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その21

 藍の親も朱音の親も、お泊り会には反対しませんでした。もともと信作たちは仲がよく、何度かお泊り会をしていたのです。子供たちなりに、あおいと最後のお別れをしたいのだろうと思ったのかもしれません。もちろん、遅くまでふらふらしていたことは、しっかり怒られてしまいましたが。


「おじゃましまーす!」


 元気よく信作の部屋に入ると、藍はそのままボフッと、信作のベッドにダイブしました。まくらに顔をうずめながら、はぁっと大きく息をはきます。


「はあ、やっぱり家の中が一番落ち着くね」

「いや、ここぼくの部屋なんだけど」


 信作はあきれ顔でツッコみます。朱音もふふっと笑いました。


「よかった、和歌月も少しは落ち着いたみたいだね」

「えっ?」


 信作にいわれて、朱音はハッと顔をあげました。信作の目が、少しやわらいでいるように思えます。


「あいつらに襲われてから、ずっとおびえた顔してたからさ。ごめんな、怖かっただろう」

「そんな、ううん、ありがとう。信作君、すごい頼もしかったよ」


 もごもごと口ごもりながら、朱音がつぶやきました。そんな朱音を藍はにやにやしながら見ています。ポニーテールをまとめていたシュシュを外し、髪を下ろして伸びをするすがたは、まるで自分の部屋でくつろいでいるかのようです。藍の長く豊かな黒髪を見て、朱音はそっと自分の赤茶色の髪をつまみました。今さらながら、はねた寝ぐせを直そうと、寝かしつけます。


「でも、ぜんぜん変わらないね、信作の部屋。四年のころに遊びに来たまんまじゃん」


 ベッドから降りると、部屋の中を藍がじろじろ見てまわります。信作はうなずきながら、ふわあっと大きなあくびをしました。荷物を床におろした朱音も、信作につられてあくびし、眠そうに目をこすりました。


「二人とも、もう眠いの? まだ九時にもなってないよ」

「だって、今日いろいろあったんだもん」


 朱音ののんびりした口調に、藍はムッとまゆをつりあげました。


「なによ、せっかくのお泊りだっていうのに、そんなぐったりしちゃって」


 とろんとした目で見る朱音に、藍は小さくため息をつきました。今度は視線を信作に向けます。


「信作は眠くないでしょ。まだ起きてられるよね」

「いや、ぼくもそろそろ眠いよ」


 大きく伸びをする信作に、藍はスッと近づきました。


「ん? どうした」

「お願い、もう少しだけ一緒に起きてて。わたしね、ホントはちょっと怖いの」


 朱音に聞こえないようにひそひそと、耳元で藍がささやきました。声がかすかにふるえています。信作は小さくうなずきました。


「わかった、ぼくも起きておくよ」


 信作の言葉に、こくりこくりと船をこいでいた朱音が顔を起こしました。


「信作君も起きてるの? じゃあ、わたしも」

「大丈夫か、和歌月。眠いなら無理しなくていいんだぞ」

「ううん、大丈夫」


 あくびまじりに朱音がいいます。藍が面白がってちゃちゃを入れます。


「朱音、ホントに無理しないでいいよ。わたしはけっこう遅くまで起きててなれてるけど、朱音は早寝早起きのいい子だもんね」

「だって、起きてないと藍ちゃん」


 朱音は口をつぐみました。藍も首をかしげています。朱音はバツの悪そうな顔で、信作を見ました。


「そうだ、起きてるんだったらさ、せっかくだしトランプでもしようよ。眠気覚ましになるかもだよ。わたし、大富豪なら負けないんだから」


 朱音の様子は特に気にせずに、藍が信作に聞きます。信作がうなずいたので、藍は鼻歌を歌いながら、本棚をがさがさとあさります。


「おいおい、あんまりいろいろ動かすなよ。それに、トランプはそこじゃないよ。ほら、そこのCDプレーヤーのとなり」


 ガタンッと大きな音がしました。信作がはじかれたように『神殺しの剣』を構えます。


「いったぁ。もう、信作ったら、いきなり大声出さないでよ。ほら、ぶつけちゃったじゃない」


 藍の間の抜けた声が聞こえて、信作はホッと『神殺しの剣』をしまいました。藍はひじを痛そうにさすっています。


「びっくりしたな、おどかすなよ」

「別におどかしたわけじゃ」


 部屋の中に、すんだ歌声がひびきました。軽快なリズムに、やさしい女性ボーカルの声が聞こえます。


「ああ、今のでCDが再生されちゃったのかな。けっこうそれガタがきてるから」


 どうやらCDプレーヤーから音楽が聞こえてきているようです。その曲を聴いているうちに、朱音の顔がくもりました。


「この曲、マギエラだ。マギエラの曲。『アジュール』だ」


 朱音がぽつりとつぶやきました。それを聞いて、信作も藍も言葉を失ってしまいました。どんよりとした空気が、三人の間に流れます。藍が本棚から離れて、信作に目を向けました。


「そっか、あおいも、マギエラ好きだったもんね」


 信作はなにも答えずに、静かに耳をすましていました。『アジュール』は、あおいがいつも聴いていた曲です。


「あいつ、ぼくが宿題してるときも、いつもCDを再生させて、うるさかったからよくけんかしたんだ。あおいは勉強もよくできてたから、宿題もすぐにすませてて、よくぼくのことからかってたっけ」

「信作、ごめんね」


 藍が信作の顔をのぞきこみます。長い髪がさらさらとゆれるのを、朱音はじっと見つめました。二人の視線にはまったく気づかず、信作はそででぐいっと目をぬぐいました。


「いや、いいんだ。ぼくのほうこそごめん。ただ、まだ信じられなくってさ。認められないだけかもしれないけど。あおいのことを気づいてあげられなくって、ずっと苦しんでいたのに、助けてあげられなかったことが」


 藍がスッと立ち上がり、信作のとなりにすわりました。


「わたしたちみんなの責任だわ。そんなに自分を責めすぎないで。わたし、ずっと信作のそばにいるから。一緒に罪をつぐないましょう。きっとあおいも、許してくれるわ」


 信作はゆっくりと顔をあげました。


「ごめんな、ありがとう。もう大丈夫だよ、落ち着いたから」

「よかった。さ、トランプしよう」


 声をはずませて、藍がトランプを手にとりました。


「朱音、トランプ配るよ。 どうしたの?」

「えっ、あ、ううん、なんでもない」


 しどろもどろになっている朱音に、藍が小声で聞きました。


「もしかして、他の子たちのこと、考えてたの?」

「えっ?」


 トランプを配りながら、藍は言葉を続けました。


「ほら、ヨーコさんの話だと、かくれんぼしてたときに、虹蛇が呪いをかけたんでしょ。あのときのメンバーって、わたしたちだけじゃなかったじゃん」

「あ、そういえばそうか」


 あごに手を当てながら、信作もうなずきます。トランプを配る手をとめ、藍は細い目をさらに細めます。


「あのときいたのは、わたしと信作、あおいに朱音、それから桃子でしょ。あと、そうそう思い出した、みかんと龍次だわ」


 朱音がビクッとからだをかたくしました。顔が真っ青になっています。


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