その30
「ヨーコさん、おじゃましますよ。あれ?」
ごちゃごちゃと捨てられていた空きびんの山が、玄関からなくなっていました。くつ箱の上には、小さな花びんが置いてあり、たんぽぽの花がかざってあります。
――しまった――
くつ置き場のすみに、小さな赤いくつがあるのを見て、信作は急いでうしろをふりかえりました。みかんと龍次が、けげんな顔で信作を見ています。
「ヨーコさん、お客さん出るね。あっ、信作君」
奥の部屋から、エプロンをつけた朱音が出てきました。信作がなにかいう前に、とげとげしい声がうしろから飛んできました。
「わたしの信作君に、なれなれしく話しかけないでよ!」
突然ののしられて、朱音の顔が引きつりました。目が大きく見開かれ、恐怖で口をおおっています。朱音はやっとの思いで、ふるえた声を出しました。
「伊集院、さん」
「ひさしぶりね、和歌月さん。それにしても、ずいぶんひどいことするのね、昔の友達に。あれほどかわいがってあげたのに、見捨てようとするなんて、いい度胸じゃないの!」
ぱっちりした目が、意地悪く細められます。朱音はヒッと泣きそうに顔をゆがめました。
「なんだ、忘れちゃったわけじゃないみたいね。あんなにかわいがってあげたんだもの、忘れられるわけないわよね」
みかんがにたっと笑いかけました。朱音はおびえて、声が出せないようです。その様子を、龍次も楽しそうにながめています。
「どうした、朱音。誰か客だろ? 訪問販売なら、どなって追い返しちまえよ」
奥の部屋から、ヨーコの声が聞こえてきました。朱音はおどおどしたまま、声を出すことができませんでした。
「ん? ああ、なるほど、そういうことか」
ひょろりとヨーコが顔をみせました。あいかわらず髪をぼさぼさにして、お酒のようなにおいがします。みかんが思わず鼻をふさぎました。
「この人が、信作君のいってたヨーコさんなの?」
信じられないといった表情で、みかんが信作を見ます。信作はほっとしたようにヨーコに二人を紹介しました。
「ああ、そうだ。ヨーコさん、この二人は伊集院みかんと、緑川龍次。一緒にかくれんぼしていた最後の二人です。それと、じつは伊集院に」
「うろこが現れた、だろ?」
信作を見もせずに、ヨーコはみかんに近づきました。みかんの顔がこわばっています。龍次がヨーコを、いかくするようにきつい目でにらみました。
「ふうん、まだ新しいね。虹蛇の呪力もつよい。こりゃ骨が折れそうだね」
「ひっ、目が、目の色が」
みかんが信作の腕にしがみつきました。
「ああ、あたいの目のことかい? あんまり気にしないことだね」
みかんのひとみは、ヨーコの赤い目にくぎづけになっています。ヨーコは龍次のことも、じろじろと観察し始めました。
「あんたは、うん、まだ呪いが具現化していないみたいだね。でも、気をつけておかないと、すぐに具現化するけどね。虹蛇の幻術は……ああ、もうとけているのか。まあいいさ。ほら、あがんな。すぐに清めるからね」
ヨーコが手招きしました。けれどもみかんも龍次も、かたまってしまっています。信作も二人に声をかけました。
「ほら、入ろう。大丈夫、ヨーコさんは悪い人じゃないよ」
信作にうながされて、二人はやっとで靴を脱ぎ始めました。朱音が逃げるように、ヨーコのそばへかけよりました。信作はばつが悪そうに、朱音の顔を見ています。
「さて、それじゃさっそく始めようか。そこらへんに適当にすわっときな」
部屋に上がった信作は、思わず声をあげました。
「部屋が、きれいになってる」
ついこの間まで、小屋の中はお菓子やおつまみの袋で、足の踏み場もありませんでした。そのゴミがきれいにまとめられて、ちり一つないくらいにそうじされていたのです。部屋のすみに倒れそうなくらい積み重なっていた、きつねうどんのカップ容器も、きれいさっぱりなくなっています。たたみにすわってうつむいている朱音を、信作はまじまじと見ました。
「ほらほら、そんなとこでつっ立ってないで、早くすわりなって。今準備するからさ」
ヨーコが台所を、がさごそとあさっている間に、信作は朱音のとなりにすわりました。向かい合ってみかんと龍次がすわります。蛇がかえるをにらみつけるように、みかんは朱音を見おろしていましたが、プイッと顔をそむけました。
「ねえ信作君、そっちにいたら、ヨーコさんが戻ってきたとき、せまくなっちゃうでしょ。ほら、こっちにおいでよ」
「えっ」
みかんにいわれて、信作がけげんそうな顔をします。みかんは朱音をけん制するようににらみました。
「あんたもそのほうがいいわよね?」
低い声で、おどすように朱音にいいます。朱音は小さく、ヒッと声をもらしました。ぎゅっと信作の腕に身をよせます。
「なにくっついてんのよ! さっさと離れなさい、信作君が嫌がってるじゃないの!」
「ひゃっ! ごめんなさい」
あやまる朱音に、みかんはまくしたてるようにどなりつけます。
「なにがごめんなさいよ、そんなことで許されると思ってるの? あんた、わたしたちを見殺しにしようとしたのよ、わかってんの?」




