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その39

 玄関を出ると、まさにそこは夜の世界でした。外に出るときは、時計の針が六時をまわっていたのですが、朝日はどこにも見えませんでした。真っ暗な闇夜を、けばけばしい色の蛇たちが、我が物顔で泳いでいます。赤、青、黄、緑と、目が痛くなりそうです。信作は『神殺しの剣』を抜きました。


「おらぁっ!」


 『神殺しの剣』をブウンッとふると、濃い紫色の空が切りさかれ、ぶわっと青空に変わりました。蛇たちが、ちりに変わっていきます。


「今だ、早く走れっ!」


 信作の合図とともに、三人は闇につつまれた道をかけだしました。焼けつくような痛みが、信作の手のひらに走りますが、かまっていられません。


「ジャアァァッ、ミヅゲダァッ!」


 耳をつんざくような、不吉な叫び声が聞こえてきます。蛇たちが追ってきたのでしょう。信作は振り返らずに、うしろに向けて『神殺しの剣』を振り回しました。


「ミヅゲダァッ、ミヅゲダァッ!」


 蛇たちのさけびが追いかけてきます。信作は何度も剣を振り続けました。だんだんと手のひらがしびれて、感覚がなくなっていきます。四方八方にふり続けたので、そこかしこで青い空が現れては消えていきます。


「こっちだ、早く!」


 ヨーコのみすぼらしい家が見えてきました。あともう少しです。


「ジャアァァッ!」


 蛇がすぐとなりから飛びかかってきます。『神殺しの剣』でかんいっぱつ切りさきます。今度は前から、三匹同時に飛んできます。


「二人とも、かがめ!」


 二人がその場にかがむのを見て、信作はぐるんっとステップを踏みました。回転しながら剣をふり、三匹とも目の前でちりに変わりました。


「あっ!」


 急いで起き上がろうとして、足がもつれた朱音が、ズテッとその場に転びました。信作が手をのばすと、あたりにドラムの激しい音がひびきわたりました。


「この曲は、マギエラの『オランジェ』だわ! オレンジ色よ!」


 朱音が悲鳴を上げました。みかんの顔が真っ青になります。激しくせかすようなリズムが、信作から冷静さをうばいとっていました。


「和歌月、早く立つんだ!」


 朱音の手をとり、ぐっと引っぱるのと同時に、みかんの悲鳴が耳をつらぬきました。


「いやぁぁぁっ!」

「しまった!」

「伊集院さん! そんな!」


 信作はふりむき、そして何色もの色に目がくらみました。信作がふりむいた先に、虹蛇がいました。目が痛くなるような、けばけばしい色でおおわれた、呪いの元凶です。長く太いそのしっぽが、みかんのからだに巻きついています。


「みかんっ!」

「呪ワレシ剣ヲ持ツ者ヨ、マタ会ッタナ」


 耳ざわりな声が、夜の闇にひびきました。虹蛇のにごった目が、信作をじろりと見すえます。蛇ににらまれたかえるのように、信作は動けずにかたまってしまいました。気絶しているのでしょうか、みかんはピクリともしませんでした。


「お前、みかんを、返せ!」


 虹蛇にどなりつけますが、信作の手はふるえていました。虹蛇は二股に分かれた舌を、チロチロと出しながら、満足そうにささやきました。


「我ノ色ダ、コレデアト、三色……」


 虹蛇のからだが、ふわりと浮き上がりました。ぐったりとしたみかんの足が、巻きつかれたしっぽから見えました。それを見たとたん、信作の金縛りがとけました。『神殺しの剣』をにぎりしめ、虹蛇をしっかとにらみつけました。


「これ以上、お前の好き勝手させるかよ!」


 『神殺しの剣』を振ろうとした信作が、ううっとうめき声をもらし、肩を押さえてうずくまりました。

「信作君、どうしたの!」


 朱音があわてて信作に近づきます。顔をゆがめながら、信作は虹蛇をにらみつけてつぶやきました。


「肩が、上がらない」

「神ノ理ヲ超エヨウトスル者ノ末路ヨ」


 虹蛇はゆっくりと空に上っていきました。朱音を見おろし、ちろりと舌を出しました。


「ソノ目……ソウカ。女狐ニ踊ラサレテイルコトモワカラヌトハ」

「えっ?」


 朱音の赤い目と、虹蛇のにごった目が合いました。かすかにあわれみの色が見えた気がします。しかしそれはすぐに消えて、虹色ににごった色にもどりました。


「待て、みかんを……」

「返シテホシクバ、我ガ寝床ヘト来ルガヨイ。呪ワレシ者タチヨ、待ッテイルゾ」


 虹蛇のからだは、闇にすうっと溶けていきました。あとに残されたのは、信作の苦しそうな声と、朱音のすすり泣く声だけでした。





「そうか、みかんが連れ去られたか。虹蛇もどうやら、本腰を入れてきたみたいだねえ」


 ヨーコはきつねうどんの油揚げを、むしゃっとかみ切りました。朝ごはんなのでしょうが、例にもよって油揚げしか食べていません。めんにはまったく口をつけずに、カップ麺を横に押しのけました。他人事のようなヨーコのいいかたに、信作はカンカンになってまくしたてました。


「ヨーコさん、いったいなにがどうなってるんですか? 和歌月の目も、ヨーコさんみたいになっているし、それにみかんも連れて行かれるし」

「そうせかすんじゃないよ。わかってるさ。あいつは自分の寝床へ来い、そういったんだろ?」


 信作は何度もうなずきました。ヨーコはふうっとため息をつきました。


「それで、もう一人はどうしたんだ?」

「えっ? あっ!」


 信作はハッと顔を上げました。


「その様子じゃ、一緒じゃないみたいだね」

「そうだった、早く龍次も探さないと!」


 信作は急いで小屋から出ようとします。


「そう慌てなくてもいいよ。龍次もすぐ来るさ」


 その言葉が終わらないうちに、ガララッととびらが開きました。龍次が肩で息をしながら、信作をにらみつけています。手にはべっとりと血がついたバットを持っていました。朱音がヒッと息を飲みます。


「おい、どういうことだよ! なんだよあれ、あんなに、蛇の化け物がたくさん。殺されるかと思ったぞ!」

「龍次! よかった、無事だったんだな」

「無事なもんか! 朝練に出ようと思ったら、空中にうじゃうじゃあいつらがいて、おれのこと見つけたらおそってきやがる。バットでぶったたいても起きあがって、何度もかみつこうとしやがって。もうだめだって思ったら、今度は急に消えちまうし、いったいあれはなんなんだよ!」


 龍次が信作の胸倉につかみかかります。朱音がきゃっと悲鳴をあげました。


「おい、みかんはどうしたんだ?」


 信作はこたえることができませんでした。龍次が信作をゆすぶって、さらに問いただします。


「おい、どうしたんだよ? まさか」

「……すまない、みかんは、虹蛇に」

「馬鹿野郎! なにやってるんだよ、お前、守るっていってたじゃないか! それなのに!」


 龍次は信作を思いっきり殴り飛ばしました。ぼごっと鈍い音がひびきます。信作がうめき声を上げました。


「ぐっ! ばか、今はこんなことしてる場合じゃ」

「当たり前だ! 早くみかんを助けないと。けどな、一発殴っとかなきゃ気がすまなかっただけだ」


 龍次は信作の腕を、強引につかんで立たせました。


「くやしいけど、お前しかみかんを助けられるやつはいない。さあ、行くぞ。みかんはどこにいるんだ?」


 ヨーコがあのキンキン声で笑いながら、龍次をなだめました。


「まあ落ち着きなよ。みかんの居場所だろ。虹蛇に連れて行かれたのさ。やつの寝床にね」

「寝床?」


 龍次ははじめて、ヨーコの顔を見ました。にやにや笑いを浮かべながら、ヨーコはうなずきました。


「そうさ、まだ死んではいないだろうね。でも、それもいつまで持つか。あんたはなにか知ってるんじゃないかい? やつの寝床がどこか」

「まさか、あの神社か?」


 龍次の言葉に、信作が目をむきました。ヨーコはふふんと鼻を鳴らしました。


「やっぱり、知ってるみたいだね。あんただけが、虹蛇のうろこが現れていなかったから。最も冷静に、やつのことを見ているんじゃないかって思っていたのさ」

「じゃあ、龍次は知っているのか、みかんがどこにいるか?」


 信作にいわれて、龍次は首をたてにふりました。きつい目で信作を見ながら説明します。


「ああ、みかんがいた神社と反対側の神社だよ。でっかいイチョウの木がある神社だ」

「よし、行こう! みかんを助けるんだ!」


 三人ははじかれたように、小屋を出て行きました。そのうしろ姿を、ヨーコはいやらしい笑みをうかべて見ていました。真っ赤なひとみには、ちらちらとあやしい炎がともっていました。


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