その41
凛とした声がひびきわたりました。信作も朱音も、驚きのあまりかたまっています。それは、あまりになつかしい声だったのです。
「あおいなのか? 本当に、あおいなのか?」
「ひさしぶりね、お兄ちゃん。それに、朱音」
あおいが朱音を見おろしました。敵意のこもったまなざしに、朱音はわずかにたじろぎます。
「どうしたの、そんなにおびえて。せっかく友達と再会できたのに、うれしくないの?」
言葉とはうらはらに、あおいは朱音を無表情で見つめています。
「それとも朱音は、わたしのこと、友達だって思っていないの?」
朱音のからだが、ガタガタとふるえはじめました。自分のからだを抱きしめるかのように、うでをぎゅうっと胸の前に組みます。
「きっとそうよね、友達だって思っていなかったから、あんなひどいことしたんだよね」
「違うわ! あれは、虹蛇に操られて」
朱音のさけびを、虹蛇のうめくような耳ざわりな声が打ち消しました。
「我ニハ、ソナタノ心ガ見エタゾ。永遠ニ、ナリエヌモノヘノ、ウラヤミ。近ヅケヌノナラ、イッソ壊シテシマエバイイ。ソウダロウ?」
「あ……」
朱音は言葉を失いました。おびえた視線で信作を見ますが、あおいの声が追い打ちをかけます。
「そうでしょ? 虹蛇にとらわれて、はじめて知ったわ。あなたが、わたしのことそんなふうに思っていたなんて。あなた、わたしになりたかったんでしょう。わたしがあなたの理想だった。あなたが持っていないものをたくさん持っていたから。それになにより、あなたの一番大好きな、お兄ちゃんに一番近い存在だったから」
朱音のからだがふるえて、それでもあおいから目を離すことができずに見あげています。そんな朱音の様子を、あおいは薄ら笑いを浮かべて見ています。人間だったころの、やさしい笑顔とは程遠い顔に、信作は打ちひしがれてしまいました。
「でも、あなたはわたしになれなかった。それはそうよね。臆病で、弱くて、それでいて卑怯なあなたなのに、わたしになれるはずがないもの。でも、わたしはいつもあなたのそばにいた。そしてお兄ちゃんのそばにもいた。だからあなたはわたしを憎んだんでしょう。お兄ちゃんが欲しかったから。わたしになりかわりたかったから」
「違うの、それは違うの」
朱音のつぶやきも、むなしくひびくだけでした。冷たい目で見おろしたまま、あおいは続けました。
「わたしの意識は、虹蛇にとらわれたせいで、最初はほとんどなかった。でも、あなたのことを虹蛇を通じて知っていくうちに、だんだんと意識がはっきりしてきた。どうしてだかわかる?」
「ソナタニ復讐スルタメダ。コノ娘ノ魂ハ、ソナタノ魂ヲ苦シメルコトダケヲ欲シテイタ。ソノ強イ思イガ、我ヲモ統ベルクライニナ」
「だからわたしは、あなたを最後に残したの。ほかのみんなが、一人ずつ虹蛇にとらわれていくのを、あなたに見せつけてあげたかったから。それで、恐怖におびえるあなたを最後はたっぷりいたぶって、仕返しをしてあげようと思ったの」
「あおい、お前、なんてことを」
目を見開いたまま、信作がつぶやきました。あおいがぐるりと頭を動かし、今度は信作を見おろしました。
「お兄ちゃんにそんなことをいう資格があるのかしら? お兄ちゃんこそ、わたしのことを守るどころか、無視してたじゃない。そんなお兄ちゃんが、わたしを責めることなんてできるの?」
「それは……」
もはやなにもいうことができませんでした。信作は苦しそうに胸を押さえたまま、じっとあおいを見あげるしかありませんでした。
「もういいわ。どちらにしても、わたしは復讐をするって決めたの」
「ソシテ、我ノ色モ返シテモラオウ」
静かな、もの悲しい声で、あおいは歌いはじめました。マギエラの曲でした。『ルージュ』、色の意味は『赤』。朱音がヒッと声をもらしました。
「くそっ、戦うしか、ないのか」
「ソナタラノ相手ハ、コノ者タチダ」
虹蛇がしゅるりと、尾をゆるめました。みかんと龍次が、どさりと倒れこみ、ゆっくりと起きあがったのです。
「きゃあっ!」
朱音が悲鳴を上げました。みかんも龍次も、口からよだれをたらし、白目を向いています。
「ふふ、わたしたちの術で、あやつらせてもらったわ。そういえばわたしも、あやつられていたこの子たちにいじめられたんだし、朱音を断罪するにはちょうどいいわね」
あおいが楽しげに手をふりました。みかんと龍次のすがたは、完全に操り人形そのものでした。
「なんてことを!」
「サア、仲間同士デ戦イアウガイイ」
虹蛇の言葉とともに、みかんと龍次が襲いかかってきました。元から運動神経のいい二人です。信作はともかく、朱音はすぐにみかんにのしかかられてしまったのです。
「和歌月! くっそぉ!」
信作は『神殺しの剣』を抜こうとしますが、龍次に腕を押さえられ、抜くことが出来ません。朱音のうめき声が聞こえます。
「あおい! これ以上はもうやめるんだ! こんなことしたって、なんにもならないじゃないか!」
「いやよ! わたしにあんなひどいことをした朱音も、お兄ちゃんも、みんな許せないわ!」
もはや聞く耳を持たないあおいに、信作の顔にあせりの色が浮かびます。
「こうなったら」
龍次の右ストレートを、かんいっぱつでかわすと、信作はその腕をぐいっとつかみました。そのまま勢いに任せて龍次を投げ飛ばしたのです。龍次が派手にすっころんだのを見て、信作は急いで『神殺しの剣』をにぎりしめました。『神殺しの剣』が、燃えるように熱く光ります。手のひらが焼けてしまいそうです。
「かまう、もんか!」
鞘から青白い刀身が現れました。目がくらむような光です。右肩がつぶれるほどの痛みを感じ、信作はぐっとこらえました。手をふり上げることはできませんが、それでも『神殺しの剣』を離すことなく、信作は虹蛇をにらみつけました。『神殺しの剣』を下段にかまえ、おたけびとともに、信作が虹蛇に切りかかろうとしたときでした。
「ソレデ切レバ、妹ノ魂ハ消滅スルゾ」
虹蛇のささやく声が、信作の動きを止めました。虹蛇が正面を向き、あおいと目が合いました。歌いながら、あおいは泣いていました。
「あおい……」
背中にドシンと衝撃が走りました。龍次のタックルをまともに受け、信作はうぐっとその場にうずくまります。龍次のけりが容赦なく襲いかかります。
「くそっ!」
なんとか体勢を立て直し、信作は『神殺しの剣』を構えました。
「ソノ者タチモ、同ジコトダ。魂ヲ消滅サセル覚悟ガアルノカ?」
信作は剣を振るうことができませんでした。龍次のけりをなんとかかわすだけです。となりからは朱音の悲鳴が、途切れることなく聞こえてきます。
――くそ、これじゃあどうしようもない――
ふいに、龍次の動きが止まりました。まるで見えない縄に縛られたかのように、ぴくぴくと体がけいれんしています。朱音が信作に泣きながら飛びついてきました。どうやらみかんも、同じように動けなくなっているようです。
「いったいなにが?」
「……ヨウヤク来タカ」




