第6話 初任務
「彼氏が浮気しているみたいなの」
赤柳の相談内容は俺が思っていたよりもはるかに重い内容だった。
最初からきつい相談だな。
でも、確かにこれは教師に相談できないか・・・・
本間はこういう悩みを俺ら学級委員に解決してほしいって思っているのか。
ここで初めて本間の意図がわかったような気がした。
「彼氏さんの名前を教えてもらっていいかな?」
「2年D組、吉田康平君。サッカー部に入ってるわ」
吉田康平・・・・聞いたことないな。
まぁ、俺が人と関わらないってのもあるかもしれないが。
「吉田君ね。どうして浮気していると思うの?」
閑谷が赤柳を気遣うように穏やかに語り掛けた。
「最近、あまり一緒に帰ってくれないし・・・・メッセージの返信も遅いし・・・・」
・・・・それは浮気というのだろうか?
それだけでは浮気って断言できないとは思うが・・・・?
俺はそう言いたかったが、またきついことを思われるのが怖かったので、その言葉を飲み込んだ。
「赤柳さん、それだけで浮気って決めつけるのは吉田君かわいそうだと思うけど・・・・」
閑谷は俺が怖くて言えなかったことを何の躊躇もなしに発した。
こいつ、マジか・・・・
よくそんなはっきりと言えるな・・・・
「違う! それだけじゃなくて、こないだ休日に女の子と一緒に歩いているところ見たの!」
赤柳は自分がただの束縛女ではないと言わんばかりに喚いた。
おぉ、それは確かに浮気だな・・・・
でも、そこまで証拠があるなら別れればいいんじゃないか?
俺たちに相談することなんて何もないだろう。
俺はそう疑問に思っていた。
「その一緒に歩いていた女の子に見覚えない?」
「わからない・・・・遠くでよく見えなかったし・・・・」
なるほど、見間違いしている可能性もあるわけか。
だがら、俺達の所に来たのか。
「それと、友達に聞いてもらったの! 康平に浮気しているかって・・・・でも、康平はしてないって言ってるらしくて・・・・康平のことまだ好きだし、信じてあげたいけど・・・・このままだったら絶対ギスギスしちゃうと思う・・・・だから本当は疑いたくないんだけど・・・・うぅうっ・・・・」
赤柳はそういうと両手で顔を塞ぎ泣いてしまった。
俺は女の涙も嘘だと思っているたちなので、特に同情の気持ちは沸かなかった。
自分でもわかる。俺は非情なやつだと・・・・
だが、閑谷は違った。
「そうだよね。まだ好きなら別れたくもないし、信じてあげたいよね・・・・疑ってる自分も嫌いになっちゃうよね・・・・」
閑谷はまるで聖母のように赤柳を優しい眼差しで見つめ、慰め、抱きしめた。
「赤柳さん! 大丈夫! 私たちに任せて! 吉田君の真実を見つけ出すから!!」
閑谷は赤柳から腕を振りほどくと、胸にドンッと拳をあて自慢げにそう言った。
「ぐす、でもどうやって・・・・?」
「それはね・・・・へへへへ~~~~」
なんだか嫌な予感がした。
「吉田君を尾行する!!」
「は!? 尾行!?」
「うん! 尾行!」
いやいや、よくやってる漫画とかあるけど現実にそんなことをやろうとするやつがいるとは・・・・
「ちょっと待て、閑谷。 やるとしても吉田は部活があってなかなかプライベートの時間なんてないだろう。 だから別の作戦を考えよう・・・・!」
俺は何とか閑谷の気を変えようとした。
「う~ん、そうだね~」
よし、あと一息だ・・・・!
「あ! でも康平、今度の土曜日練習ないって言ってた!」
おい! ふざけんな! 余計なことを言うんじゃねえ!
「よし! 決まり!」
なんてこった・・・・
せっかくの休みなのに・・・・
いや、まだあきらめる時ではない・・・・!
「彼氏が休みならデートとかしないのか? いくら浮気してる可能性があるとはいえ、普通行くだろ」
「誘ったよ! でも先約がいるって・・・・」
ダメだ。何を言っても尾行する流れになる・・・・
これはもうやるしかなさそうだな・・・・
でも先約って・・・・
これはやっぱり黒確定じゃないか?
それとも、恋人がいても友達と遊ぶことはあるのだろうか?
「ちなみにどこ行くか言ってたかな?」
「教えてくれなかった・・・・」
「そうなんだ。じゃあ、早いね!」
閑谷は手を合わせながら何かをひらめいたようにそう言った。
「え?」
「土曜日は朝7時半に集合!」
冗談だろ・・・・
土曜日、朝7時半。
「信人君、おはよう・・・・!」
「おはよう。はぁ~ああ。ねむ・・・・」
結局閑谷の言う通りの時間になってしまった。
俺たちは赤柳の彼氏、吉田の家に来ていた。
どうしてこいつこんな元気なんだよ・・・・
「なんで、こんな朝早いんだ? もっと遅くてもよかったんじゃないか」
「だめだよ。もし吉田君が私達よりも先に家を出たらどこ行くかわからなくなっちゃうじゃん!」
「だとしても、こんな早くなくても・・・・ってなんだその恰好?」
閑谷はかのシャーロックホームズのような服装をしていた。
「え? トレンチコート。だって探偵じゃん」
そんな当たり前でしょみたいな顔で言われても・・・・
「いや、わかるけど・・・・いくら尾行するからってそんな恰好しなくていいんだよ」
「確かに。しかも暑い・・・・」
「家近いんだろ? 俺が見張ってるから着替えてこい」
「うん、わかったよ・・・・」
閑谷はトボトボと重い足取りで歩いて行った。
そんなに着たかったのか?
本当に思考が読めない。
でも、閑谷には力を使えないからか自然と話せるな。
いつの間にか言葉遣いも荒くなってしまった。
皆ともこんな風に話せたらいいんだが・・・・
それはこの力が許してくれないか。
40分くらいすると閑谷が戻ってきた。
「お待たせ! 吉田君に何か動きあった?」
「いや、まったく」
「もう8時だよ。いつまで寝てるの・・・・」
閑谷は腕を組んで、頬を振らませていた。
その姿はまるで一昔前のおかんのようだ。
「まぁ、今日は部活もオフらしいし、ゆっくりしてるんだろ」
「それでも、もう起きる時間だよね?」
「え?う、うん・・・・」
こいつ普段どれだけ健康的に生活しているんだ?
俺なんかひどい時、昼の12時起きだぞ。
ガチャン!!
閑谷の健康生活に驚いていると、吉田の家から人が出てきた。
その人はどこかに行くみたいだ
「人が出てきたぞ・・・・!」
「うん、出てきたね・・・・」
閑谷はただ家を出ていく人を目で追うだけで特に何もしようとしない。
ん? ちょっと待て。
追いかけたりしないの?
というか吉田ってどんな身なりしてるんだ?
「・・・・閑谷、お前って吉田の顔とかってわかる?」
「わからないよ。信人君が知ってるんでしょ? 今、出てきた人が吉田君??」
「いや、俺も知らないけど・・・・」
「あ、そうなんだ! じゃあ、わからないね・・・・え? それやばくない?」
「うん。相当やばい・・・・」
「「・・・・・」」
俺達は顔を向き合わせ、お互いの顔が次第に青ざめていくのを確認した。
「うぁああああああ!! どうしよう!」
閑谷は頭を抱え、目を見開いて、この世の終わりのような表情で叫び出した。
すごい顔だな・・・・
「落ち着け! そんな大声出したら迷惑だし見つかっちまう!」
「で、でもどうすれば・・・・あの人が吉田君って懸けて追いかける?」
俺がそう言葉を投げかけると、閑谷は落ち着きを取り戻した。
「お前、赤柳と連絡先交換してただろ」
「あ、そっか。電話して写真送ってもらおう!」
「おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか、電源が入っておりません」
もう季節は春だが、朝はまだ肌寒い。
俺たちの絶望感を増大させるような朝の冷たい春風が吹いた。
「もう、あの人を尾行するしかないか・・・・でも万が一、人違いだったら・・・・」
どうするか・・・・このままだと初任務が失敗に終わるぞ。
しかも、何もせずに。
「あ! 電話かける人間違えてた~! てへ!」
閑谷は下を出して、おとぼけた。
てへ! じゃねえ。
ちょっと焦っちゃったわ。
「はぁ、早く電話してくれ・・・・」
「おっけー!」
尾行する前からなんか疲れたわ・・・・
その後、無事に赤柳と連絡が付き、吉田の写真を送ってもらえた。
さっきの人は吉田の兄だったらしい。
危うく間違えるところだった。
そして、見張りを始めて、1時間半たった頃
「信人君! あの人じゃない?」
ようやく吉田康平だと思われる人物が家から顔を出した。
「よし、学級委員初任務始めるぞ・・・・!」
「うん! 頑張ろう!」