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その19

「なんだか……怖いね」


 帰り際、朱音がぽつりとつぶやきました。朱音は藍に、藍は信作の手にしがみついています。まだ町の灯は落ちていないとはいえ、夜の街はやはりいつもと別物に見えます。特に今日は、あれほど恐ろしい話を聞かされたのですから、なおさらです。しかもなぜか今日に限って、通りには信作たち以外誰も歩いていませんでした。ただただ足音がやみにこだまします。


「大丈夫よ、ヨーコさんから花の蜜を飲ませてもらったんだし、それにお札ももらったんだから」


 わざとらしく明るい声で藍がいいましたが、やはりその顔はいつもよりおびえて、暗い影がさしています。ポニーテールの髪も、疲れたようにだらんっとたれさがっています。じっと顔を見られているのに気がついたのか、藍は早口でつけくわえました。


「ヨーコさん、ちょっといじわるだけど、なんだかいい人みたいだから、ちゃんと守ってくれると思うよ」

「そう……だよね。うん、守ってくれるよね」


 朱音もこわごわうなずきます。それからはだれも口を開きませんでした。しばらく三人の間に沈黙が流れます。夜の闇のせいでしょうか、わずかに藍の顔がかげってみえます。朱音が声をかけようとしましたが、その前に藍が口を開きました。


「……わたし、まだ信じられないわ。あおいのことずっと忘れていたなんて。それで、平気だったなんて」


 重苦しい口調に、信作が小さく首をたてにふりました。藍と信作の横顔が、朱音には少し重なって見えました。


「藍、ぼくもそうだよ。あおいのこと、気づいてあげられなかったなんて……」


 信作は藍を、気づかうように見守っていました。雲の切れ目からたまに顔を出す月が、二人だけをやわらかく照らします。朱音は胸のあたりをぎゅっと押さえたまま、その様子をじっと見つめていましたが、やがてうわずった声でささやきました。


「でも、これでわたしたちなんとかなるのよね? もう怖い夢からも開放されて、いやな思いも」


 朱音がピタッと口を閉じたので、藍は首をかしげました。


「どうしたの、朱音? あっ、さては、驚かそうとしてるんでしょ。そうはいかないわよ」


 おどけるような明るい口調の藍ですが、顔はこわばっています。信作が緊張したおももちで、あたりにゆっくりと視線をはわせました。


「まさか」


 押しだまったまま、朱音は空のほうへ視線を向けています。信作も急いで空を見あげました。


「……なんだ、あれは!」


 藍も上を見て、思わず口をふさぎました。なんとか悲鳴を押しこみ、涙目で信作に顔を向けます。三人はそのまま固まってしまいました。


「二人とも、静かにしてろよ……」


 空を見あげたまま、信作が小声で注意しました。空いっぱいに、不気味な影がうごめいています。にょろにょろと、はいまわるようなその動きは、まさしく蛇です。ですが、普通の蛇とは違い、そいつらにはコウモリのような羽が生えていたのです。そしてその色のなんとけばけばしいことでしょう。絵の具を塗りたくったような色に、目がチカチカと痛みます。


「ひっ」


 声をもらす朱音を見て、信作がとっさにその口をふさぎました。


「落ち着け、和歌月、ぼくのそばにいろ。ほら、ぼくの手をつかんで。藍もだ。とにかく離れるなよ。ゆっくり、静かに逃げよう」


 朱音の口からそっと手をはなすと、朱音はこくこくとうなずきました。藍とは反対側にまわりこみます。藍も空をにらみつけたまま、信作のとなりに身をよせました。


「二人とも、剣を出すからさわるんじゃないぞ」


 二人が手をはなすのを見て、信作はバッグから、『神殺しの剣』を取り出しました。彫られていた漢字から、うっすらと淡い光が放たれています。


「あれが、虹蛇なの?」

「シーッ、しゃべっちゃダメだ。気づかれないように、静かに」


 羽の生えた蛇たちは、信作たちには気がついていないようでした。ふわり、にょろりと、空を泳ぎまわっているだけです。ですがもちろん、そのすがたはおぞましく、色付きのミミズが空中をはっているかのようなぞっとする光景でした。口をおおっていながらも、朱音が小さくつぶやきました。


「ヨーコさんがくれた花の蜜、本当に効き目があったんだ」


 藍もうなずこうとして、まゆをひそめました。驚かさないように小声で信作に耳打ちします。


「信作、あんたのその刀、なんだかだんだん光が強くなってない?」

「えっ、うわっ!」


 まるで亡霊のように、『神殺しの剣』が青い光をはなっていたのです。思わず声を出してしまい、信作はあわてて口をふさぎましたが、遅すぎました。ふらふらとただよっていた蛇たちが、いっせいに顔を向けたのです。目が鬼火のように、青白く光っています。


「ウゥゥ……シャァァッ!」

「逃げろっ!」


 三人はいっせいに走り出しました。シャアッとさけびのような、風を切る音が何度も聞こえてきます。しかし誰も、あえてふりかえろうとはしませんでした。


「ひゃっ!」

「あっ、朱音!」


 足がもつれて、朱音が派手に転びました。すぐに藍がかけよります。足をくじいたのでしょうか、起きあがれずに朱音は蛇を凝視しています。


「シャアッ!」


 朱音に向かって、蛇が突進してきました。藍が朱音をかばうように抱きかかえます。


「きゃあっ! ……あれ?」


 突進してきた蛇が、二人の前でいきなり吹き飛んだのです。目の前に青い火花がはじけ、バチンッという電撃の音が耳をつんざきます。


「いったい、なんだったの?」


 藍があたりを見まわしました。うずくまっていた朱音も、おそるおそる顔をあげます。飛びかかってきた蛇が、羽をぴくぴくさせてしびれています。ガウチョパンツのポケットが、熱く熱をおびているのに気がついて、朱音はポケットに手をつっこみました。


「これって、もしかして、お守りが守ってくれたのかな?」


 朱音はポケットから、ヨーコがくれたお札を取り出しました。お札はかすかに赤く光っています。


「和歌月、藍、早くこっちへ!」


 信作が二人のほうへかけてきます。藍が信作にどなりました。


「すぐ追いつくから、信作は先に行って! ほら、朱音早く立って!」


 藍に起こされて、朱音はお札をにぎりしめました。藍もポケットからお札を取り出し、二人は転げるように走り出します。


「それにしても、なんて数なの!」


 朱音と藍のうしろから、蛇たちが何度も襲いかかってきます。そのたびにバチンッバチンッと、青い火花が走ります。


「大丈夫か、二人とも!」


 二人に合流すると、信作は空を見あげました。羽の生えた蛇たちは、どんどん三人に向かって急降下してきます。蛇たちに体当たりされるたびに、朱音と藍を守る青い火花が、じょじょに弱くなっていきました。


「ねえっ、信作、これ、だんだんぼろぼろになってきてるよ!」


 藍が朱音の手を引っぱりながら、信作にお札を見せました。端のほうからチリチリと、お札がこげついています。


「おいおい、うそだろ」


 信作が目をむきました。またも蛇が三人に突撃してきます。青い火花が蛇をしびれさせましたが、蛇は抵抗するかのように空中でもがき、三人に牙をむきます。


「いやだよ、死にたくないよ!」


 朱音のさけびに、信作は覚悟を決めたように蛇をにらみつけました。


「くそっ! こうなったら!」


 信作は『神殺しの剣』をにぎりしめました。焼けつくような痛みが右手に走ります。いばらが食いこむかのような、たえがたい痛みです。それでも信作は歯を食いしばり、一気に剣を抜き払いました。


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