その43
「本当の、秘密?」
わずかに信作が顔をあげます。ヨーコはうなずき、歌うように説明を始めました。
「本来この『神殺しの剣』はね、神を殺すと同時に、神を創り出すものでもあるのさ。この世界は、様々な土地に神が住んでいる。神がいない土地ができると、そこは神の恩恵から外れた地として、滅びてしまう。だから『神殺しの剣』は、それで神を殺したものを、神に変えてしまう力があるのさ。『荒ぶる神』にね」
右手の感覚が戻ってきたので、信作はまゆをひそめました。そして顔をゆがめてうめきだします。右手が再び、焼けるように痛みました。『神殺しの剣』が、青白く光をはなっています。
「始まったね」
「なにが、うわあぁぁっ!」
引き裂かれるような痛みに、信作は悲鳴をあげました。『神殺しの剣』が手から離れません。信作の右手全体までが、強い光をはなっています。
「神への昇華が始まったのさ。このまま行けば、あんたは『荒ぶる神』になる。そうなれば、あの虹蛇と同じになるのさ。他の罪のない魂たちを、貪り食うような存在だよ。あんたはそんな存在になりたいかい?」
「いやだ、ぼくは、神なんかに、なりたく、ない」
目がだんだんとかすんできました。右手の感覚が再びなくなりました。わき腹の痛みも、ほとんど消えかかっています。これが神になるということなのでしょうか? 痛みも、苦しみも、考えることすらできなくなりそうな信作の耳に、ヨーコの声が飛びこんできました。
「じゃあ、その『神殺しの剣』で、朱音を斬りな。そうすれば、あたいが朱音にかけた呪術で、あんたは神にならずにすむ」
「そ……んな……」
信作は力をふりしぼって、朱音を見あげました。感情の消えた、青白いひとみと視線が合います。
「どうした? 早くしないと、あんた本当に『荒ぶる神』になっちまうよ。それでもいいのかい?」
ヨーコがからかうようにせかします。もはや右手の感覚はなく、カランッと音を立てて、右手から『神殺しの剣』が滑り落ちました。ヨーコがパチンッと指をたたくと、信作のからだを朱音が無表情のまま、抱きかかえました。
「ほら、左手はまだ使えるだろう? 左手で剣をもって、朱音を斬れば楽になるよ」
ヨーコの言葉に従うように、のろのろと信作は、左手に『神殺しの剣』を持ち替えました。かすかに感覚が残っていたので、なんとか『神殺しの剣』をにぎることができました。ですが、もう焼けるような痛みすら感じることはできません。ただただ、チクチクと泡立つような痛みが走るだけでした。
「さ、それじゃあ斬りな。だいたいあんた、朱音のことがきらいだっただろう? 最初は妹を、そして藍を、最後にはみかんまで。あの子たちを助けられなかったのは、けっきょく朱音が足を引っぱったからだ。違うかい?」
ヨーコがけらけらと、あのキンキン声で笑います。信作はよろめきながらも、立ち上がりました。朱音は信作から少しだけ離れ、無表情のまま両手を広げました。青白いひとみともう一度視線が合い、信作は『神殺しの剣』をぎゅうっとにぎりました。
「さあ、早くしな」
左手をふるわせながら、信作は朱音をにらみつけました。そして『神殺しの剣』を、ヨーコに向かってふりきったのです。
「うわっ!」
『神殺しの剣』の真空波が、ヨーコの髪を切りさきました。かんいっぱつでよけたヨーコは、ぎらぎらと青白いひとみで信作をにらみつけました。
「まさかあたいにはむかうなんて。どうやらあんた、魂ごと消滅したいようだね」
「あんたの……思い通りになんて、させない!」
からだに力が戻ってきました。右手はもう使い物にならなさそうでしたが、信作は左手で『神殺しの剣』をかまえながら、じりじりと間合いをつめます。ヨーコはチッと短く舌打ちしました。
「本当にそれでいいのかい? あんた、朱音が嫌いだっただろう? それなのに、朱音を助けて、自分が『荒ぶる神』になる、本当にそれでいいのかい?」
信作の左手を油断なく見つめながら、ヨーコが挑発します。ふらふらになりながらも、信作は『神殺しの剣』をふるいました。軽々と身をひるがえし、ヨーコは真空波をかわします。
「ほら、そろそろ限界なんじゃないかい? もうチャンスはないよ。ほら、早くしなよ、早く朱音を殺すんだよ!」
『神殺しの剣』が、手のひらをじりじりと焦がしていきます。ヨーコのいうとおり、もう時間は残されていないでしょう。信作はなかばでたらめに、『神殺しの剣』を振り回しました。
ヨーコは超人的な身のこなしで、真空波をかわしていきます。赤い縄が、信作の右足にまきつきました。バランスをくずし、ドンッとしりもちをつく信作を、ヨーコが青白い目で見おろしました。
「いいかげんあきらめな。あたいももう、ほとんど神の力を取り戻している。今のあんたじゃ、あたいには勝てないよ」
「まだ、まだだ!」
『神殺しの剣』をふろうとして、信作はがく然としました。左手も感覚がなくなっていたのです。ヨーコのキンキンした笑い声が、耳にひびきます。朱音とふっと目が合いました。あの青白いひとみのまま、朱音は泣いていました。その涙を見つめたまま、信作は一気に闇の中へと落ちていきました。




