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その26

「消えろぉぉっ!」


 青い閃光が空を引き裂きました。蛇たちが一気にはじけて消えていきます。


「まだまだっ、おらっ!」


 くるっと一回転して、信作は『神殺しの剣』を振り回します。赤い空がさけて、青空がいくつもいくつも生まれていきます。その間にも、『アンディゴ』の曲は大きくなります。汗をまきちらすように手をふりまわして、信作は最後の蛇の群れに、『神殺しの剣』をふるいました。紫色のちりとなって、蛇たちは消えていきました。血の色をした夕焼けに、青い空が飲みこまれていきます。


「はぁ、はぁ……。今度こそ、追い払ったみたいだな」

「危なかったね。でも、どうして今日だけ二回も襲ってきたのかな?」


 地面につっぷしていた藍が起きあがって、信作のとなりにかけよりました。『神殺しの剣』をにぎっていたので、信作のうではとらずに、あたりをきょろきょろします。


「わからないけど、油断しちゃだめだってことだけはわかったよ。早いとこ、ここを離れよう。ほら、和歌月、行くぞ」


 信作が声をかけましたが、朱音はがたがたとふるえて、うずくまったままでした。


「和歌月?」


 信作はしゃがみこみ、朱音の顔をのぞきこみました。真っ青な顔をしています。


「曲が、『アンディゴ』の曲が、すぐ近くに」

「おい、なにいって」


 ドサッと、くずれおちるような音がしました。はじかれたように信作は立ち上がりました。


「なんだ、おい、藍! しっかりしろ、藍!」


 信作のうしろで、藍が倒れたのです。細い目が、カッと見開かれています。信作は何度も藍をゆすります。


「おい、藍、返事しろよ!」

「し、んさ、く」

「藍、大丈夫か?」

「わた、し、もう、だめか、も」


 しぼりだすような呼吸音とともに、藍が一言ずつ言葉をもらします。信作は激しく首をふりました。


「そんなこというなよ! 大丈夫だから、ぼくがなんとかするから、だから!」


 信作の顔がくしゃくしゃになっています。見開かれた藍のひとみがゆらぎました。


「ばち、が、当たったの、かな」

「藍、もうしゃべるな」

「わたし、ね、あおいのこと、助けられなかったこと、ずっと、後悔してて。だから、朱音を、朱音だけでも、守ろうって」

「ああ、お前はちゃんと和歌月を守ってたじゃないか! あおいだって許してくれたさ、だから!」


 信作は藍の肩を抱きしめました。藍の目からは、少しずつ光が失われています。


「でも、わたしがやったのは、ただの罪滅ぼし、だったんだって。けっきょく、朱音のことを、わたし、考えてなんていなかった。ただ、自分が、救われたいだけで……」

「藍? おい、藍、藍! しっかりしろ、そんな、そんな」


 見開かれた藍のひとみから、光が完全に消えていきました。代わりに、首のうしろが、青く光っています。うろこが不気味に輝きはじめました。


「信作君、あそこ、あれ!」


 朱音の悲鳴が耳に入っても、信作はうなだれたままでした。ポニーテールをかきわけ、藍のうろこだけを見つめています。ですが、藍のうろこはだんだんと輝きを失い、最後には完全に消えてしまいました。


「我ノ色ダ」


 ゆっくりと信作は顔を上げました。血の色にそまった夕日が、地面に飲みこまれていきます。完全な闇となった空の真ん中に、その声の主はいました。けばけばしい何色もの色が、ぬらぬらと夜の空をただよっています。


「我ノ色、戻ッタ」


 うめくような、耳ざわりな声でした。まがまがしい虹色のうろこに、空をおおいつくすほどの巨体は、今までの化け物と比べ物になりませんでした。


 ――こいつが、こいつが虹蛇だ。この剣で切れば、みんなを助けられるんだ――


 信作は『神殺しの剣』をにぎりしめたまま、少しも動くことができませんでした。全身が凍りついたかのようです。息がうまくできず、ヒュッ、ヒュッと、つまるような呼吸音がします。


「ソナタハ、ソレニソノ剣」


 虹蛇はゆっくりと目を細めて、頭をじっと信作のほうへおろしてきました。チロチロと見える二股の舌も、やはり何色もの色でできています。虹色の目ににらみつけられると、まさに蛇ににらまれたカエルといった様子で、信作は金縛りにあったかのようにすわりこんだままでした。


「我ガ、恐ロシイヨウダナ」

「くっ、誰が」

「ドウシタ、我ヲ切ラヌノカ」


 虹蛇が信作を見おろしました。右手を動かそうとしても、金縛りにあったかのように動きません。『神殺しの剣』が、手のひらを焦がすように熱くなっています。


「ひっ……」


 朱音の悲鳴が聞こえました。気絶したのでしょうか、うずくまったまま、ぴくりともしません。


「呪ワレシ剣、キャツノシワザカ」


 虹蛇はちろりと、二股の舌を出しました。汚らしい何色もの舌を見て、信作も呼吸がうまくできなくなってきます。苦しそうにヒュッ……ヒュッ……と息を吸う信作を、虹蛇は満足そうに見つめました。


「ダガ、ソレモフルエナケレバ無意味ナモノダ」


 虹蛇はゆっくりと顔を動かし、今度は朱音へと視線を移しました。気絶した朱音をにらみつけ、虹蛇は一瞬かみつきそうに牙をむき出しにしましたが、すぐに口を閉ざしました。


「ソナタハ、最後。絶望ニ染マリシソナタノ魂ヲ喰ラエバ、『わたし』ハ……」


 虹蛇は朱音を見すえながら、じわじわと、闇にとけるように浮上していきました。


「待て!」


 ようやく動けるようになった信作は、急いで『神殺しの剣』を抜き、虹蛇に向かってふりおろしました。闇が切りさかれ、青い空が一瞬見えました。


「マタ会オウ、呪ワレシ剣ヲ持ツ者ヨ。サラバダ」


 虹蛇の姿は、すでに消えていました。マギエラの曲も、いつのまにか聞こえなくなっています。


 ――ぼくは、また守れなかった――


 『神殺しの剣』をにぎりしめたまま、信作はぼうぜんと立ちつくすだけでした。


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