表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/44

その35

「ああ、無事だったみたいだね、四人とも。突然いなくなったから、いったいどうしたかと思ったよ」


 小屋の中では、ヨーコがいつものようにきつねうどんを食べていました。へらへらと笑うヨーコに、信作は深刻な顔でたずねました。


「ヨーコさん、包帯ありますか? それに、消毒液も。伊集院がけがしてて」


 ヨーコはきつねうどんの油揚げに、がぶりとかみつきました。かたわらには、いつもの水筒が置いてあります。


「そんなのんびりしてないで、早くしてください! 消毒液、ないんですか?」

「さあねえ、たぶんなかったと思うけどねえ。どれ、傷を見せてみな」


 のらりくらりと、信作の怒りをかわしながら、ヨーコはみかんに近づきました。みかんがあとずさりますが、かまわず腕を取りました。ぼろぼろになったニットのそでをまくっていきます。


「ああ、よかったねぇ、虹蛇の傷じゃないみたいだ。もし虹蛇の傷だったら、けっこうやっかいなことになっていたよ。これなら、花の蜜でうろこと一緒に洗っときゃ大丈夫さ」

「本当ですか? そんな適当な感じで、大丈夫なんですか?」


 信作がにらみつけます。ヨーコは肩をすくめました。


「おいおい、そんな怒んないでくれよ。本当さ。そんじょそこらの薬なんかより、いい働きをしてくれるさ」


 クックと声をあげて笑うと、ヨーコは台所へ移動しました。


「本当かな?」


 まゆをつりあげたまま、信作がつぶやきました。その腕に、みかんがぎゅっとしがみつきました。


「どうした? もしかして、傷が痛むのか?」

「あの目、あの人のあの目」


 ヨーコに聞こえないように、みかんが小声で信作にいいます。けげんな顔で信作は聞き返しました。


「目? ヨーコさんの?」

「あの人の、あの目、あの子の目だった」

「伊集院? どうした、いったいなんのことだ?」


 信作はみかんの顔をいぶかしそうに見ました。信作の腕を抱き寄せるだけで、みかんはそれ以上なにもいいませんでした。


「ああ、お待たせ。ほら、こっちにおいで。まずは傷口を洗ってやるよ。しみるだろうけど、がまんしな」


 細長いつぼを手に持ち、ヨーコがみかんに手招きしました。みかんは信作にくっついたまま、離れようとしません。


「おやおや、信作はずいぶんおモテになるようで」


 ヨーコのからかうようなキンキン声が、部屋にひびきました。


「ヨーコさん! そんなこといってる場合じゃないだろ。伊集院も早く手当てしてもらわないと」


 信作がみかんをうながしました。みかんはじっとしたまま、信作の顔を見あげました。信作は小さくうなずきました。


「ほら、ぼくも一緒にいてあげるから」

「信作君、うん、ありがとう」


 信作に連れられて、みかんはヨーコのそばへ移動しました。ヨーコが花の蜜の原液を、茶わんにトクトクとそそいでいきます。みかんはじっとうつむいたままです。


「さあ、手をこっちに出してごらん」


 いわれるがままに、みかんは手を出しました。ヨーコは鼻歌を歌いながら、みかんの傷を洗っていきます。みかんが顔をしかめました。ヨーコから顔をそむけ、しっかり目をつぶっています。


「これでよし、と。今度はうろこのほうだね。ああ、その前に朱音、台所のどこかに包帯があっただろ? それを準備しといてくれ」

「えっ、はい」


 ヨーコによばれて、朱音は顔をあげました。ちらりと信作のほうを見ましたが、信作は全く気づいていません。朱音は暗い顔で台所へと向かいました。


「それじゃあうろこも見せてごらん。ああ、それとあんたも花の蜜をちゃんと飲んどきな。さっきの化け物よけのためにね」


 ヨーコは茶わんになみなみと、花の蜜をついでいきました。


「えっ、でもこれ、お酒じゃ」


 みかんがとまどいながら、信作を見ました。信作がじろりとヨーコをにらみつけます。


「ヨーコさん、口に含むぐらいでいいんじゃなかったですか? 伊集院、大丈夫だよ。においはお酒だけど、お酒じゃないから」

「ホント?」


 信作はほほえみ、花の蜜を一口飲みました。みかんが目を見開きました。


「ほら、大丈夫だろ」


 信作に茶わんを手渡され、みかんはおそるおそる口をつけました。ほおが少し赤くなっていますが、信作は気にせずうなずきました。


「な、大丈夫だろ」

「ホントだ、お酒じゃない。花の香りがするわ」


 みかんの目がまんまるになります。ヨーコが大げさに笑いました。


「アハハハ、気に入ったようだね。ああ、あとはこいつも持っておきな」


 ヨーコがお札を手渡しました。


「あの……ありがとうございます」


 もごもごと口ごもりながらも、みかんがお礼をいいました。


「いいってことさ。あとは包帯か。朱音、見つかったかい?」

「あっ、はい」


 台所をごそごそあさっていた朱音は、真っ白な包帯を持ってもどってきました。ヨーコはにやっとわらって朱音にいいました。


「じゃああんたが巻いてあげな。あたいはこういうの得意じゃないからね」

「えっ、わたしが?」

「そうさ、ほら、早く巻いた巻いた。あたいはうろこを洗っておくからね」


 ヨーコはみかんの二―ハイソックスを、するすると脱がしていきました。朱音はかたまったまま、みかんの顔を盗み見ました。みかんは無表情のままでした。


「あの、それじゃあ、巻くね」


 おそるおそる、朱音はみかんの腕に、包帯を巻いていきます。手がふるえてしまうので、うまく巻けずに何度かやり直します。みかんは朱音から顔をそむけ、一言も発しませんでした。


「その、痛かったりしたら、いってね……」

「痛いわよ!」

「ヒッ!」


 固まる朱音を、みかんは憎らしげににらみつけます。ますます手がふるえましたが、なんとか朱音は包帯を巻き終わりました。


「どうやら巻き終わったみたいだね。うろこも洗い終わったから、なんとかなるだろ。ちゃんと寝るときも、お札を持っておくんだよ。部屋の四隅に盛り塩も忘れずにね。それと、明日から忘れずにあたいの小屋に来ること。まだまだうろこの呪いは封印できてないからね。さ、それじゃ帰った帰った! あたいはこれから忙しいんだからね」


 そういいながら、ヨーコは茶わんに残った花の蜜を、ぐいっと一気飲みしました。


「わかりました。ヨーコさん、ありがとうございます」


 信作がヨーコにおじぎしました。ヨーコはくっくと笑いました。


「なあに、別にいいってことさ。あんたたちも、せいぜい気をつけるんだね」


 ヨーコは立ち上がり、ふらりと台所へいってしまいました。水筒を手にして、しきりにふっています。信作もゆっくりと立ち上がりました。


「それじゃ、ぼくらも帰ろうか」


 みかんがべったりと、信作の腕に寄りつきました。朱音もえんりょがちに、信作の左手をにぎります。ヨーコがにやにやしているのを見て、信作は急いで小屋を出るのでした。そのうしろで、思いつめたような表情の龍次が、信作の背中をにらみつけていました。





 信作たちが小屋を出て行ったあと、ヨーコは一人で花の蜜をあおっていました。赤いひとみが、ちらちらとあやしげな光を放っています。ひびの入った窓の外に、考えこむように視線を向けていました。


「……あと少しか。信作が少しでも虹蛇に傷をつけてくれれば、あとはどうにでもなるからな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ