第15話 役立たず
5月15日、生徒会総会当日。
今日はまだ梅雨入りしていないにも関わらず、日本列島は朝から大雨に見舞われていた。
珍しく部活の朝練がないという日菜と朝食を食べ、学校に向かった。
「信人くーん!」
校門に着くと、下駄箱から手を振る閑谷の姿が見えた。
「日菜、先行ってていいぞ」
「うん・・・・」
下駄箱につくと、日菜が話し終わるまで待とうとしていたのか、靴を脱ぐそぶりを見せなかったのでそう声をかけ先に教室に向かわせた。
そして、手を後ろで組みながら俺を待つ閑谷の所へと向かった。
「閑谷、どうした? さすがにこの雨じゃ大会は中止か?」
「うーん、でももうすぐ止むらしいんだよね。今は大会本部からの連絡待ち~~」
閑谷はそう言うと、スマホで大会のホームページを見せてきた。
「「「大会は時刻を遅らせて開催する予定です」」か・・・・確かに右側は晴れ間が見えるな」
「中止になれば岸間さんの代わりに出られると思ったんだけどね・・・・」
閑谷はそう言うと、今もなお大量に雨を降らせている空を見上げた。
「いや、もうリハーサルも終わってるから無理だろ」
「あはは! そうだね!」
閑谷は目を細めて笑った。
「じゃあ、信人君。今日は頼んだぜ!」
閑谷は拳を俺に向けて突き出しれきた。
そして俺は少し照れ臭かったが、閑谷の拳に自分の拳を合わせた。
「・・・・おう。任せとけ」
そうすると閑谷は、俺が拳を合わせるのが意外だったのか、面食らった顔をしていた。
俺はそんな閑谷に背を向け、教室に向かった。
朝のHRを受けていると、席替えをして窓側の席になった俺は、閑谷が校門を出ていくのが見えた。
大会はあるらしいな・・・・
まだ雨は降っているがさっきよりかはだいぶ収まってきている気がする。
このくらいの雨だったらやるんだな・・・・
午前中にいつも通りの授業を受けた後、昼休みの準備を経て、ついに本番時間がやってきた。
議長は会が始まる最初に生徒会の進行役が全校でやりたい人を聞き、そこで事前に決めていた人が手を上げ、立候補する。
そのあと議長がこの人達で本当にいいか全校生徒で多数決を取り、投票数の3分2以上が賛成なら可決ということになり、無事に議長ができる。
まぁこれは様式美で99パーセント可決される。
「では、議長に立候補したい方は手をお上げください」
「「はい!」」
眼鏡女がそう言うと、俺と岸間さんは大きな声で返事をし、手を上げた。
そして、無事に3分の2以上の賛成が得られ、俺達は議長席に座った。
俺は今回台本にしか目線を送らないと誓った。
それは力が発動して、進行できなくなったら岸間さんに迷惑をかけてしまうからだ。
それだけは絶対だめだ。
あいつに任されたからな・・・・
「では、生徒総会の進行を始めさせていただきます。まず前年度会計報告。生徒会お願いします」
会は無難に進んでいった。
そして、会は最後の生徒からの質問、要望の時間へと移っていった。
「最後に生徒からの質問、要望です。各クラスの質問者は前に出て順番に整列してください」
岸間さんはここまで本当に穏やかな口調で、まるでアナウンサー並みに噛まずに進行をしてきた。
それに比べて俺は緊張しまくりで噛みまくっていたが・・・・
無事に整列が完了し、最初の質問者がマイクの前に立った。
「では、自分の学年、クラス、氏名、質問内容をお願いします」
「はい、1年A組、高橋巧です。・・・・・・・・」
それから1年、2年D組まで順調に進み、とうとう鏡の番になった。
「次の質問者の方、お願いします」
「はーい!」
鏡は間延びした返事をすると、スタスタと歩いてマイクの前で立ち止まった。
「2年E組、鏡麗奈です! 質問というより要望なんですけど、校則が厳しすぎるのでもっと緩くしてほしいです!」
鏡はリハーサル通り同じ質問の仕方をした。
そして岸間さんも台本、リハーサル通りに流暢に答えた。
「はい、鏡さん。質問ありがとうございます。校則に関してですが、わが校の校則は生徒の個性を重んじて、そこまで厳しいものでもないと思います。例えば、髪染めは明るすぎなければ良しとしています。それでも不満があるようでしたら、我々生徒では判断できませんので、後日先生と相談させていただいたのちに連絡させていただくという形になりますがよろしいですか?」
「・・・・・・・・」
鏡は何も答えない。
何か様子が変だ。
俺が不審を抱いていると鏡は下を向き、口元をニマッとさせた。
そして、顔を上げたと思えば、声高に
「でも~それって~絶対に変わらないですよね~? 岸間議長もそう思いませんか~?」
と言ってきた。
これはリハーサルにはなかったことだ。
リハーサルの時点で、付け加えの質問がある場合は今日返答するはずだった。
けど、鏡の質問の追加はリハーサルの時にはなかったものだ。
「え、えっと・・・・その・・・・」
岸間さんも予想外のことをされて困惑し、焦ってしまっている。
鏡はそんな岸間さんの様子を見て、微笑していた。
この性悪な顔は、俺達役員にしか見えていない。
つまり、優しい鏡麗奈像は保ったままだ。
昨日の会話はそういう意味か・・・・
岸間さんになんの恨みがあってこんなことをしているんだ・・・・
よく見ると昨日鏡と一緒にいた女たちも口元を緩ませていた。
「私はピンク色にしたいんですよ~~~それにスカートだって、ちょっと短くしただけですぐ怒られるし~~岸間さんに先生に掛け合ってほしいんですよ~もうちょっと緩くできませんか~~~」
鏡はこれでもかと岸間さんをいたぶり、岸間さんの動揺した姿を見て楽しんでいる。
「ちょっと私だけでは判断できないので・・・・先生に・・・・」
「いや、私は岸間さんに聞いているんですけど」
岸間さんは今にも泣きだしそうな顔をしている。
俺は我慢できずに、台本から目を外し、顔を上げた。
そして、鏡と目が合う。
(今、私めっちゃ注目されてるー!! やばい! あいつら~覚えとけよ~罰ゲーム重いな~でもスリルあって楽しいわ~~)
こいつは何を言っている??
たかが、お前らのお遊びのために岸間さんはこんな目に合ってるのか・・・・!
生徒会の奴らは無関係を装い、先生達は居眠り、談笑。
俺は怒りで我を忘れ、勢いよく立ち上がり、
「お前!!!!」
そう言いながら、鏡を指さした。
「え!?」
鏡は驚いていた。
当然だ。
ずっと静かだった奴が声を上げたんだ。
驚くに決まっている。
そして、視線が交じり合う・・・・
(え!? なになに!? キモ!!)
俺はそれでふと我に返る。
それから、後ろで座っている多くの生徒達と目が合った・・・・
(え、こわ~)
(やばい人じゃん・・・・)
(くくく~おもろすぎ~写メ取りてぇ~)
(気持ち悪い・・・・)
(今、なんの時間だよ・・・・)
(早く終われ~)
俺の頭に色んな言葉が入り込んでくる。
そして、俺を貶す声だけはひどく脳内にこびりついた。
「いや、なんでも、ないです・・・・ごめんなさい・・・・」
俺はそう言って着席した。
ダメだ。
変なことをすると、また昔みたいに・・・・・
俺は役に立たない。
ごめん、閑谷・・・・
次第に雨の音が強くなっていく・・・・
どうやら、まだ雨は降り続いていたようだ。
ガタン!
俺が意気消沈していると誰かが椅子から立つ音が聞こえた。
そして、キュッキュッと雨でぬれた上履きで体育館を歩く音が聞こえ、その音が次第に近くなってくる。
「信人くーん、生きてますかー?」
俺が顔を上げると雨で濡れたのか、しっとりとした髪をたらした閑谷がそこにいた。