その28
「で、信作、話ってなんだよ? 野球の練習があるから、早くしてくれよ」
信作よりも少し背の高い男の子が、面倒くさそうにいいました。バッドが入ったバッグを肩にかけ、きつい目つきで信作を見ています。
「龍次、お前最近、からだにうろこみたいなのができなかったか?」
「またその話かよ」
龍次はかぶっていた野球帽を、むぞうさに手で触りながら、わざとらしくため息をつきました。
「わけわかんないぜ。こないだもいったけど、別にそんなのできてないよ。話ってそれだけか? じゃあオレはもういくぜ。練習に遅れちまうよ」
歩き出す龍次の肩を、信作はぐいっとつかみました。
「なんだよ?」
「なかったんだな、本当になかったんだな」
「だからそういってるだろ。ホントにいったいなんなんだ?」
龍次がわずかに顔をしかめました。疑わしげに信作を見ています。
「それならいいんだ。龍次、もしこれからからだのどこかにうろこができたら、ぼくに教えてくれないか? いや、それだけじゃない。なにかおかしなことが起きたら、たとえば、遠くで歌が聞こえたりとかだ。そんなことがあったら、すぐにぼくに知らせてくれよ。いいな」
「いったいなんの話なんだ? おかしなことって、なんだよ? それに、歌が聞こえるって、お前こそおかしくなったんじゃないのか?」
まゆをひそめて、龍次は信作を見ています。信作は首をふりました。
「いや、大丈夫だ。でも、とにかくなにかあったら」
そのとき、二人に女の子が声をかけてきました。
「あら、二人でなんの相談かしら?」
「あっ、みかん、じゃなかった、伊集院!」
ふわふわのカールをかけた茶色い髪を、指でくるくるといじりながら、女の子が近づいてきます。暖かそうなタートルネックのニットに、キュロットスカートからのびる長い足には、黒いニーハイソックスをはいています。全体的に整った顔に、黒くぱっちりしたひとみが印象的です。ヨーコのような病的な白ではなく、健康的で真っ白な肌は、アイドル顔負けです。龍次はへへっとこびるように笑って、女の子に手をふりました。
「伊集院、ちょうどよかった」
アイドルのような女の子、伊集院みかんは、くりくりした目をいたずらっぽく輝かせています。
「信作君、ひさしぶり。さびしかったのよ。今年も信作君とは一緒のクラスじゃなかったし、みんな別のクラスになっちゃったから。たまには遊びに来てほしいわ」
すねたような甘い声で、みかんは上目づかいに信作を見ます。みかんが信作しか見ていないのに気がついて、龍次は強引に信作の前に立ちふさがりました。
「こんなやつほっといて行こうぜ、伊集院。信作のやつ、なんか変なことばっかりいってるんだよ。うろこがどうとか、歌がどうとかってさ」
「うろこ?」
きれいに整えられたみかんのまゆが、ぴくりと動きました。龍次の肩ごしに信作を見て、甘えるように問いかけます。
「信作君、うろこってどういうこと? 緑川君となにを話していたの? ねえ、教えてよ、信作くんったらぁ」
龍次を素通りして、みかんは信作のとなりによってきました。とまどう信作の服を、みかんがぐいぐい引っぱります。信作はあわてて、ベルトにはさんでいた『神殺しの剣』を押さえて、みかんに当たらないようにします。
「わ、やめろって、引っぱるなよ。そんなしなくたって、ちゃんと話すよ」
みかんから離れて、信作は小さくため息をつきました。みかんは上目づかいに信作を見つめています。龍次はそんなみかんを見て、信作を憎々しげににらみつけました。
「とりあえずじゃあ話すよ。信じられないと思うが、全部真実だ。それだけはわかってくれよ」
信作は声をひそめて、これまでのことを話し始めました。虹蛇のこと、ヨーコの話、それに桃子と藍のことも。二人とも、最初はぽかんとしていましたが、だんだんと顔がこわばっていきました。特にみかんは、かわいらしいほおから赤みが失せて、真っ青になっています。
「だから、なるべくぼくのそばにいてほしいんだ。ぼくのそばにいる限り、絶対に虹蛇には手出しさせないから」
最後の言葉は、まるで自分にいい聞かせるかのように、こぶしをにぎりながらつぶやきました。
「どうしてだ?」
「えっ?」
「お前、今までどうして、オレたちにそんな大事なことをかくしてたんだよ?」
龍次が声をふるわせながらいいました。信作はうつむいたまま、苦い顔をしています。龍次は信作の肩をつかんで、声を荒げました。
「なんとかいえよ、信作! お前、オレたちのこと、見殺しにする気だったのかよ? 二人も犠牲になって、今ごろのこのこ、危険だっていいにきたのか? 桃子や藍だったからよかったものの、みかんやオレだったら、どうするつもりだったんだ!」
「藍だったからよかっただと? おい、そんないいかたはないだろ!」
龍次の手をふりはらい、信作も龍次をにらみつけました。龍次はチッと短く舌打ちしてから、怒りをぶつけるようにどなります。
「うるせえ、お前がそれをいえるのかよ? それにオレは、お前のことなんて信じられない。信じてたまるか! ……はっ、そうか、わかったぞ、お前、おれたちをかつごうと思って、でたらめな話を考えたんだろう?」
信作は目をむきました。首をふって龍次にせまります。
「そんなはずないだろ! なあ、頼むから信じてくれよ」
「いやだね。万が一お前の話が本当だったところで、なんでお前なんかに守られなくちゃいけないんだ。自分の身は、それにみかんのことは、オレが守る!」
いい終わらないうちに、龍次は信作に飛びかかりました。ふいをつかれて、信作はその場に倒れこみます。おたけびを上げながら、龍次は信作がベルトにはさんでいた、『神殺しの剣』に手をのばしました。
「バカ! 呪われているのに、これに触れたらダメだ!」
信作は必死に『神殺しの剣』をかくそうとします。龍次は信作を押さえつけ、ぐいぐいと手をのばしてきます。
「ダメだっ! 龍次!」
ついに龍次の手が、『神殺しの剣』に触れてしまったのです。信作は思わず目をつぶりました。
「なんだよ、やっぱりうそだったんじゃないか」
「えっ?」
龍次は消えてしまうどころか、ぴんぴんしています。『神殺しの剣』を、まるで骨とたわむれる子犬のように、くるくるといじくっています。信作はピンときて龍次に聞きました。
「そうか、龍次、お前うろこがなかったっていってたな」
『神殺しの剣』を受け取ったときに、ヨーコがいっていた言葉を思い出し、信作はふうっと大きく息をはきました。
「さあ、返せ。おもちゃじゃないんだから。それに、ぼくの話はうそでもなんでもない。信じられないのはわかるけど、それでも信じてもらわないと」
「ふんっ、その手には乗らないぞ。お前の話じゃ、こいつに触れたら死んじまうんだろう? オレはまだ生きてるじゃないか」
「お前はまだうろこが出てないからだ。早く返せ。もし今うろこが出たら、それこそ消えてしまうぞ」
「うろこが、出ていたら?」
みかんがかぼそい声でつぶやきました。目を見開いて、身を震わせています。信作も龍次も、みかんの様子に気づいていないようでした。
「ほら、返せよ、どけってば!」
信作が取り返そうと、手をのばします。龍次はがっしり信作を押さえつけ、鼻で笑いました。
「やだよ。そんなおどし、誰が信じるかっていうんだ。それにしても、本当に見事な細工だな。骨董品みたいだ」
「信作君、さっきの話は本当なの? わたしたち、本当に呪われているの? 呪われている子に、うろこが出るって本当? 化け物に狙われるって、本当?」
口を手でおさえながら、みかんが信作にたずねます。龍次があざけるように笑いました。
「みか、じゃない、伊集院、そんなはずないだろ。どうせ全部でたらめだよ。オレたちを怖がらせようと思って、下手なうそついただけさ。それよりこれ、見てみろよ。きっとかなりの値打ちものだぜ」
龍次はみかんへと、『神殺しの剣』を放り投げました。
「きゃあっ!」
まるでネコのような俊敏さで、みかんがうしろに飛びのきました。
「おい、どうしたんだよ? 普通に投げただけだろ。そりゃあ、投げたことは悪かったけどさ」
みかんはその場にへたりこんだまま、ハーッ、ハーッと、荒い呼吸をしていました。
「やめてよ! あんた、わたしを殺す気なの? なんてことするのよ!」
みかんが金切声をあげました。龍次が傷ついたような顔でみかんに視線を送ります。その異常なまでの驚きように、信作は息を飲みました。
「まさか!」
龍次を思い切り突き飛ばすと、信作はみかんにかけよりました。龍次が信作の背中にどなります。
「いってぇな、なにすんだよ!」
「ちょっとだまってろ! 伊集院、お前もしかしてうろこが?」
ガタガタとふるえだすみかんの肩を、信作は両手でぎゅっと押さえました。その手をぎゅうっとにぎりしめて、みかんはしばらく呼吸を整えていました。
「伊集院?」
みかんはなにも答えずに右足のブーツを脱いで、そろそろと二―ハイソックスを下ろしていきました。右の足首を見て、信作は目をむきました。




