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その22

「どうしたの、朱音?」

「藍ちゃん、あの、その、伊集院さんと、緑川君は、その」


 おどおどしている朱音を、信作が不思議そうに見ています。藍はあっと小さな声をもらしました。


「ごめん、朱音。そうだったよね」

「いったいなんの話なんだ?」


 信作が二人の顔を交互に見ます。


「それは」


 藍はちらっと朱音の顔を見ました。朱音はうつむいたままでしたが、かすかにうなずきました。


「朱音は、みかんのことが怖いのよ」

「えっ?」

「信作は去年、わたしたちとクラスが違ったでしょ。だから、あんまり知らないと思うけど、みかんたちは朱音のこと、いじめてたのよ。朱音って、ひっこみ思案なところがあるでしょ。だから、きっと狙われたんでしょうね。朱音、いまだにみかんのこと苦手なのよ」

「そうだったのか、ごめんよ、知らなかった」


 同情するように、信作が朱音を見ました。朱音はあわてて首をふります。


「ううん、そんなことないよ。ごめんね、心配かけて」


 三人の間に沈黙が流れました。藍はトランプを配り終えていましたが、誰もカードを見ようとしません。カチッカチッと、時計の針の音が聞こえてきます。


「でも、あの二人も関係があるだろ。ヨーコさんの話じゃ、かくれんぼに参加してた人間は、みんな呪われているってことだったし」

「そうね。いつかは二人にも話さなくちゃいけないことだし」


 朱音はうつむいたまま、じっとトランプを見ています。


「そうだろ、あの二人だって狙われる可能性がある。それなら、早いうちに話しておかないと」

「じゃあ、なんていうの? うろこを取り返しに、化け物が現れるなんていわれて、信じると思う? わたしたちだって、最初はヨーコさんのこと信じなかったじゃない。ホントのこというと、わたし、今でも信じられないわ」


 朱音がすがるような視線を信作に向けました。しかし、信作はその視線の意味に気づかず、首をふりました。


「でも、どのみちいわなくちゃいけないだろ。お札もないのに、あんな化け物に狙われたら絶対助からないよ」

「でも、わたし、伊集院さんも、緑川君も、怖いよ」

「怖いよって、そんなこといってる場合じゃないだろ」

「ちょっと、信作!」


 藍が目をつりあげました。なにかいおうとしましたが、信作は口を閉ざしました。


「朱音の気持ちもわかるわ。それにわたし、あの二人に話しても、わかってくれないと思う。それどころか、わたしたちがぐるになって、からかってるって思われるかもしれないわ」

「そんなことするわけが」

「わかってる、わたしたちはそんなことしないし、それにこれは本当のことだもんね。でも、あの二人の性格からすると、きっとそう思うんじゃないかってことよ。で、もしそうなったら、もう絶対信じてくれないわ。だから、慎重に話をしないといけないでしょ」

「それは、そうだけど」


 口を開きかけた信作を、藍はじろりとにらみつけました。信作はまた押し黙りました。


「だから、まずはヨーコさんに聞くのがいいと思うの。みかんと龍次のことは、ヨーコさんに相談してから決めましょう。今の状態じゃ、わたしたちだってなにが起きてるかいまいちわからないじゃん」


 早口になる藍を、信作は難しい顔のまま見ていました。


「まあ、そうだな。でも、どちらにしてもあの二人も守る。これは絶対だからな。いくら和歌月がいじめられてたっていっても、命に関わることだから。ぼくはもう、あおいみたいな犠牲者を出したくないんだ」


 信作に見つめられて、朱音は恥じ入ったようにうつむきました。藍が朱音の背中をぽんぽんとたたきます。


「大丈夫、ちゃんと朱音のことは、わたしが守ってあげるから」

「でも、意外だな。確かに伊集院はお嬢様っぽいところがあって、苦手だったけど、龍次はそんないじめるような奴には思えないけど」

「違うよ、緑川君も、とってもいじわるだよ!」


 朱音が突然どなったので、藍はもちろん、信作もビクッとしてしまいました。くちびるをぎゅっとかみしめて、朱音は顔をあげました。


「伊集院さんは、わたしのこと無視したり、悪口いったりしたけど、緑川君は、わたしのことたたいたり、髪の毛引っぱったりするんだよ。だからわたし、怖くて、怖くて……」


 赤茶色の髪を押さえつけて、朱音はおびえるように身をちぢめました。


「でも、このまま二人を放っておいたら、大変なことになるぞ。和歌月も見ただろ。池田、虹蛇に襲われたあと、ぜんぜん意識がもどらなかったじゃないか」

「それは」


 朱音の顔がゆがみました。なにかいおうとしますが、言葉が見つからないようです。信作も決まり悪そうにうつむきました。


「ごめん、本当はもっとやさしくいわないといけないんだろうけど」

「ううん、いいの。わたしがいけなかったから。そうだよね、わたし、自分のことばかりで、逃げてばっかりだった。ごめんね信作君」


 まだ不安そうな表情でしたが、信作を見る朱音のひとみは、しっかりしたものでした。険しかった信作の顔が、少しだけですがゆるみました。


「ありがとう、和歌月。ぼくも絶対和歌月のことを守るよ」

「ふふっ、信作、あんたもようやく信作らしくなったじゃん」


 藍にいわれて、信作はてれたように笑いました。


「さ、それじゃこの話はもう終わりにしましょ。ほら、朱音からよ、大富豪。早くカード出して」


 いつものふわっとした声に、朱音も思わず笑いました。気を取り直して、信作は配られたトランプをめくりました。手札でジョーカーが笑っています。


 ――何事も、なければいいけどな――


 部屋の中では、もの悲しいバラードがゆっくりと再生されています。信作がいったように、CDプレーヤーはおかしくなっているようです。ずっとマギエラの『アジュール』がリピート再生されていました。しかし部屋の中にいる誰もが、それが()()()()聞こえてくることに、気づくことはありませんでした。


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