第14話 リハーサル
「私、議長できない・・・・」
閑谷はそう言うと、申し訳なさそうに顔を俯かせた。
「なんでだよ? また家の用事か?」
「いや、15日は部活の県大会があるの。だから公欠で私は休むんだ~」
どうするか・・・・
閑谷が出られないなら、他に代役を立てるしかなくなる。
他のクラスの奴にやらせたいが、もう生徒会にはうちのクラスがやると言っちゃたしな・・・・
正真に頼みたいが、男2人はダメだし・・・・
「私、やります・・・・!」
「え・・・・」
俺が何も打開策を思いつかないでいると、意外にも岸間さん自らやると言い出してきた。
「どうして? 岸間さん、もしかして私に悪いと思って・・・・」
「いや、違います! それに私があの場でちゃんと断っておけばこんなことにはなっていません。それとこのまま閑谷さんにやってもらうのはなんだか情けなくて・・・・」
岸間さんは俺が思っていたより断然強い人だった。
俺は他人を信用できなくなってから、ずっと他人の目が怖くて何もできなかったからな・・・・
「ごめんね、私があの日ちゃんと会議に出席していれば・・・・」
「大丈夫です! 誰かが言っていました! 逆境こそ自分を成長させるチャンスなんだと! ね! 田神さん! 」
岸間さんはそう言うと拳を握り、顔の前でガッツポーズをした。
「あ、うん。そうだね・・・・俺はそんなこと言ってないけど」
違った。
岸間さんは自分に言い聞かせているんだ。
決して強い人なんかではなかった。
(やるしかない・・・・これは自分を変えるチャンスなんだ。大丈夫、台本もあるし・・・・きっと大丈夫・・・・!)
岸間さんと目が合った時にこの声が聞こえてきた。
できれば岸間さんにやらせたくない。
岸間さんはもしかしたら本当の善人なのかもしれない。
鏡に指名されたとき、いくらでも断る方法があったはずだ。
なのに断らなかった。
いや、違うか。
周りにいた奴らが岸間さんを善人にしたんだ・・・・仕立て上げたんだ。
各々自分のために・・・・
「じゃあ、私、生徒会に自分と田神さんが議長をやることを伝えてきます!」
俺がそんなことを考えていると、岸間さんは生徒会に向かっていってしまった。
「あ、ちょっと! はぁ~行っちゃった・・・・閑谷、お前本当に出られないのか?」
「うん、今回トーナメントでいつから試合が始まるかわからないし、15日は団体戦でうちの学校それなりに強いから・・・・」
生徒総会は5、6限の2時間で行われる。
もしかしたらぎりぎり間に合うかと思ったが・・・・
望みは薄そうだな。
これは腹をくくってやるしかない。
「生徒会に伝えてきました~はぁはぁ、ちょっと走って疲れちゃいました・・・・」
しばらくすると岸間さんが帰ってきた。
なぜ走った?
「岸間さん、しつこいけど、本当にやるでいいんだよね?」
俺がそう聞くと岸間さんは手を握りしめながら決意を示すように、まっすぐ前を向いた。
「はい、やります・・・・!」
(やるんだ・・・・ここで変えるんだ、自分を・・・・)
「わかった。一緒に頑張ろう」
確かに、岸間さんは自分に嘘を、言い聞かせてるかもしれない。
でも自分を変えたいというのは本当っぽい。
だから、俺もできる限りサポートしよう。
そして、日にちは過ぎていき生徒総会前日。
今日は最終確認とリハーサルが行われていた。
ここまで、生徒総会での進行の進め方、その台本の確認、生徒からの質問の回答の作成など準備を行ってきた。
ちなみに生徒からの質問は事前に各クラス3つまで決め、それを生徒会に提出、そしてその中から生徒会が選択し回答を用意する形式だ。
生徒の要望に応えるとかほざいているが、すべては予定調和だ。
なんの変化もない。
質問の回答もほとんどを先生が用意している。
それを生徒会、もしくは議長が答える。
生徒会は会計報告に関するものを答え、俺達議長は校則に関するものを答える。
もともと、議長は進行だけであって質問の回答はしなかったのだが、ここ数年なぜかそうなった。
それにクラスの代表者はリハーサルの段階で回答を知る。
生徒のための会とか言ってるが、そんなことは微塵も感じられないものだった。
「では、生徒からの質問、要望のリハーサルを行います。1年生からA組からF組という順番でマイクの前に来て自分の学年、クラス、指名を述べて質問してください。私たちがそれに対する返答を終えたら、「「ほかに何か質問ありますか」」と聞くので、もしある場合は今この場で質問を付け加えてください。当日までに答えを用意しておくので。もしなければ一言お礼を言って自分の席に戻ってください。」
生徒会の眼鏡女の長い説明が終わると、ゾロゾロと質問者が列に並んだ。
その中には岸間さんが議長にやることになった原因、鏡の姿が見えた。
なんだあいつも質問者なのか・・・・
鏡は特に変な素振りもなく、平然と自分の順番を待っていた。
そして、特にトラブルもなく鏡の順番が回ってきた。
「では、次の方お願いします」
「はい!」
鏡は元気よく返事をすると、背筋を伸ばしてマイク前まで歩いてきた。
「2年E組、鏡麗奈です! 質問というより要望なのですが、校則が厳しすぎるのでもっと緩くしてほしいです!」
質問はありきたりな内容だった。
これは事前の打ち合わせで岸間さんが答えることになっている。
「はい、鏡さん。質問ありがとうございます。校則に関してですが、わが校の校則は生徒の個性を重んじて、そこまで厳しいものでもないと思います。髪染めも明るすぎなければ良しとしています。それでも不満があるようでしたら、我々生徒だけでは判断できませんので、後日先生と相談させていただいたのちに、連絡させていただくという形になりますがよろしいですか?」
ものすごく長いセリフだ。
ここまでよく噛まずに言えるな。
それにとても落ち着いている。
岸間さんは緊張しやすいと思っていたのだが、そこまでひどいわけではなさそうだ。
多分、本番俺の方が緊張するな・・・・
今も少し緊張しているし・・・・
「いえ! 私ももしかしたら変わるかもと思っただけなので大丈夫です! ありがとうございました!」
鏡は岸間さんの説明を聞いた後、特に何の要望を追加せずに元居た場所に戻っていった。
そして鏡の後も何の不都合が起きることなく、無事にリハーサルが終了した。
「では、これで生徒総会リハーサルを終了します。では皆さん、明日はよろしくお願します」
眼鏡女がそう言うとドヤドヤと体育館から人が出ていった。
「じゃあ、岸間さん明日は頑張ろうね」
「はい! なんとかやれそうです!」
岸間さんはそう言うと、目を細めて笑った。
そして校門まで一緒に向かい、そこで別れた。
俺は岸間さんと別れた後、のどが渇いたので校門付近にあった自販機で飲み物を買っていた。
その時、3人組の女子が後ろを通り過ぎた。
そのうちの1人は鏡だった。
「明日、楽しみだね~」
「へましないでよ~」
「わかってるよ~」
この時、特に気にもしていなかったこの会話。
俺はこの時、勘付くべきだった。
この3人が何を楽しみにしているかを・・・・