その27
藍が虹蛇におそわれたあと、どのように過ごしていたのか、信作も朱音もあまり覚えていませんでした。藍は原因不明の病ということで、今は救急病院で治療を受けています。信作も朱音も、お見舞いには行けませんでした。行ってもなにもできないことはわかっていましたし、なにより藍の、見開かれた目を見るのが怖かったのです。
ヨーコは藍のことを二人から聞いても、興味なさそうに軽くうなずいただけでした。きつねうどんの油揚げに、むしゃむしゃとかぶりつく姿を、二人はあっけにとられて見つめているだけでした。
「わたしたち、これからどうなっちゃうんだろう」
藍が虹蛇に襲われて三日後、放課後にぽつりと朱音がつぶやきました。信作はなにも答えませんでした。
「……あれは、信作君のせいじゃないよ。あんなに怖い神様だなんて、みんな知らなかったんだもん。そんなに苦しそうな顔をしないで」
「でも、ぼくはまた守れなかった」
「そんなことないよ!」
教室に残っていたクラスメイトたちが、不審そうに朱音を見ます。朱音は恥ずかしそうにうつむきました。
「信作君は、わたしたちのこと、たくさん守ってくれたよ。わたしも、それにきっと藍ちゃんも、本当にうれしかったの。だから、そんな悲しそうにしないで」
「和歌月」
信作の視線を、朱音はしっかりと受け止めています。藍がいたときの、おどおどした朱音とは明らかに違います。信作はとまどったように頭をかきました。
「そうだよ、わたしたち、信作君にいっぱい助けてもらったよ。だから、信作君も自分のことを責めないで」
信作は何度かまたたきして、朱音の顔を見つめました。朱音はまるで藍のように明るい口調で、信作にいいました。
「さ、行きましょう。ヨーコさんの部屋、今日こそきれいにしてあげないと」
「なあ、和歌月」
「えっ、なに?」
信作に呼び止められて、朱音はランドセルをせおうのをやめました。信作は複雑な顔をして、朱音に切り出しました。
「あのさ、話があるんだ」
目をふせる信作を見て、朱音はわずかにたじろぎました。
「話って、なに?」
「龍次と伊集院のことなんだけど」
朱音の表情がくもりました。さっきまでの明るい朱音はどこかへ行って、いつものおどおどした朱音に戻ってしまいました。ですが、信作はかまわず話を続けました。
「虹蛇がものすごい危険な奴だってこと、今さらだけどぼくは思い知ったんだ。だからこそ、みんなで協力し合わないといけないと思うんだ」
「じゃあ、緑川君と、伊集院さんにも声をかけるの?」
朱音の目がゆらぎました。朱音の様子には全然気づかない信作は、熱のこもった声で続けました。
「そうだ。ぼくはもう誰かを失うのはいやなんだ。自分が守れる人たちは、みんな守りたいんだ。あおいや、藍のような人たちを見るのは、もういやなんだ」
「……それが、いじわるないじめっ子でも?」
朱音の言葉に、信作は目をむきました。こぶしをぎゅっとにぎって声を荒げます。
「和歌月、お前!」
しかし、朱音はキッと信作をにらみつけたのです。いつもは目をふせてだまる朱音が、わなわなとこぶしをふるわせています。
「おい、和歌月……?」
「わたしはいやだよ! 信作君は、なにも知らないからそんなこといえるんだわ。わたしがあの二人から、どんなことされてたか!」
朱音が大声でどなりました。押さえていたものが爆発するかのように、朱音は止まりませんでした。
「いつもいつも髪の毛つかまれて、引っぱられて! 『サッカーボールだ』っていわれていっぱいけられて! 助けてっていっても、誰も助けてくれなくて! みんな無視するし、先生に相談しても、みんながいじめなんてないって、わたしがうそをついているって先生をだまして! それで、チクっただろってまたたたかれて! そんなことされたのに、それなのに助けるの? ひどいことする、いじめっ子なのに!」
信作が信じられないといった顔で朱音を見ています。朱音はぎゅっと、スカートのすそをにぎりしめたままうつむいています。信作はあぜんとして、ぽつりとつぶやきました。
「和歌月、お前」
朱音はなにもいいませんでした。信作と目を合わせないようにうつむいて、肩をふるわせています。信作はさとすように続けました。
「前に、お願いしたじゃないか。ぼくは和歌月だけじゃなくて、龍次も伊集院も、みんなを守りたいんだ。お前だって見ただろ、藍がどうなったかを。あんな思い、もうしたくないだろ」
「でも」
朱音は顔をふせたまま、だまってしまいました。もうクラスメイトたちはみんな帰ってしまったのでしょう、教室に残っていたのは信作と朱音の二人だけでした。校庭から、生徒たちの笑い声が聞こえてきます。
「和歌月は、どうしても二人を助けることがいやなのか?」
「そうじゃないけど」
煮え切らない朱音の言葉に、信作は小さくため息をつきました。感情のない声で朱音に告げます。
「それじゃあ、先にヨーコさんの小屋に行っててくれないか。ぼく、やっぱり二人にいいにいくよ」
「えっ、そんな。信作君、待ってよ!」
しがみつこうとする朱音を振り切って、信作は足早に教室を出ていきました。一人残された朱音は、ぼうぜんと立ちつくすしかありませんでした。
――わたし、信作君を怒らせちゃった――
遠くでカラスの鳴き声がしました。ビクッと身をふるわせると、朱音は耳をすませました。大好きだったはずの歌が、聞こえないことを祈りながら。




