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その31

「だって、それは……」


 朱音は言葉につまってしまいました。なにもいえず、ただうつむくだけでした。


「だって、なあに? ねえ、見殺しにしようとしたんじゃないの? しかも見殺しにしようとしたうえに、わたしの信作君とイチャイチャしようとして。さっきもずいぶんうれしそうな声出してたわよね。ねぇ?」


 朱音はくちびるをぷるぷるふるわせて、ただただみかんを見あげるだけでした。口を開こうとしますが、言葉が出てきません。追い打ちをかけるようにみかんが低い声で問いただします。


「なによ、言い訳する気? ならいってみなさいよ、ほら、どうなの? 見捨てたわけじゃないなら、そういいなさい、ほら、ほら!」


 みかんが立ち上がり、ずんずんと朱音にせまってきました。朱音が信作のうしろにかくれたので、みかんは金切声をあげました。


「離れろっていってるじゃない!」

「伊集院、もうやめろ。和歌月が怖がってるだろ」

「信作君はだまってて! これはわたしとバカネの問題なんだから」


 信作は目を丸くしました。朱音のふるえが背中に伝わってきて、信作はみかんをしっかり見すえました。


「バカネだなんて、そんないいかたするなよ」

「うるさいぞ、信作、お前はだまってろ! 元凶はバカネなんだから!」


 龍次がみかんに続いて、信作にいいよります。信作も声を荒げました。


「こんな仲間割れみたいなことしたって、どうにもならないだろ! みんなで力を合わせて、生き残る方法を考えるべきだろ」

「なにを甘っちょろいことをいってるんだ! だいたいお前は、どっちの味方なんだよ? バカネをいけにえにするって、お前賛成してたじゃないか!」

「いけにえ? えっ、どういうことなの? 信作君……?」


 朱音がすがるように信作を見あげました。みかんがいじわるそうに笑い、するりと朱音のとなりにすわりこみました。ふるえる朱音の耳元で、楽しげにささやきました。


「そうよ、わたしたち三人で話し合った結果、あなたをいけにえにすることが決まったの。当然よね、最初にあなたが、わたしたちを見捨てて自分だけ助かろうってしたんだもの。そして、そのかわいそうな犠牲者が藍さんなのよ。ねえ、そのこと少しでも、考えたことあるの?」

「あ、ああ……」


 朱音の顔から、サーッと血の気が引いていきます。がまんしていた涙が、大粒のしずくとなって、目からこぼれました。みかんはちらりと舌を出して続けました。


「ふふっ、泣いちゃった。でも、それくらいで許されるはずないわよね? だってあなた、藍さんを見殺しにしたんだもの。ねえ、どうやってつぐないをするつもりだったの?」


 みかんはもうどならずに、やさしい声で語りかけています。その言葉はどれも、朱音の小さな胸を、ぐいぐいとナイフのようにえぐっていくのです。助けを求めるように、朱音が信作に顔を向けますが、とたんにみかんが怒声をあげます。


「わたしの信作君に色目使うんじゃないわよ! またいじめられたいの?」

「ヒッ! ……いや、もういや、許してくださいぃ……」


 ちぢこまる朱音に、なんとも楽しそうにみかんは問いつめていきます。


「それよりほら、さっさと質問に答えてくれないかしら? どうつぐなうつもりなの? ほら、ほらぁ」

「それは、あの」

「やさしくって賢いバカネちゃんは、みんなのためにいけにえになろうと思ったのよね?」

「やだ、そんなの、やだよ」


 必死に首をふる朱音を、みかんは無表情で見おろしました。いっそのこと怖い顔をしてくれたほうが、朱音にとっては救いになったことでしょう。ですがみかんは、抑揚のない声で朱音に告げたのです。


「あらそう、じゃあいいわ、いけにえにならなくっても。でも、そうねえ、ちょうど遊び相手がいなくなって、退屈してたの。今度はあなたのクラスも巻きこんで、一緒に遊ぼうかしら。昔みたいにね」

「そんな」


 みかんを見あげながら、朱音はふるふると首をふります。みかんがバンッと壁をたたきました。


「うじうじいってないで、さっさといけにえになりなさいよ! あんたのせいで、わたしたちまでまきぞい喰らってるんだから! 責任取りなさいよ!」

「伊集院、もうやめろ! それ以上和歌月にひどいことをいうな!」


 信作が朱音の前で、手を広げて立ちはだかりました。ぱっちりしたみかんの目が、驚きで大きく見開かれます。


「なによ、信作君、バカネをかばおうっていうの? どうしてよ、どうしてバカネのことばっかり! もういい、信作君なんて知らないんだから!」


 わっと泣き出し、みかんが部屋を飛び出しました。龍次があわててあとを追います。信作もすぐに立ち上がりましたが、朱音がぐいっと信作にすがりつきます。


「信作君、行かないで! お願い、わたし、いけにえになんて、なりたくない。死にたくないよう!」


 信作の足に、ものすごい力で朱音はしがみつきました。信作は朱音の腕をぎゅっとつかみました。


「なにいってるんだ、そんなことさせるはずないだろ! 守ってやるから心配するな! だから、和歌月も一緒に来い!」


 朱音は目を大きく開きました。顔が焼けてしまいそうなほど、熱くほてっています。耳まで真っ赤になっています。さっきとは温度が違う涙でほおがぬれましたが、それをふこうともせずに、朱音は何度もうなずきました。


「わかったわ! わたし……がんばる!」

「よし、さあ行こう!」


 朱音は信作の手をにぎりました。信作もしっかりにぎりかえして、ヨーコの小屋を飛び出しました。


「……どうやら行ったようだね。さて、それじゃああたいは、じっくり様子を観察させてもらうとするかな」


 台所の奥から顔を出し、ヨーコはふふんと笑いました。赤い目がうずまくように強い光をたたえていました。


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