その25
「ふうっ、とりあえずこれで大丈夫だろ。二人ともけがはなかったか?」
「うん、ありがとう信作。さっきの信作、すっごくかっこよかったよ」
『神殺しの剣』をさやにしまう信作に、藍が一番にかけつけました。そのあとに、えんりょがちに朱音が近づきます。
信作たちがヨーコに出会って、二週間が経っていました。この二週間の間、虹蛇の手下たちは、何度も信作たちを襲ってきました。最初は全身汗びっしょりになって戦っていましたが、何度も剣をふるううちに、今ではおしゃべりできるほどに三人は慣れていたのです。
「おいおい、危ないからあんまり近寄るなよ。ヨーコさんの話じゃ、藍も『神殺しの剣』に触れたら、消滅しちゃうらしいからな」
「わかってるよ。信作ったら、心配性なんだから」
一緒に笑いあう二人から少し離れて、朱音が困ったように笑っています。
「ほら、朱音もそんなとこでさびしそうにしてないで、喜びなって。信作ずいぶん剣さばきも上手になったし、もうこれでわたしたちも安心だわ」
「でもまだまだだよ。四方八方から襲ってこられると、けっこう困るからな。もうちょっとこうズバッと、まわり全体に剣がふれたらいいんだけどな」
「そんなことないわよ。信作ホントにかっこよかったよ。マンガとかアニメの主人公みたいだし。信作がアニメの主人公になったら、わたしも声優になって、ヒロイン役とかできたらなあ」
信作が照れくさそうに、『神殺しの剣』をいじくっています。そのうでに藍が、さりげなく手をからませます。朱音は胸元のリボンを、ぎゅっとにぎりしめました。
「ねえ、もう行こうよ。もしかしたら、またあいつら、やってくるかもだし」
「大丈夫さ。二回連続で現れることなんて、今までなかったし。心配することないよ」
信作が手をふりながらいいました。
「そうそう、朱音ったら、心配性なんだから」
「それより藍、こないだのこと聞いてみたけど、大丈夫だったらしいぞ」
「えっ、そうだったんだ。よかった、わたしも気になってて、心配してたんだ。でもこれで気がかりもなくなったわね」
「えっ、なんの話?」
朱音が二人にたずねましたが、二人はまるで別の世界にいるように、朱音を無視して話しこんでいます。
「ああ、とりあえずホッとしたよ。龍次も伊集院も、うろこはまだ出ていないらしい。まだ事情をくわしく話せはしないけど、とりあえず落ち着いたらあいつらにも説明しなくちゃだな」
「あの、いったいなんの」
信作と藍の話についていけず、朱音がおどおどしています。信作も藍も、気がついていない様子でした。
「少なくとも龍次のやつは、守ってやらないとな。伊集院は、ぼくはあんまり好きじゃないけど、あいつ、昔はあおいと仲がよかったもんな。だから」
「ねえ、ちょっと」
「信作もあんまり好きじゃないんだね。わたしもみかんのことはちょっと苦手。けど不思議よね、みかんはなんで、あんなにあおいと仲がよかったのかな? 性格も反対なのに。あおいのおかげで、朱音をいじめるのやめてくれたんだけどね。ん? 朱音、どうしたの?」
藍がくるっとふりむきました。朱音は口を開きかけましたが、出かかった言葉をそっと飲みこみました。
「ううん、なんでもないの」
「どうしたの? 変な朱音。ほら、早く行こう。置いてっちゃうよ」
胸の中で、もやのように様々な感情がうずまいています。ですが、それをはきだせるほどの勇気は、朱音にはありませんでした。暗くうつむいたままの朱音をよそに、二人はどんどん先へ進んでいきます。
「あっ、待って。あれ?」
藍の手をにぎろうとして、ピタリと朱音がかたまってしまいました。
「ん? なに、朱音?」
「あ……その」
「ホントにどうしちゃったのよ、朱音ったら」
おかしそうに笑う藍を見て、朱音はくちびるのはしをゆがませました。どもりながらも二人に声をかけます。
「待ってよ、ねえ、藍ちゃん、信作君、あの、なにか聞こえない?」
「えっ?」
藍は目をつぶり、耳をそばだてました。細い目がわずかに大きく開きました。
「……うん、聞こえるわ。これって、マギエラの曲、よね。間違いないわ。マギエラの『アンディゴ』ね」
「『アンディゴ』って、確か」
「藍色って意味だわ」
藍の言葉に、三人は顔を見合わせました。どことなく空恐ろしく感じて、信作はさりげなくまわりに視線を配ります。
「でも、どこから聞こえてきてるのかしら?」
「きっとどこかの家で、大音量で流してるんじゃないのか? まだ夕方だし、そんな近所迷惑にならないだろうって。それより早く」
信作が口を閉ざしました。二人ともすばやく信作を見ます。信作はうなずきました。
「二人とも、ぼくから離れるなよ」
「まさか、またあいつらが?」
「わからない。でも、『神殺しの剣』が、また光ってるんだ。こんなこと、今までなかったのに」
「なんだか、いやな予感がするわ」
朱音が藍のうでにしがみつきました。藍もきょろきょろと空を見ています。
「油断するなよ、ぼくが合図したらすぐにふせるんだ」
夕日がずいぶんと遠くに見えます。赤く血を思わせる色でした。四月なのに、なまあたたかい風がほおをなでます。
「ねえ、曲が、だんだん大きくなってきてるよ」
「シッ! 静かに、声を出すなよ」
耳が痛くなる静けさに、『アンディゴ』の曲だけがゆるやかに流れていきます。信作の呼吸が、緊張でだんだんと荒くなっていきます。じわりと額ににじんだ汗を、信作は手でぬぐいました。
「今だっ、ふせろ、二人とも!」
さけびとともに、藍と朱音はバッと地面につっぷしました。




