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その29

「うろこだ、オレンジ色の」


 みかんはおびえたようにうなずきました。ぱっちりした目に涙をためて、信作を上目づかいで見つめます。


「三日くらい前から、突然足にできたの。変な病気じゃないかって、すごく怖くて。……でも、まさか、病気以上にひどいことだったなんて」


 みかんはついに泣き出してしまいました。信作はけわしい顔のまま、早口にいいました。


「早くヨーコさんのところに行こう。このままじゃ、伊集院も虹蛇に狙われてしまう。ついてきてくれ」


 みかんの手をにぎったまま、信作は立ちあがろうとしました。みかんはへたりこんだまま、動こうとしません。


「どうした、どこか痛むのか?」

「ねえ、信作君?」

「ん? なんだ?」


 甘えたような声を出すみかんに、信作は小首をかしげました。みかんはさりげなく信作のうでに手をからませ、距離をつめるように立ちあがります。


「信作君、わたしのこと、守ってくれるの?」


 耳元で話しかけられて、信作は目をぱちくりさせました。龍次がくちびるをかみしめたまま、その様子を凝視しています。


「えっ? ああ、もちろんだ。ぼくはもう、誰も犠牲にしたくない」

「それじゃあ、約束して」


 急に改まった様子で、みかんは信作に向かい合いました。いつの間にか信作の両手をぎゅっとにぎっています。


「なんだよ、約束って?」


 顔を近づけてくるみかんに、信作はとまどったようにたずねました。みかんはひたいがふれあうほどに近づいてから、小声で再度質問しました。


「信作君、わたしのことを守ってくれるのよね? どんなことをしても、守ってくれるのよね?」

「そうだよ、絶対に守るさ!」


 信作もみかんの目をじっと見ながら、自分にいいきかせるように宣言しました。しかしそのあとみかんの口から出た言葉は、耳を疑うようなものでした。


「それじゃあ、和歌月さんのことをいけにえにしましょう」

「えっ?」


 信作はすっとんきょうな声をあげました。今のは聞き間違いだったのでしょうか?


「和歌月を、えっ? なんていったんだ?」

「だから、和歌月さんをいけにえにすればいいのよ。だってそうでしょ? その化け物は、あの子で最後だっていったんだもの。だったらあの子をいけにえに差し出せば、化け物も許してくれるんじゃないかしら。信作君だって、和歌月さんのこと好きじゃないでしょ?」


 信作はおしだまったまま、ぶるぶると肩をふるわせていました。龍次が信作を、きつい目でにらみつけました。


「もちろんいいよな、信作。みかんのことを守るためなら、なんだってするんだろ? それなら、あんな泣き虫でうざったいやつのことなんか、どうだっていいだろ」

「ねえ、どうなの、信作君?」


 せまってくる二人を、信作は怒りでふるえる声で問いただしました。


「お前ら、それ、本気でいってるのか? 和歌月をいけにえにだと? そんなことできるわけがないだろ!」


 信作はみかんをにらみつけました。しかし、みかんも負けていません。ぱっちりした目が、きつい光をたたえています。信作はわずかにたじろぎました。


「ええ、もちろん本気よ。あら、どうしたの、そんな怖い顔して」


 みかんはむしろ楽しんでいるような、明るい口調で聞きかえします。信作は答えるかわりに、くるりと二人に背を向けました。


「じゃあ、もうぼくはなにもいうことはないよ」

「待てよ信作!」


 うしろから飛びかかられ、信作は龍次に馬乗りにされてしまいました。


「いたっ、放せ、放せよ!」


 暴れる信作でしたが、龍次はうしろからそのままうでを押さえて、耳元でほえるようにどなったのです。


「お前、みかんのことを守るんだろ? さっきいったもんな。それじゃあ、もちろん和歌月をいけにえにするんだろうな!」

「そんなこというなんて、お前らどうかしてるんじゃないのか? 他人を見捨ててまで助かろうとするなんて、そんなの絶対おかしいだろう! そんなやつを、ぼくは助ける気なんてない!」


 信作がはねおきようと腕に力をこめました。龍次もつかんでいた両手に、思い切り力をかけました。上乗りされているほうが当然不利です。しばらくがんばったあとに、信作がくぐもったうめき声を上げます。それをみて、みかんが満足げにほほえみ、信作のそばにすわりこみました。


「ねえ、信作君?」


 みかんが甘ったるい声で話しかけてきました。信作は苦しそうに顔をゆがめます。


「うっ、ぐ、なんだ、よ」

「信作君は、どうしてわたしたちのことを助けようとしたの?」

「それは、もうこれ以上藍のときみたいな思いは、したくないから」

「ねぇ、それって信作君、わたしたちのことを本気で心配してるんじゃないわよね。藍さんを守れなかった罪悪感から、わたしたちを代わりに守ろうって思ってるだけじゃないの?」

「なっ!」


 信作は言葉を失いました。全身から力が抜け、龍次にされるがままになります。龍次がにやにやしながらみかんにいいました。


「こいつ、どうやら図星だったみたいだぜ」


 あざ笑う龍次は無視して、みかんは信作の耳元で話を続けました。


「信作君はわたしたちを守ろうとしているんじゃなくて、藍さんを守れなかった罪滅ぼしをしようとしてるんでしょ? でも、もしそうなら、信作君もわたしたちのこと、非難することなんてできないんじゃないかしら?」

「どういう、ことだよ」


 信作はしぼり出すようにつぶやきました。みかんはぱっちりした目をきらきらさせて、ささやくように続けました。


「だって信作君は結局、罪滅ぼしがしたいだけなんでしょ。わたしたちのことが本当に心配で、守ってくれるわけじゃないんでしょ。そんなの勝手な自己満足じゃない」

「それは」


 信作は、言葉をつなげることができませんでした。みかんは信作の顔を、ゆかいそうに見おろしました。


「もし本当に罪滅ぼしをしたいんだったら、わたしたちのお願いだって聞いてくれるわよね。いいじゃない、だって信作君、最初からわたしたちのこと助けようとはしなかったでしょ。桃子ちゃんが襲われたときに、すぐにわたしたちに声をかけてくれたらよかったのに」

「それは、信じてもらえないと思って」


 言い訳がましい信作のつぶやきを、みかんはふふんと笑ってさえぎりました。


「でも、結局は声をかけなかった。でしょ?」


 かわいらしい顔が、いじわるい笑顔に変わります。朱音があれほどおびえていたわけを、信作はこのときようやく実感しました。ですが、それは少しばかり遅すぎたようです。追及の手をゆるめず、みかんはささやきを続けます。


「もしわたしたちのほうに、先に化け物が来てたらどうするつもりだったの? 藍さんじゃなくて、わたしたちが意識を失っていたかもしれないのよ。そんな危ない状況に追いこんでいたくせに、わたしたちのためにはなにもしてくれないの?」


 淡々とした口調でしたが、そのぶん信作にはこたえました。信作はうなだれたままです。とどめとばかりに、みかんは甘ったるい声でしめくくりました。


「信作君、わたしたちのこと助けてくれるわよね。もう見捨てたりしないんでしょう?」

「見捨ててなんか、してないよ。けど、和歌月をいけにえにするなんて」


 信作を押さえていた龍次が、信作のうでをねじります。うぐっとくぐもった悲鳴をあげる信作に、龍次が声を荒げました。


「信作、さっさと覚悟決めちまえよ! あんなやつ、いなくなったってどうだっていいだろ? それよりみかんのほうが大切じゃないか。そうだろ?」

「龍次、お前!」


 信作はキッと龍次をにらみつけました。がっしりからだを押さえられているため、龍次は鼻で笑うだけです。


「どうなの、信作君?」


 みかんと目が合い、信作はすぐに視線をそらしました。ですが、もはや反論する気力は残っていませんでした。言葉を探すように視線は泳ぎ、結局はみかんのぱっちりした目に吸いこまれていくのでした。


「わかった……」

「じゃあ」

「違う、和歌月のことはまだ、考えさせてくれよ。とにかく、まずはヨーコさんの小屋へ行こう。ヨーコさんに話をしてからだ。和歌月のことは、そのときまで考えさせてくれ」


 煮え切らない態度に、龍次はチッと舌打ちをしましたが、みかんは上機嫌にわらってからうなずきました。


「ええ、いいわ。もちろんゆっくり考えてくれていいのよ。わたし、信作君のこと、信じてるから」


 くりくりしたかわいらしいひとみが、信作の目をとらえて離しませんでした。龍次はあいかわらず、きつい視線で信作をにらみつけていますが、やがて信作の上からどきました。信作はのろのろと立ち上がりました。


「ついてきてくれ、案内する」


 力のない声でそういうと、信作はのそのそと歩き始めました。みかんが幸せそうに目を細め、信作の腕に手をからめました。信作は顔をふせたまま、ヨーコの小屋へ向かうのでした。


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