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その32

「伊集院、どこだー!」

「伊集院さーん!」


 夕日がやけに大きく見えます。風が強くなってきました。朱音がくしゅっとくしゃみをします。


「くそっ、どこに行ったんだ? まだ遠くには行ってないと思うんだけど」


 みかんの姿は、どこにも見えませんでした。信作はいらだたしそうに、腕時計を見ました。


「信作君、ごめんね、わたしが引きとめたから、こんな」

「和歌月、もうそれはやめようぜ。自分を責めても、仕方がないだろ。ちゃんと和歌月は探してくれてるじゃないか。それで十分だよ」

「信作君、うん」


 つないでいた朱音の手が、少し温かくなるのがわかりました。信作はうなずき、再びみかんを呼びはじめました。


「こういうとき、『お姉ちゃんはユーレイ』だったら、いるところが決まってるんだけどね」

「『お姉ちゃんはユーレイ』って、ああ、アニメの話か。そうだよな、アニメみたいにうまくいったら、簡単だけどな」


 信作は、ひたいの汗をぐいっと手でぬぐいました。


「ん? ちょっと待てよ。和歌月、そのアニメって、確かゆうれいが出てきたりする話だったよな?」

「えっ? うん、そうだよ、おばけとか、妖怪とか」


 信作がみけんにしわをよせて、アニメの話を聞いているので、朱音は目をぱちくりさせています。


「そのアニメだと、こういうときいったいどこにかくれるんだ?」

「どこにって、確かいつも、神社にかくれるんだよ。神社にいる神様に守ってもらおうとするの」

「なるほど、そうか、ありがとう和歌月!」

「ええっ?」


 信作は興奮した様子で、朱音の肩をたたきました。


「あの、なにが?」

「だから、神社だよ! そのアニメ、すごい大人気なんだろ? だったら伊集院だって見てるはずだよ」

「あっ!」


 朱音の顔も、ぱあっと明るく輝きました。


「きっと伊集院は、神社にかくれてるはずだ。ここから一番近い神社は、松の木神社だ!」


 朱音の顔が、とたんにくもりました。松の木神社は桜神社と違って、おばけ神社とみんなから呼ばれていたのです。


「大丈夫だ、おばけだろうが、妖怪だろうが、なにが出てきても『神殺しの剣』でやっつけてやる! だから行こう!」

「あっ、待って」


 朱音の手をにぎったまま、信作は走り出しました。朱音は顔を真っ赤にして、信作に引っぱられるがままになっています。


「おい、信作!」

「誰だ、あっ、龍次」


 道路の向こう側から、龍次が急いでかけつけてきました。走りっぱなしだったのか、汗びっしょりになっていました。息を切らしながら、龍次は信作をきつい目で見ました。


「信作、お前、今ごろなんのつもりだよ! お前のせいで、みかんが出ていっちまったじゃないか! どうするんだ、早くみかんを見つけないと」

「伊集院のいる場所がわかったぞ」

「えっ、なんだって?」


 驚く龍次に、信作が早口になって答えました。


「神社だ。ほら、そこを右に曲がったところに、あるだろ、松の木神社が。たぶんあそこだ」

「なんで神社なんだ?」

「説明はあとだ、とにかく、伊集院は神社にいるはずだ。さあ、行くぞ」


 走り出そうとする信作の手を、龍次がガシッとつかみました。


「なにするんだよ、急がないと、伊集院が」

「お前ら、いったいどっちに行こうとしてるんだ? 左に神社あっただろう」

「なにいってるんだよ、この近くにある神社って、松の木神社だけじゃないか」

「お前こそなにいってんだよ! あっちにあっただろ! オレはさっき神社の前を通ってきたんだ。でっかいイチョウの木がある神社だよ。だから絶対あっちだって!」


 つかみかからんばかりの勢いで、龍次がまくしたてます。信作はまゆをひそめました。


「おい、龍次落ち着けよ。この町にある神社は、桜神社と松の木神社だけだろ。きっと別の建物を見て、神社と勘違いしただけだよ」

「鳥居があったんだって! 中はうす暗くて、よく見えなかったけど、真っ赤な鳥居があったんだよ!」


 信作はだんだんと、心配そうな顔になっていきました。朱音も龍次を気遣うように見ています。


「とにかく、まずは松の木神社に行こう。まずはよく知ってる神社に行かないと、ぼくたちまで迷子になってしまうよ」


 いつのまにか日は沈み、冷たい風が身をふるわせます。朱音が信作の腕に身をよせました。


「わかったぞ、やっぱりお前ら、みかんのことを見捨てるつもりなんだな! バカネじゃなくてみかんをいけにえにささげて、自分らだけ助かろうって気なんだろ? だから、ぜんぜん違う方向にオレのことさそって、みかんを助けるのを邪魔しようってことだな。その手は食うかってんだ!」

「龍次、落ち着け! だまそうなんてしていないよ。それに、伊集院を見捨てようともしていない。信じてくれ!」

「うそつけ! じゃあお前らなんで、そんなに仲良さそうにしてるんだよ? 信作、お前バカネのこと嫌いだったんじゃないのか?」


 朱音がボッと、耳まで赤くなってしまいました。思わず信作を見あげます。信作は朱音の手をにぎりました。龍次は目ざとく、そのしぐさに気がつきました。


「ほら、やっぱりお前ら、デキてるんだろ?」

「そんなこといってる場合じゃないだろ、とにかくこっちに来い! 松の木神社にいなかったら、すぐにお前のいってる神社に向かうから、まずはこっちだ!」


 信作がものすごい剣幕で、龍次にせまりました。龍次はわずかにたじろぎました。


「わかった、わかったよ。そこまでいうなら、松の木神社に行ってやる。けど、みかんがいなかったら、一発思いっきりぶんなぐるからな!」

「ああ、わかった。それじゃあ行こう」


 信作はベルトにはさんでいた『神殺しの剣』をつかもうとして、あちっと声をあげました。


「剣が、光ってる」


 朱音がおびえたようにつぶやきました。信作は静かにうなずきました。


「とにかく、急ごう」


 ――伊集院、無事でいてくれよ――


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