のハルは、唇を尖らせ私の反応を咎めた。

 私は、自分でも近くできるほど顔が引き攣り、目も泳ぎまくった。どう言い訳しようか必死で考えるも、良い案が浮かばず、口から溢れるのは、「ア……ア……」という情けない短音だけだ。


「で、その女は誰なんですか?」

「……うぅ」


 ハルに詰め寄られた私が答えに戸惑っていると、前から不満そうな声が飛んできた。


「ちょっとやめなよー。困ってるじゃんか」


 美樹が手を広げて私とハルの間に割り込んできた。

 ハルはその手を掴んで下ろそうとしながら、美樹の顔も見ずに反抗の声を上げた。


「誰かは存じませんけど、邪魔なので話に入ってこないでください。アリスさんと今話しているのは私です」

「ちょっとちょっと、先に話してたのは私なんだけど。割って入ってきたのそっちじゃん」


 初対面にも関わらず、険悪モード全開の二人を見ていると、私もだんだん落ち着きを取り戻してきた。


「美樹もハルも一旦落ち着いて。美樹には後でちゃんと事情話すから。そんなことより、ハルは早くお手洗いに行ってきなさい。顔色が大変なことになってるわよ」


 美樹は私の言葉を聞いて、不満を表情に浮かべながらも一歩後ろに下がった。一方でハルはすぐには引かなかった。しかし、私に顔色を指摘されたことで自身の体調が絶不調であることを思い出して、口元を抑えながらロビーから呻き声を漏らしながら離れていった。

 私は、美樹の方に向き直って、愛想笑いを浮かべた。


「なんか変な感じになって、ごめんね」

「全然大丈夫。私は久しぶりに百合音に会えただけで嬉しい!」

「そっか。あの娘のことも含めてちゃんと説明したいんだけど、とりあえずそっちの召喚されてからのことを訊いてもいい? あの様子だと、しばらくは帰ってこなさそうだから」

「了解。でも、こっちはそんな大したことしてないしから出来るだけ短く纏める。そっちの話をじっくり聞かせて」

「わかった」



  ○●○●○



 私が百合音に手を伸ばした直後、視界が真っ暗になり、私は無重力空間に放り出されたような浮遊感と、洗濯機の中で転がされているような内臓が攪拌されるような不快感を覚えた。

 それが体感で一分ほど続いた直後、視界に光が差した。あまりの眩しさに目をぎゅっと閉じて、瞼を貫通して感覚を刺激してくる光が弱まってきてから瞼をそっと上げると、そこにはレンガのびっしり敷かれた街路とおしゃれに彩色された家屋が並んだ景色が広がっていた。

 そして、ついさっきまで隣にいた百合音は、どこにもいなかったの。


 そこはオドンパザルという町だった。インフラも教育も充実しているし、ギルドとか武器屋みたいなちゃんとした施設もたくさんあった。

 だからひと通り町を探索した後に、クピトに言われた通りにギルドで冒険者登録をして活動資金を手に入れてから、宿をとった。それから数日間は人探しやモンスター討伐みたいな小さな依頼をこなしていった。

 百合音を早く探しに行きたいのもあって必死に依頼を解決していくと、あっという間にランクは上級に上がった。そこで、受付の人に魔王のことについて聞いてみた。もしかしたら、魔王を討伐する最中で百合音と巡り合うことができるんじゃないかって思ったから。

 そうしたら、近くに旧都コロフォンという廃都があってそこに魔王がいるってことを教えてもらった。

 私はすぐに出発の準備を始めた。移動用の高速飛行できる箒を買って、魔石も多めに用意して、大金を持って、一昨日の夕方に出発した。ここに着いたのは昨日の夜で、今日の昼に魔王討伐に出ようと思っていたところ。


「なるほどね」


 私がハルに拾われて穏やかな日常を過ごしている間に、美樹はそんな慌ただしい日々を送っていたようだ。私のために必死になってくれていたなんて、少し恥ずかしいな。


「ギルドにも入っていない人間の成した偉業については、流石にまだ情報が来ていないんだ」

「どういうこと?」

「その魔王、私がもう倒したから」


 美樹が知らないだけなのか本当に情報が来ていないのかは定かではないが、美樹の疑問に私は淡々と答えた。


「へぇ、流石じゃん百合音」

「でしょ」

「…………んえっ⁈ 倒した⁈」

「なに? 一度呑み込んでから勢いよく吐き出すのは品がない。やめなさい」

「いや。……いやいやいや。…………え、だって魔王だよ? そんな簡単に……」


 美樹は驚きのあまりぎこちない動きで戸惑いを体現し、開いた口が塞がらないままになっている。

 普段から余裕ぶっていて動揺を他人に見せることの少ない美樹が、ここまで落ち着きがないのはなかなか珍しいことで、私は思わず笑みをこぼしてしまった。


「いやー、死にかけたけど普通にヌルゲーだったよ。私の能力意外と強かったし」

「いや、死にかけてるのはヌルゲーとは言わないでしょ。それより、百合音の能力って百合がどうたらこうたらってもんだったっけ?」

「そうそう。これがなかなか開発し甲斐がありそうで、結構面白いし魔王も圧倒できるくらい強い能力だったんだよ」

「能力はどうやって発動したわけ? それなりに尊くないと、いくらその能力でも魔王を圧倒なんてできないと思うんだけど」

「そうだね。そこも含めて、少し話しておこうか。あの様子だとハルはまだ戻ってこないだろうし」


 

 それから、私は美樹にこちらに召喚されてから何があったかを時系列順に話した。

 クピトのミスによってギルドがない辺境の町に飛ばされたこと。そこでハルと出会って、痴漢まがいの行為で能力を発動し魔物をやっつけたこと。そのあと、ハルの家に泊めてもらえることになったこと。先生をしたこと。魔物が町に侵入してきたこと。先生の仕事を半ばで放任してハルと共に魔王討伐に向かったこと。そして、旧都コロフォンにおいての一連の死闘のこと。その最中にハルと私の関係が少し深くなったこと。そして、今に至ること。

 プライベートなことだから話すのはあまりよくないのかなとも思ったけれど、ハルの体調不良の原因も話しておいた。

 かなり短く纏めたつもりだったのだが、気がつけば一時間ほど経ってしまっていた。それらを諸々聞いた上での美樹の反応だがーー


「ふーん。……随分と仲良さそうだね」

「え、あー……うん。仲良いけど……どうかした?」


 やはり話が長すぎたのか、あからさまに不満気だった。眉間に皺を寄せ、こちらを睨み、頬杖をついている。


「ごめんね。話、長すぎたね」


 私が申し訳なさそうに言うと、美樹はいきり立っていきなり大きな声で否定した。


「ああっ! 違うよ! そういうことじゃなくて」

「そういうことじゃなくて……?」


 一瞬、美樹に活発さが戻ってきたと思ったら、すぐにまた元に戻って一言。


「ただ、百合音が出会って間もない女の子とそれだけ仲良しなのが、信じられなくて……」

「なんだ、そういうこと」


 美樹が発した言葉に、私は激しく共感した。

 確かに、この世界に来る前の私は、お嬢様学校の生徒会長であったがために、プライベート空間以外での女子生徒皆の手本たる身嗜みと挙措を常に求められていた。皆の憧れであった私は、同じ中学校出身だった美樹以外に自分の巣を晒すことができなかった。探せばいるかもしれない同じ趣味を共有する友もできず、同級生にすら高嶺の花として扱われていた。自分自身の手で作り上げた偶像に、ひどく苦しめられた。

 しかしーー


「私はもう、生徒会長じゃないから」


 そう。生徒会長という、あちらの世界で私を苦しめた生徒会長という概念は、少なくともあの町にはない。そして、歳上ではあるが友達のように共通の趣味について熱く語り合える存在も見つけられた。

 もう私は、普通の女の子でいいのだ。


 とはいっても、一年という短い期間とはいえ、人目につく範囲では常に維持していた生徒会長キャラが簡単に抜けるわけがない。今のところ、美樹やリアさん以外の前で素の喋り方を自然に発せた試しはない。このままでは結局こちらの世界でもお淑やかなキャラクターが定着してしまう。

 一体全体、どうしたものか。


「…………はぁ〜」

「いや、なんで百合音が溜め息吐いてんの?」

「ちょっと、昔とそこまで現状が変わっていないことが悲しくてね……」

「ふーん。あっそ」


 私の発言の意味をよくわかっていない美樹は、なんとも興味なさげで淡々とした反応を示した。

 さっきから、折角の再会なのに会話があんま盛り上がってないな。


「ま、何はともあれ無事でよかった。百合音はもらった能力が能力だから、どっかで死んでないか心配で堪らなかったんだよ」

「いゃ〜、申し訳ない。でも、全部悪いのはクピトだから」

「そうだね。クピトが悪い。でも、今百合音が生きてるのも、クピトに貰った能力のおかげっしょ? 彼女も大変なんだから、あんまり責めたらダメだよ」

「いや、なんでそんな庇うし」

「な、何を楽しそうに……話してるんですか?」


 私が、クピトをやけに擁護する美樹に文句を言ったところで、戦場トイレから戻ってきたハルが死にそうな声で話しかけてきた。


「いい? ハルの前では私のことはアリスって呼んでよ」

「はいよー。任せて」


 ハルは私が異世界から来たということを知らないので、私の本名も知らない。ここで美樹に百合音と呼ばれると、ちょっとややこしいことになるから、呼び方には注意してもらわなければならない。


「ちょっと、大丈夫なの? あからさまに体調が悪そうなのだけれど」

「は……はい。なんとか。……長い間待たせてしまって、すみません」

「いいからいいから。ハルの体調を気遣ってここに長期滞在することにしたんだから。時間はあるから、今はゆっくり休みなさい」

「はい。ありがとうございます。それよりも、随分と盛り上がっていたようじゃないですか」

「え、ええ。……まあね」


 ハルが、憔悴しきった顔と掠れた声と言葉の圧力による凄い剣幕で詰め寄ってきて、私は気圧されてしまった。

 本当に、なんでこんな怒ってるの?


「まぁまぁ、落ち着きなよハルちゃん。そんなカリカリしてたら、いつまで経っても体調整わないよ」

「あなたのせいですから。私が苛立ってるのはあなたのせいですから! そもそも、あなたいったいなんなんですか? いきなり出てきたと思ったらアリスさんと仲良くして!」

「あれれ〜? アリスから聞いてないの〜? そもそもぉ〜、私とアリスは数年前からの付き合いなのよ。ポッと出はあなたの方なんだけど〜」

「何ですって?」


 何を思ったか、美樹はハルを煽り散らしている。


「ちょ、ちょっと美樹? 何マウント取ってんのよ」

「いやー、なんかあの子、百合音のこと自分だけのものだと思ってる気がしたから、釘刺しておこうと思ってて」


 明らかに険悪ムード全開だ。私は、二人には仲良くして欲しいんだけどなぁ。


 偶然再会した美樹と、月一の体調の絶不調に苛まれているハル、そんな二人の歪み合いがこれからさらに加速していくことを、私はまだ知らない。想像したくも……ない。

お久しぶりです。


やる気が出ないんです。


書きます。これからはちゃんと書きますから。(n回目)


まじで。

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