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その16

 バサバサッと、なにかが飛び立つ音が聞こえました。小屋の屋根に止まっていたカラスでしょうか。朱音が落ち着かない様子で、藍と信作を交互に見ています。ヨーコにうろこを洗ってもらった藍は、そっと立ち上がり、朱音のとなりにもどりました。藍がすわったとたんに、朱音はそのうでにしがみつきます。


「ヨーコさん、わたしは、その剣に触ったら消えちゃうんでしょ?」


 藍にくっついたまま、朱音がおそるおそる聞きました。


「ああ、そうさ。あんたも、藍も、触ったとたんに空気に溶けて消えてしまうよ」

「じゃあ、わたしたちはどうすればいいの?」


 ヨーコは信作に視線を移しました。なにかを考えているような赤いひとみで、信作を見ていましたが、やがて答えました。


「信作に守ってもらうしかないね。朱音も藍も、なるべく信作から離れないようにしな。あっ、それとこれからは帰りに、毎日うちに寄るんだよ。うろこを洗ってやるよ。毎日洗っておけば、少しは時間稼ぎもできるだろう」


 藍と朱音も信作を見ました。信作は『神殺しの剣』に視線を落としたまま、じっとかたまっています。


「信作?」

「ぼくは、正直まだ迷ってるよ。あおいのことだってあるし」

「信作君……」


 恥じ入ったような声で、朱音がつぶやきます。信作は朱音をちらりと見て、それから『神殺しの剣』へと視線を移しました。


「だけど、二人がねらわれてるんなら、ぼくしか助けることができないんなら、ぼくはやるよ。たとえ神が相手だろうと、もうあんな思いはしたくないから」


 信作は『神殺しの剣』をぎゅっとつかみました。つかんだ右手が、ふつふつと熱くなっていきます。『神殺しの剣』が、青白く光り始めました。


「『神殺しの剣』も、あんたのことを認めてくれたようだね」


 ヨーコが興味深げな目で見ていました。


「ただ、まだあんたにかかった幻術までは、破ることができていないみたいだね」

「えっ?」


 信作が顔を上げました。朱音も藍も、不安げにヨーコに顔を向けます。


「ああ、そっか、当然あんたにはまだわかんないよね。幻術にかかっているってこと」


 ヨーコはにやりと笑い、茶わんのふちをぺろりとなめました。真っ赤な舌が、まるで生き物のように見えます。


「ヨーコさん、どういうことなんですか。信作君も、なにか呪いにかかってるんですか?」

「呪いではないよ。もし具現化した呪いにかかっていたら、『神殺しの剣』に触れた瞬間に消滅していたよ。信作がかかっているのは、呪いではなく幻術さ」


 朱音も藍も、目をぱちくりさせています。やがて藍がたずねました。


「それって、なにがどう違うのさ」

「大違いだよ。呪いは相手を蝕むものだけど、幻術は相手を惑わすものさ。っていっても、あんたらには難しすぎて、わかんなくなるだろうけど。とにかく、信作もまだ万全な状態じゃないってことさ。……あんた、妹がいるんだろ?」

「どうしてそれを」

「しかも双子だね」

「なっ」


 信作が目を見開きます。ヨーコはキンキン声で笑いました。


「見えるのさ。今あんた、『神殺しの剣』を持っているからね。幻術が浮かびあがっているから見やすくなっているよ。で、そこにあんたに似た女の子が見えたから、こりゃあ双子だなって思った。それだけだよ」


 『神殺しの剣』が、さっきよりも熱くなった気がします。なぜかしかられたような気がして、信作は顔をしかめました。


「とりあえず、順を追って説明しようか。あたいはそういうのが見える人間なのさ。普通の人間なら見えないようなものが見える。この赤い目の呪いだよ。今も見えるよ。あんたとうりふたつの女の子のひとみが、奴のうろこと重なっているのが」

「あっ、それって、わたしが見た夢と同じだわ」


 朱音の顔から、血の気が引いていきました。ヨーコは朱音の顔を、楽しむように見ています。


「そうさ、朱音、あんたにも見えているだろうね。あんたの呪いが、もっとも強いみたいだから」

「えっ?」


 おびえる朱音に、ヨーコは説明を続けます。


「虹蛇がうろこを使って人間を操るってのは、さっき話しただろう。そのうろこと、信作の妹の目が同化しちまったらしいね。なんでかは知らないけど。だから虹蛇は妹を殺そうとした。信作は気づけなかっただろうけど、あんたは気づいていたんだろ。妹のひとみが、緑色に変わっていたことに」


 朱音は、なにもこたえることができませんでした。口を手でおおったまま、かたまっています。信作もじっと朱音を見つめています。


「いったい、どういうことなんだ?」


 信作がとがめるような口調で朱音を問いただします。朱音は答えられずに、しどろもどろになるだけでした。


「それは、その」

「なあ、教えてくれよ、和歌月。あおいになにがあったんだ?」


 信作にせまられて、朱音はうつむいてしまいました。藍がかばうように間に割って入りました。


「ちょっと信作、落ち着きなさいよ。そんな怖い顔でいわれたら、朱音だって話すにはなせなくなるじゃない」

「だけど」


 なにかいおうとする信作を制して、藍は朱音の肩をそっと抱き寄せました。


「ほら、大丈夫だから、ね。朱音、いったいなにがあったの? わたしたちに、話してくれる?」


 おどおどと藍の顔を見あげながら、朱音はぽつりと問いかけました。


「藍ちゃんも、気づいていなかったの?」


 藍はぽかんとしています。朱音は二人の顔を交互に見ました。ヨーコにも目をやります。ヨーコはあいかわらず、おもしろがるように笑っています。


「だって、だってわたし、本当に心配していたんだよ! あおいちゃんの目が、急に緑色になったから、だから」

「緑色だって?」

「朱音、なにいってるの? あおいの目って、黒かったじゃない」


 口々にいう二人に、朱音は必死に訴えかけます。


「違うよ、本当に緑色になったの! それで、あの目を見てたら、急に怖くなって、それで」


 すがるように、朱音は信作を見ました。信作はみけんにしわをよせています。


「それでそのあおいちゃんをいじめた。そうだろう?」


 ヨーコの言葉に、朱音は目を見開きました。くちびるをぷるぷるとふるわせて、なにかいいたげでしたが、言葉は出てきません。そのまま朱音は、うつむいてすすり泣き始めました。


「ちょっと、そんなこといわないでよ! 朱音、大丈夫よ、泣かないで。朱音は操られていただけなんだから」


 はげますように藍が朱音の背中をなでましたが、朱音は静かに首をふりました。寝ぐせがゆれましたが、気にも留めずに続けました。


「でも、ヨーコさんのいうとおりかもしれない。わたし、あんなに助けてくれたのに、あおいちゃんのこと、怖いなんて思って」


 信作が顔をあげました。朱音と目が合い、朱音は消え入るような声であやまりました。


「信作君……ごめんなさい」


 信作はなにもいいませんでしたが、その目はうるんでいて、みけんのしわは消えていました。


「ま、そういうことさ。とにかく虹蛇はあんたたちを操った。自分のうろこを、自分の色を取り戻すっていう、くそみたいな理由でね」


 はきすてるような口調でヨーコさんがいいました。だれもなにもいいませんでした。風が窓をガタガタと鳴らす音しか聞こえませんでした。


「やっぱり、あんなところでかくれんぼなんかしたから、罰が当たったのかな」


 ぽつりと朱音がつぶやきました。しかし、それを聞いたヨーコが目をむいたのです。


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