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その18

「それじゃみんな、目をつぶりな。しばらくじっとしてるんだよ」


 三人は静かに目を閉じました。なにをしているのかはわかりませんが、部屋の中の空気がかすかに、温かくなったように感じます。歌うような、節をつけたつぶやきが聞こえてきました。どこかはわかりませんが、外国の言葉のようです。


 ――なんだろう、どこかで聞いたことがあるような。もしかして、祈りの言葉――


 だんだんと歌は大きくなり、さけびのようになりました。頭のてっぺんが、チリチリとこすれる感じがします。


「ヨーコさん、もう」


 朱音の声も、ヨーコのさけびに飲みこまれます。耳鳴りがしてきました。からだがふるえて、吐き気もします。やがて……。


「目を開けてごらん。どうだい、思い出せただろう?」


 おそるおそる目を開けます。気持ち悪さがまだ残っていましたが、信作は顔をあげました。となりを見ると、藍もふるえていました。目がうるんでいます。


「信作、日記帳を見てごらん」


 うなずき、信作は日記帳を手にとりました。ぱらぱらとページをめくっていくうちに、顔から血の気が引いていきました。


「どうだい、わかっただろう。あんたが今まで、幻術にかけられていたってことが」

「あ……ああ……」


 それ以上なにもいえませんでした。となりで藍が、おえつをもらしています。信作も涙を止めることができませんでした。





『お兄ちゃん、どうしてわたしのことを無視するの? わたし、お兄ちゃんに何度も助けてっていったのに。お兄ちゃん、わたしのことをきらいになったの?』


『今日もわたしのことを、お兄ちゃんは見てくれなかった。わたしがいじめられていても、わたしが苦しんでいても、お兄ちゃんには関係ないんだ。お兄ちゃんにはなにも伝わらないんだ。もうわたし、お兄ちゃんのことを信じることができないわ』


『お兄ちゃん、もうわたし疲れちゃったよ。いじめられることなんて、本当はつらくもなんともない。でも、お兄ちゃんに無視されて、きらわれるのは本当にいやなの。ねえ、お兄ちゃん、お兄ちゃんはわたしが死んだら、泣いてくれる? 悲しんでくれる? それとも、わたしのことなんて忘れて、お墓参りもしてくれないのかな? ……さびしいよ……』





 日記帳には、あおいの苦しみの声が、気づいてもらえないさびしさが、ところどころにじんだ文字でつづられていました。


「どうやら幻術もとけたみたいだね。わかったかい? 虹蛇はあんたに妹を守られたら、やっかいだって考えたんだろう。あんたが妹のことを認識できないように、幻術をかけたのさ。すべては自分の欲望のためにね」


 ヨーコの言葉も、信作の耳には聞こえていないようでした。


「……ごめんよ、あおい。ぼくは最低なお兄ちゃんだったな。お前のこと、守ってやれなかったんだ。ぼくは、ぼくは……最低だ!」


 にぎりしめたこぶしから、血がにじんでいます。信作はその場にへたりこみ、頭を何度も何度もたたき続けました。


「最低なのはわたしだよ。大事な友達なのに、あおいのこと助けてあげられなくて、それどころか、あんなひどいいじめをしていたなんて。ごめんっ、ごめんねあおい」


 幻術がとけて、記憶が戻ったのでしょうか。藍が激しくむせび泣きます。自分がしたことが、あとからあとから頭の中をかけめぐり、その重さにたえきれずにおえつをもらします。けれどすべてが遅すぎたのです。それらはもはや、取り返しのつかない罪でした。


「藍ちゃん……」


 今度は朱音が横から、そっと藍の背中を抱きしめました。朱音も涙で顔がびしょびしょでした。


「これでわかったろ? あんたたちが相手にしている神が、とんでもないクソ野郎だって」


 ヨーコがはき捨てるようにいいました。誰一人、答えることはできませんでした。ヨーコは花の蜜をぐいっとあおり、一人台所へ向かいました。


「ほら、いいかげんにしときな」


 しばらくみんなが泣きふるえるのを、ヨーコは黙ってみていました。ですが、ついにドンッと音を立てて、ヨーコはテーブルに水筒を置きました。


「これであんたたちもどうするべきか、わかっただろ? 虹蛇を殺す。それ以外にあんたたちが生き残る道はない」

「ああ」


 信作はぎゅうっと『神殺しの剣』をにぎりしめました。青白い光が、炎のように信作の手をつつんでいます。ヨーコの目がわずかに細くなったことに、三人とも気づきませんでした。


「よし、それじゃあとりあえず今日は帰りな。もう外も真っ暗だし、あんまり遅くなるとあんたらの親も心配するだろ」


 朱音がすがるように、ヨーコを見あげます。


「大丈夫さ、花の蜜を飲んでるからね。虹蛇はおそっては来ないだろう。だが、やっかいなのは手下のほうさ。あいつらは鼻が利くからね」


 ヨーコはまたもや立ち上がると、たんすの中をがさごそとあさりだしました。


「どこにやったかねえ。あ、これだこれだ」


 ほこりをパンパンとはたきながら戻ってくると、ヨーコはテーブルの上に紙切れを二枚置きました。古ぼけていて、見たこともない漢字が書かれています。


「ほら、そいつを持っておきな。ぼろぼろだけど、由緒あるお札だよ。虹蛇はどうにもならないけど、手下くらいならなんとかできるよ。ああ、それとね、寝る前に、部屋の四隅に塩を一つまみばかり置いておきな。簡単だが、立派な結界の出来上がりだよ。夜中に襲われる心配はなくなるからね。念のため、そのお札はずっと、肌身離さず持っておくんだよ」


 朱音と藍は、まじまじとお札を見つめました。ヨーコはぼさぼさの髪を、ガジガジとかきながら、ぐいっと花の蜜をあおりました。


「信作、あんたはこいつを持って、この子らを送ってあげな」


 ヨーコが『神殺しの剣』を指さしました。


「それって、なにかあるかもってことですか?」

「さてね。なければいいが、幻術を解いたからね。虹蛇に気づかれているかもしれない」


 信作が硬い表情で、『神殺しの剣』を見つめました。朱音と藍も顔をくもらせています。


「そんな心配そうな顔をするんじゃないよ。この刀の力は本物さ」


 ヨーコがにやりと笑ってつけくわえます。信作は『神殺しの剣』を大事そうにバッグに入れながら、遠慮がちにいいました。


「ありがとう、ヨーコさん」

「なーに、礼はいらないよ。あたいにとっても関係あることだしね。さ、むだ話はこれくらいにして、あんたらはとっとと帰りな。もうずいぶん遅いからね」


 窓の外を見ると、すでに日は沈んで、夜の闇におおわれていました。ヨーコにせかされて、三人はあわててその場から立ち上がります。玄関から外に出て、朱音は空を見あげました。


「雨は降らないだろうけど、とにかくさっさと帰るんだよ。子供がこんな時間まで出歩いてると、なにかと物騒だからね」


 三人は素直にうなずいて、それからヨーコにぺこりとお辞儀しました。ヨーコは手をひらひらさせてうなずきました。


「明日もちゃんとあたいの家に寄るんだよ」

「わかってるわ。でもヨーコさん、もうちょっと部屋きれいにしててよね」


 藍がペロッと舌を出します。朱音は思わずふき出してしまいました。


「ふんっ、とにかく気をつけて帰るんだね」


 すねたような声でしたが、ヨーコは三人の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていました。


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