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40/44

その40

「くそっ、雨まで降ってきやがった」


 信作が舌打ちします。ポツリポツリと、冷たい雨がほおをぬらします。うすぼんやりと、霧も出てきています。朱音は不安そうにあたりを見まわしました。


「マジでやばい感じがしてきたな。おい、信作急ごうぜ」

「待って、信作君! 緑川君!」


 走りだそうとする信作の手を、朱音がパッとつかまえました。


「なんだよ、早く行かないと」

「なにか、聞こえない?」


 朱音の言葉に、信作は耳をすましました。遠くから、かすかにドラムの音が聞こえてきます。


「歌だ、これ、マギエラの歌だ!」

「うん、『ヴェール』だよ、緑って意味だわ。マギエラの曲って、全部題名が、色の名前なのよ」

「緑って……。まさか、龍次を狙ってるのか?」


 朱音と信作が、いっせいに龍次を見ました。龍次はぎゅっとこぶしをにぎりしめ、歌がするほうをにらみつけています。


「上等じゃねえか、次はオレが標的ってことか。オレは簡単にやられないぞ、返り討ちにしてやるぜ!」


 いきなり龍次が、信作のベルトにつかみかかりました。


「うわっ、おい、なにするんだ?」


 信作は不意を突かれて、抵抗することができませんでした。龍次がベルトから、『神殺しの剣』をつかみ取ります。信作が止めるのも聞かず、龍次は走りだしました。


「やめろ、そいつでなにをする気だ!」

「なにってオレがこいつで、その蛇の化け物を倒してやるんだ! こいつで切れば、倒せるんだろ?」


 龍次が霧の中へ突っこんでいきます。その先には、イチョウの木が見えました。見覚えのある風景に、朱音がさけびます。


「あの神社、そうだわ、みんなでかくれんぼしたあの神社だ!」


 朱音の言葉に、信作もうなずきました。龍次の背中を追いかけながら、必死に声をかけます。


「待て! うろこが出たらどうするんだ、龍次!」

「おら、出て来い! どこだ、どこにいやがる! オレのこと狙ってるんだろ? オレはここだ! みかんを返せ、返すんだ!」


 龍次が神社の真ん中で、みかんを探してどなりちらしています。


「おい、龍次!」


 かけよろうとした信作と朱音を、ものすごい突風がおそいました。


「うわっ、なんだ」


 雨粒も混じり、凍えるような冷たさでした。『ヴェール』のおどろおどろしい伴奏が、いっそう大きくなります。


「くそっ、龍次、大丈夫か!」


 声は風と『ヴェール』の歌声にかき消されます。強い風と雨にはぐれそうになりますが、信作が朱音の手をがっちりつかんで離しませんでした。突風はだんだんと弱くなっていき、やっとのことで、二人は目を開けました。


「あ……ああ……」


 朱音が声にならない悲鳴をあげます。本殿の上にとぐろを巻いていたのは、けばけばしい色をした巨大な蛇、虹蛇でした。虹蛇は七色の舌をちろちろさせて、龍次をじっと見下ろしていたのです。


「我ノ色、返シテモラオウカ」

「こいつが、虹蛇……」


 蛇ににらまれたかえるとは、まさにこのことでした。虹蛇を前にして、龍次は指一本動かすことができません。


「我ニソノ呪ワレシ剣ヲ渡スガヨイ。『わたし』ハ命マデハ奪ワヌ」


 虹蛇が、長い尾をゆらりと動かしました。その先に、ぐったりしたみかんがとらわれていました。


「みかんっ!」


 信作がしぼり出すように呼びました。ゆっくりとみかんが顔を上げます。くちびるが動いたように見えます。よわよわしい声で、なにかつぶやいています。


「……さ……くん」

「みかんっ! くっそぉ!」


 龍次がほえるようにどなりました。そして、『神殺しの剣』を抜き放とうとしたのです。しかし、剣は抜けませんでした。龍次はありったけの力を入れて、ふんばりますが、それでも剣はさやにおさまったままでした。


「くそっ、なんでだよ、うわぁっ!」


 突然龍次の手が、ぶわっと青い炎につつまれました。龍次は思わず『神殺しの剣』を取り落とします。青い炎は一瞬で消えましたが、手はぶすぶすとけむりをあげています。


「龍次!」


 信作がかけよりますが、虹蛇の手下がバッととびかかってきました。ベルトに手を当て、『神殺しの剣』がないことを思い出し、信作はうしろに飛びのきました。


「ジャアァァッ」


 あやうくかみつかれるところを、かんいっぱつでかわします。


「龍次、もう剣にさわるな、龍次!」

「なんだ、なんでだよ、ちくしょう!」


 龍次の手が真っ赤にただれて、けむりを上げています。信作が必死で制止しましたが、それでも『神殺しの剣』を拾いなおします。焼けただれた手に力を入れて、もう一度抜こうとしますが、やはり抜けません。『神殺しの剣』が、青白く光り、再び龍次の手を青い炎が包みました。龍次の悲鳴がこだまします。


「貴様ナゾニハ抜クコトナドデキヌ。オトナシク渡スガヨイ」

「くそう、くそ、くそ、ちくしょう!」


 火傷だらけの手で、『神殺しの剣』を拾いますが、龍次はもう抜こうとはしませんでした。


「サア、ソレヲ『わたし』ニ渡スノダ!」


 虹蛇がチロリと舌を出します。完全に頭に血がのぼっていた龍次は、もはや正常な判断ができなくなっていたようです。わなわなと手をふるわせながら、龍次は虹蛇をにらみつけました。


「こんなもの、こんなものっ!」


 龍次はさけび、『神殺しの剣』を虹蛇に投げつけたのです。


「ヌゥッ!」


 とっさに虹蛇は、鼻面でバンッと『神殺しの剣』をはじいたのです。『神殺しの剣』が青白い光を放ち、虹蛇の鼻が一気に青い炎に包まれました。


「グワッ!」


 ボッと虹蛇の鼻が燃え上がりました。ピシピシと、ひびが割れるような甲高い音が聞こえてきます。


「今だっ!」


 はじかれた『神殺しの剣』に信作が飛びつきました。信作の手におさまったとたん、『神殺しの剣』は、目がくらむほどの青白い光につつまれます。


「これで終わりだ、消え、えっ?」


 信作は言葉を失いました。うしろのほうで、朱音の悲鳴が聞こえます。龍次も、ぼうぜんと立ち尽くしたまま、虹蛇を見あげていたのです。


「あお、い?」


 虹蛇の鼻は、こげてぼろぼろとくずれていました。そこから青色のカチューシャが見えていたのです。あおいのお気に入りのカチューシャでした。


「『わたし』ノ顔ヲ見ルナンテ、モウ許サナイ。アナタタチハ、『わたし』ノ色ニナッテモラウワ」


 バリバリといやな音を立てて、虹蛇の鼻が突き破られました。べとべとにぬれた手が、にゅうっと現れました。朱音がうっと口をふさぎました。信作も目を見開いたまま、その場に立ち尽くしています。


「まさか、そんな」


 突き破られた虹蛇の鼻から、ゆっくりと長い髪が見えてきました。まぎれもなくそれはあおいでした。ひとみがあわい緑色になっています。べとべとのからだをじっと見ていたあおいでしたが、手で髪をかきあげただけで、一瞬でからだが乾いたのです。そのままずるずるとからだを引きずり出し、上半身が現れました。いつも着ていた、お気に入りの青いワンピースを着ています。それは人間だったときのあおいそのものでした。


「本当に、あおいなのか?」


 答える代わりに、あおいは手のひらをゆっくりと、龍次に向けて開きました。


「うわっ、からだが、動か、ない」

「龍次!」


 つっ立ったまま、身動きの取れない龍次に、虹蛇の尾がまきつきました。ぐいぐいとしめつけ、龍次の口からうめき声が聞こえてきます。


「ぐ、くそ、こんな、ところで」


 がっくりと、龍次はうなだれました。左足首の付け根が光っています。緑色に光っているのは、確かに呪いのうろこでした。


「我ノ色、アト二色」

「あなたは黙っていなさい」


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