その42
虹蛇が、信作たちから視線を外し、神社の入口へと顔を向けました。神社の入り口に、ヨーコが仁王立ちしていました。赤い目がらんらんとかがやいています。
「ひさしぶりだね、あんたにこの気味の悪いものをつけられて以来じゃないか。汚らしいうろこなんぞつけて、あたいを神の座から引きずりおろすなんて。落とし前はつけさせてもらうよ」
「我ノ最後ノ色。コレデソロエルコトガデキル。ソナタノ目ニハリツケタ我ガ赤ヲ、今コソ返シテモラウゾ」
耳ざわりな声で、虹蛇がヨーコに告げました。ヨーコは鼻で笑って肩をすくめます。
「あんたがあたいを倒せたらの話だろ」
「ダガモウ貴様カラハ、神ノニオイハセヌ。ツイニ人間トナッタヨウダナ、『蒼狐』ヨ」
ヨーコのからだから、青いもやが立ちのぼりはじめました。ゆっくりと目を閉じ、再び開けると、ヨーコの右目が青白く光っていたのです。
「ヨーコさん……」
信作がふぬけた声でつぶやきました。ヨーコがぎらっと信作をにらみつけます。
「なに気を抜いているんだい! 相手は虹蛇だよ、しっかりしな!」
びくっと姿勢を正す信作を、虹蛇が油断なく見すえました。ヨーコがげきを飛ばすように、信作にほえました。
「あたいがあいつの動きを止める。その間に、あんたがあいつを倒すんだ!」
「でも、『神殺しの剣』であいつを切ったら、あおいの魂まで」
ヨーコはつり目をさらに細めて、いつもの軽い口調で太鼓判を押しました。
「あの子を切らなければ大丈夫さ。あたいが見たところ、虹蛇とあの子は別々の魂になっているから、虹蛇だけを切れば、あの子の魂までは傷つけない。だからあんたは、よーく狙って、あのくそ野郎をたたっ切ればいいのさ」
虹蛇がちらちらと赤い舌を出して、信作をぎろりとにらみました。『神殺しの剣』を握る手に力が入ります。
「さあ、早くやるんだ!」
ヨーコのキンキン声とともに、信作は『神殺しの剣』を突き出し、突進しました。
「オロカモノメ! 女狐ニマンマトダマサレオッテ!」
虹蛇はすばやく身をくねらし、信作にかみつこうとします。しかし、信作の手前で、虹蛇の体はぐいっと引っぱられて引き戻されました。
「クッ、オノレ」
ヨーコがぐぐっと、縄を引っぱるしぐさをしました。いつの間にか虹蛇の体に、燃えさかる縄が巻きついています。
「コンナモノデ、我ヲトラエタト思ウノカ!」
虹蛇がすさまじい力で、縄を引きちぎろうともがきます。しかしヨーコは、縄をつかんだまま軽々と虹蛇を引き寄せたのです。縄を引きちぎろうとするたびに、けばけばしいうろこで覆われたからだが焦げつきます。
「神じゃなくなったところで、あたいの力は変わらないのさ。さぁ信作! あんたの出番だよ!」
「うおぉっ!」
信作が虹蛇の体に、『神殺しの剣』を突き刺しました。目が焼けつくような光が放たれます。あまりの熱に、信作の右手は『神殺しの剣』から離すことができません。手のひらが焼けていくのもかまわずに、信作は『神殺しの剣』を虹蛇の肉に食いこませていきます。
「これで終わりだっ!」
うろこを突き刺し、その肉の奥の奥まで、『神殺しの剣』はえぐっていきました。虹蛇の悲鳴は、あおいの歌とまじりあって、断末魔の叫びとなりました。
「グギャァァァァァッ!」
耳ざわりな悲鳴が、あおいの歌とともにだんだんと弱くなり、最後は聞こえなくなったのです。神社に静寂が戻ってきます。
「終わった、のか?」
『神殺しの剣』をにぎりしめていた右手は、もはやなにも感覚がなくなっていました。まるで自分のうでではなくなったかのように、なにも感じられません。信作は思わず顔をゆがめました。
――でも、これで全部終わったんだ――
虹蛇のからだが、すうっと空気に溶けていきます。うろこがすべて砕けていき、パキパキと小気味良い音が聞こえてきます。涙を流し、歌い続けていたあおいも、虹蛇から解放されていくように、ゆっくりと溶けてなくなっていきました。ようやく終わったんだ。そう思い、信作が朱音のほうを向いたときでした。
「うっ、わ」
ドスンとなにかがわき腹にぶつかり、焼けるような痛みが走りました。朱音のシャンプーの匂いが鼻をくすぐります。甘い匂いに、鉄のにおいが混じりました。
「わか、つき?」
ゆっくりと朱音が顔をあげました。赤くなっていた両のひとみは、今は青白く光っています。
「どうし、て?」
わき腹が血で赤く染まっていきます。小刀が突き刺さっているのを見て、信作はその場にくずれおちました。朱音は無表情のまま、信作を見おろしています。
「悪いね、信作。これであたいも、ようやく神に戻ることができるよ」
耳ざわりな、キンキン声が聞こえてきました。
「まさか、ヨーコさん?」
信作はゴホゴホッと、激しくせきこみました。わき腹が燃えるように熱く痛み、口の中に血の味が広がります。すたすたと、ヨーコは信作に近づいてきました。
「本当にあんたはよくやってくれたよ。虹蛇を殺して、あたいを神にもどしてくれたんだからね」
「まさか……ぼくを、だましていたの?」
ヨーコは大げさに肩をあげました。あの軽い口調で否定します。
「だましたなんて、人聞きが悪いね。あたいはうそはついていないよ。その証拠に、あんたの妹の魂は傷ついていない。虹蛇からは開放されたのさ。これであんたも本望だろ?」
ヨーコのひとみは、右目だけでなく左目も、青白い光をはなっていました。その光がかすんで、よく見えません。わき腹はものすごく熱いのに、からだの末端は氷につけこんでいるかのように冷たく、感覚がなくなっていきます。ヨーコの喜ぶ声が耳に入ってきました。
「ふう、よく見えるよ。うろこ越しじゃなく、自分の目で見る世界ってのはいいもんだ。あたいは今、とてつもなく気分がいい。だからあんたにも少しばかり教えてあげるよ。『神殺しの剣』の本当の秘密をね」




