第10話 伝わらない思い、伝わる思い
赤柳は学校を休むようになった。
無理もない。あんなことがあったんだ。
立ち直るのには時間がかかるだろう・・・・
俺は赤柳のことが気がかりで授業に集中できないでいた。
私はそんな幼馴染を遠い席から見つめている。
ノブ、最近元気ない・・・・
いつも元気ないけど・・・・
ノブとは小学生からの知り合いだ。
私が引っ越してきた1年後に隣に越してきた。
引っ込み思案な私は引っ越してきてから友達が1人もできなかった。
そんな中ノブは私にとって、唯一の友達だった。
家に引きこもりがちだった私を無理やり引っ張って外に連れ出してくれた。
そのおかげで、私にもそんな多くはないけど友達ができた。
ノブには友達がたくさんいて、いつも楽しそうにニコニコしていて、そんないつもまぶしいノブに私は次第に心が惹かれていった。
だけど、そんな明るかったノブはいつからかほとんど笑わなくなった・・・・
友達とも遊ばなくなったし、今ではずっとローテンションだ。
話していても目が合っていないように感じる・・・・
最後に目が合ったと思うのは――――――
「日菜、あのさ・・・・」
中学1年、冬。
私はいつも通り、ノブの家で夕飯を作っていた。
すると、普段夕飯まで2階にいるノブがいきなり声をかけてきた。
小学生の頃からノブのことが好きな私は内気な性格も相まってか、声をかけられるだけで緊張してしまっていた。
ただ、そんな緊張も押し殺して、顔を上げた。
そうすると同時にノブの鼻が気になった。
(あ、ノブ鼻毛出てる・・・・)
ノブが鼻毛を出していることはよくあること。
でも、そのことを言ったりしないし、特に気にしてはいない。
だから、今回も特に何も言うつもりもなかった。
「ノブ・・・・どうかした・・・・?」
私は恥ずかしくて、顔を下に向けてしまった。
ただ、私に言葉に対する返事がなかなか帰ってこなかったから顔を上げてみた。
・・・・すると、ノブは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「どうかしたの??」
私はノブに何か嫌なことがあったのかと心配した。
でも・・・・
「な、なんでもない・・・・ よ、夜飯できた??」
そんな風にごまかされた。
――――――あの日以来、お互い向き合っていても、どこか目が合っていないような気がする。
もしかしたら、私が悪いことをしちゃったのかも。
あるいは、本当に嫌なことがあったのかも。
どうにかしてあげたかった。
けど何度聞いてもごまかされるし、それに私を避けるようになっていった。
もし、ノブが困っているなら助けてあげたい。
私がかつてしてもらったように・・・・
そう思って私は、その日以来ノブには積極的に話しかけるようにした。
それでも、少しは緊張しちゃうけど・・・・
前はできなかったけど、今回は力になりたい・・・・!
帰りのHRが終わり、チャイムがなる。
「信人く~ん、私、ちょっと用事あるから少し遅れるね~」
「わかった。人が来ても、とりあえず中に入れてお前が来るまで待っておく」
「なんでよ~! 悩み聞くだけ聞いといてよ~」
ノブと同じ学級委員の閑谷さんが2人で楽しそうに喋っている。
閑谷さんはとても綺麗な人だ。
ノブはさっきまで元気がなさそうだったのに、今は元気そうに見えた。
閑谷さんはなんで、ノブの事指名したんだろ・・・・
もしかして、好きなのかな?
・・・・羨ましいな、あんなにノブと楽しそうに話せて。
やっぱり嫉妬しちゃうよ。
だって、ずっと好きなんだもん。
ノブのことを1番知っているのは私だって言いたい。
でも、恥ずかしくてそんなことできるわけない・・・・
「じゃあ、また後でね~」
閑谷さんはそういうと颯爽と教室を出ていった。
私ももう帰ろう。
私はカバンを持ち、教室から出ようとした。
その時、ノブの顔がちらっと見えた。
ノブはやはり何かあったのか浮かない顔をしていた。
話を聞いてあげたいけど、上手く話せる自信ないし・・・・
「どうしたの! 日菜ちゃん! 今日の献立でも考えてるの?」
私がノブを気にかけていると、後ろから正真君が話しかけてきた。
正真君はノブの家にも遊びに来たことがあるから、顔見知りだった。
「い、いやノブがなんか元気なさそうで・・・・」
「そうかな、いつも通りな気がするけど・・・・まぁ、確かにいつも以上に口数は少ないかな?」
「うん・・・・だから、ちょっと心配で・・・・」
「そうか、そうか! うんうん! 日菜ちゃんは信人のお嫁さんだもんね!」
正真君は腕を組みながら、ニヤニヤしていた。
「な、なに言ってるの・・・・! そんなのじゃないよ!」
私は恥ずかしくて、足元を見つめた。
もう・・・・! 正真君突然何を言うの!
「えへへ、ごめんごめん!」
正真君は全く悪いと思っていないかのようにポリポリと頭をかいた。
「とりあえず、信人を元気づけてあげたら? とりあえず、話聞いてあげたり」
「でも、あまり話すの得意じゃないから・・・・」
「そっか。じゃあ、日菜ちゃんにしかできないことをしてあげたらいいんじゃないかな?」
「私にしかできないこと?」
「そうそう! 例えば、えっ・・・・」
私にしかできないことか・・・・
なんだろう?
閑谷さんみたいに、明るくもないからどこか遊びに誘うのはちょっと無理そうだし・・・・
まず、ノブは行きたがらない・・・・
私は考えを巡らせた。
すると、正真君の言葉を思い出した――――――
「「今日の献立でも考えているの?」」
――――――私にできることは、ノブにご飯を食べさせてあげることだ。
何年もノブに作っている私だからできること。
閑谷さんには絶対できないこと・・・・!
「正真君、ありがと・・・・! 私行くね。 バイバイ・・・・!」
「映画館でも連れて行ってあげればいいんだよ! 信人はアクション系好きだからって・・・・え!? バイバイ・・・・俺、まだ話してる途中だったんだけど・・・・」
私は急いでスーパーに行き、必要なものを買いそろえた。
今日、作るのはノブが1番好きな料理・・・・じゃなくて好きな料理全部・・・・!
私は今まで生きてきた中で、1番長い時間料理をした。
そして、料理が全部終わるとノブがちょうど帰ってきた。
「ただいま~」
机がいっぱいになるほどの料理を見てもノブは顔色を変えずにいた。
こんなに頑張ったのに、ノーリアクションなんて・・・・
私は普通に落ち込んだ・・・・
なんで、こんな豪華なんだ・・・・?
俺は驚いていた。
何があったんだ?
誰かの誕生日か?
いやこの家に俺と日菜以外いないし・・・・
日菜がこんなに料理するなんて珍しいな。
俺が友達に裏切られて、ひどく落ち込んでいた時以来だ・・・・
もしかして、俺が元気ないと思って・・・・
ノブは机に並んだ料理を見て、硬直している。
全然食べようとしてくれない。
せっかくノブのために作ったのにな・・・・
やっぱり私にはノブにしてあげられることってないのかな・・・・
私は目を伏せて、自己嫌悪に陥った。
だけど、そんなものはすぐに消し飛んだ。
「やっぱり、日菜は料理が上手いな。」
その言葉を聞き、顔を上げるとノブはハムスターみたいに頬を膨らませるほど口に食べ物を入れていた。
「日菜、ありがとな。俺を心配してくれたんだろ?」
「え?・・・・うん、なんでわかったの・・・・?」
「そりゃ・・・・こんだけ一緒にいればな・・・・」
「ふ~ん、そっか。えへへ・・・・おいしい?」
「あたりまえだろ・・・・」
ノブは少し言うのが恥ずかしかったのか、声が小さかった。
私はそんな些細な言葉もうれしかった。
ノブの役に立てた。
そんな気持ちで胸がいっぱいになった。
日菜が本当に心配してくれているか、正直疑心暗鬼だ。
けど、俺はこんな好意を嘘だと思うほどまだ腐ってはいない。
このくらいは力を使わなくてもわかる。
いつか日菜に対して本当に力を使わなくていい日がくればいいな・・・・
太陽はとっくに沈み、満月の明かりが俺の家を明るく照らしている。