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その4

「やっと、見つけた。信作君、足がすごく速くって、追いつくの、すごい大変だったんだよ」

「なんだよ」


 投げやりな信作の言葉に、朱音は息を飲みました。ですが、すぐに言葉を続けました。


「このままじゃ、信作君、風邪引いちゃうよ。わたしの家、すぐ近くだし、そこでからだふいていって」


 信作はなにも答えませんでした。ただ、ちらりと顔を上げました。朱音が信作の顔をのぞきこんでいます。赤茶色の髪が雨でぬれて、しずくが信作の顔へと落ちました。信作は朱音から視線を外し、そのままぐったりと倒れこみました。朱音があわてて信作を起こします。


「信作君、しっかりして! 大丈夫、わたしの家すぐだから、ね、そこでからだふいていって。わたし、信作君が風邪ひいちゃうのはいやだから。……わたしのこと、憎いかもしれないけど、でも、わたし、信作君が風邪引いちゃうのはいやだから」

「好きにしろ」


 信作はがっくりと頭をたれたまま、朱音に引っぱられていきました。信作だけでなく、朱音もびしょびしょになっていました。これ以上ぬれないように、かさを信作にかかげようとしますが、信作は朱音の手を押しのけました。


「信作君……」


 朱音はえんりょがちに、ハンカチを差し出しましたが、信作はプイッと顔をそむけるだけでした。しかし朱音は、口を真一文字に結んだまま、信作の顔をゆっくりふいていきました。もう拒絶するのもおっくうになったのでしょうか、信作はされるがままになっています。


「着いたよ、ここ。さ、あがって。早くからだ乾かさなきゃ」


 朱音は信作を引っぱって、家の中へと押しこみました。朱音の両親は留守のようで、家の中はシンとしています。朱音は床がぬれるのも構わず、お風呂場にかけこみました。玄関につっ立っていた信作に、持ってきたバスタオルを渡します。信作はバスタオルを受け取ったまま、じっとうつむいています。


「信作君、風邪引いちゃうよ」


 朱音が信作の顔をのぞきこもうとします。しかし、信作はふいっと顔をそむけました。朱音はうつむき、顔をゆがめましたが、だまって信作からバスタオルを取りました。無言で信作の頭や、ぬれた服をふいていきます。


「うぅ」


 信作がわずかに顔を上げました。くぐもった声が朱音の発したものだと気づき、初めて信作が朱音の顔を見ました。おびえと恐怖、それに疲れが入りまじった顔をしていました。信作は思わず朱音に声をかけます。


「和歌月」

「ごめんね、ううん、ごめんねなんて、今さらいえないよね。信作君のいうとおり、わたし、取り返しのつかないことをしたんだもん、罰を受けて、当然よね」

「和歌月、お前」


 信作の目を、朱音の目がとらえました。涙を浮かべた目は、弱々しくも、しっかりとした光をたたえていました。


「でもお願い、これだけは信じてほしいの、わたしは、わたしはあおいちゃんのこと、一番の友達だった、大好きだったの。だけど」

「もう、言い訳なんていらない。なにいっても、あおいは帰ってこないんだから」


 信作が消えそうな声でつぶやきました。静かにその場にすわりこみます。ぬれた服から落ちたしずくが、足元に水たまりを作っています。


「信作君……」


 朱音はくちびるをかみしめ、だまりこみました。うつむいて、ぎゅっとスカートのすそをつかみます。重く冷たい沈黙が、水たまりと同じように二人の間にたまっていきます。どのくらい沈黙がたまったことでしょうか。それを破ったのは朱音でした。


「……あおいちゃん、泣いているの。いつも、わたしの夢に出てきて、泣いているの。あおいちゃん、わたしの夢の中で、助けて、助けてって。ずっと、ずっと苦しそうに助けを求めて。でも、わたし助けられなかった。もう、助けられないよう。だって、だってあおいちゃん、あいつに」

「あいつ?」


 信作が頭を上げました。あいつという言葉は、どこかで見たような気がします。せきを切ったように、朱音はしゃべり続けました。


「あおいちゃん、あいつのからだに、とらわれていて。わたし、怖くて助けられなくて。あいつに見つかったら、わたしも、わたしもあいつに」


 朱音の顔が真っ青になって、ふるふるとふるえています。さすがの信作も、朱音の様子に驚きを隠せなかったようで、すぐに朱音の肩をつかみました。


「おい、どうしたんだよ? いったい、なんの話を」

「ごめんね、こんな話、わけわかんないよね、おかしいよね、わたし。でも、でも、信作君にだけは、このこと話さないとって思って。あのね、あおいちゃんは、蛇の化け物に、呪われていたの」

「蛇の、化け物?」


 信作は耳を疑いました。予想だにしなかった言葉でしたが、信作は唐突にあおいの日記を思い出しました。あおいは日記で、『あいつの声が聞こえてくる』といっていました。その『あいつ』というのは、朱音のいう蛇の化け物なのでしょうか。信作の視線には気づかず、朱音はきょろきょろとあたりを見わたしました。


「夢の中の話だけど、本当のことなの。夢の中で、あおいちゃんは、蛇の化け物に、苦しめられていて」

「まさか、あおいのいっていた、『声』って」


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