その13
「神様?」
三人が同時に声を上げたので、ヨーコはキンキンした声で、おかしそうに笑いました。笑いながら説明を続けます。
「そうさ、あんたらも知ってるだろ、この国には大昔から、それこそ数えきれないくらいの神様がいた。で、虹蛇もそんな神の一種なのさ」
「虹蛇?」
信作の疑問に、ヨーコはぼさぼさの長い髪をガジガジとかいて答えました。
「虹蛇ってのが、その神の名前だよ。世界中の色を、自らのうろこに取りこんでいる恐ろしい蛇の神様さ」
「でも、そんな神様、聞いたことないわ」
藍の言葉に、ヨーコはバカにしたようにクックと笑います。
「八百万の神、って言葉は聞いたことあるだろ。あんたはその神の名前を、全部知っているのかい?」
少し考えてから、藍は首をふりました。ムッとくちびるをとがらす藍を見て、ヨーコはフンっと鼻を鳴らしました。
「この国には、数多くの神々がいる。その中には忘れられたやつらだってたくさんいるのさ。虹蛇もそうだ。っていっても、正直あたいも、あいつの本当の名前は知らないんだ。古の神々と同じように、本当はとんでもなく長い名前があるはずなんだが」
ふうっと小さく息をもらして、ヨーコは肩をあげました。
「ま、別に名前はどうだっていい。重要なのは、あいつが色にものすごい執着しているってところだ。それこそ名前通りにね。ちなみにあんたたち、この国にはいくつ色があるか知っているかい?」
ヨーコに聞かれて、三人は顔を見合わせました。藍が首をひねりながら色を上げていきます。
「うーん、赤、青、黄色、緑、白、黒、オレンジ、紫、ピンク、金、銀……。そんなのわかんないわ。ほら、黄緑とか、薄紫とかも入れると、いっぱいあるんじゃないの」
「あんたたち人間が名前をつけた色は、そうだね、諸説あるけど、だいたい数千色はあるらしいよ」
三人は言葉を失いました。驚いた顔を見て、ヨーコは得意そうにうなずきます。
「だがね、虹蛇はそれをさらに超える色を持っている。自分の体にさ。うろこに、牙に、そのからだをめぐる血に、そしてひとみに、億を超える色を持っているのさ」
みんななにもいえませんでした。圧倒的過ぎて、想像すらすることができません。ヨーコは話を続けました。
「ま、そんなのはどうだっていい。別にあいつが趣味の悪い色のかたまりだろうと、そんなことはどうだっていいのさ。真に危険なのは、あいつはそれだけの色を持ちながら、まださらに色を集め続けているということだ。そして、色を集めるためなら、だれかれかまわず呪い殺す。それが虹蛇という神のすがただ」
「ひっ!」
朱音が悲鳴をあげました。ヨーコは朱音をじろりとにらみつけました。
「そういうものなんだよ。神っていうのは、本来恐ろしいものなのさ」
遠くを見ながら、ヨーコはそこで言葉を切りました。ガタガタと、風が窓をゆらします。朱音が外をちらりと見ました。
「でも、神様がどうしてわたしたちをおそうんですか? わたしたち別に、悪いことなんてなにもしていないよ」
藍がすねたように文句をいいます。ヨーコはぼさぼさの髪をガシガシかいてから答えました。
「さあねえ、あたいにはわかんないよ。神様ってのは、どいつもこいつも勝手気ままなやつばかりだからね」
ヨーコは肩をすくめました。藍も朱音も、暗いひとみでヨーコを見ています。
「まあでも、あんたたちをねらっているのは間違いないよ。その二人のうろこ、それがその証拠だからね」
藍と朱音は、それぞれ自分のうろこに手を触れました。心なしか、うろこが少し熱を持っているように感じます。
「じゃあ、このうろこって」
ふるえる声で藍が聞きます。ヨーコは意地の悪い笑みを浮かべました。
「そうだよ、今あんたが考えている通りだ。そいつは虹蛇のうろこだよ」
「そんなっ!」
藍がおびえたように声を上げました。朱音は藍のうでにしがみつきます。しかし、ヨーコはつり目を細めて続けました。
「怖がるにはまだ早いよ。さっきいったように、虹蛇は自分のからだに、世界中の色を取りこんでいる。そんな神のうろこだからね、一つ一つにも、とてつもない呪力が宿っているのさ。たとえば、そのうろこで他の生き物を支配したりとかね」
「支配するって、そんなことができるのか?」
信作が目をむきました。ヨーコの赤い目が、信作の顔をとらえました。
「あたいも一応巫女さんだからね。こういうことにはくわしいのさ。まああんたたちのうろこを見たところ、もう呪力はほとんど抜けているみたいだね」
藍の首と、朱音の左腕を交互に見ながら、ヨーコはうなずきました。
「でも、呪力が抜けてるってことは、もう安全、ってことなの?」
すがるように朱音が聞きましたが、ヨーコは首を横にふりました。
「ううん、その逆さ。なぜかは知らないけど、虹蛇はあんたたちを操るために、あんたたちにうろこをとりつかせた。そのうろこからは呪力が消えている。もうあんたたちにとりつかせている必要がないってことだ。ということは」
「操る必要がなくなったから、その虹蛇って神様が、取り返しにくるってことか」
信作の言葉に、ヨーコは軽く口笛を吹きました。藍と朱音はおびえたように身を寄せ合い、信作は口を真一文字にしてヨーコをにらみました。ぼさぼさの髪をがしがしっとかいてから、ヨーコはうなずきました。
「ま、その通りさ。うろこ一枚だけで、人間を操れるほどの化け物だ。そんなやつが本気を出せば、いつでもうろこを回収できるだろうね。だから、あのじいさんもあんたたちを神社に入れなかったのさ」
「でも、どうして? それこそ神社には神様がいて、守ってくれるんじゃないのか?」
信作にいわれて、ヨーコはあのキンキン声で笑いました。顔をしかめる信作に、ヨーコは手をひらひらさせて答えました。
「ああ、ごめんよ。でも面白かったからね。そうか、あんたたちは神をそんなふうに思っていたんだね」
「だって、人間を守ってくれるから、神様はまつられているんじゃないのか? 願いをかなえてくれるから、初詣とかにも行くんじゃ」
「神はそんなふうに、あんたたち人間にとって都合のいいもんじゃないよ」
鋭い声でヨーコが反論しました。ショックを受けたように信作はヨーコを見あげました。ヨーコは信作から顔をそむけて続けました。
「虹蛇は神でも、とんでもなく恐ろしい『荒ぶる神』だ。あんたたち、『御霊信仰』って言葉は聞いたことあるかい?」
「ごりょう、しんこう?」
顔を見合わせる三人に、ヨーコは説明しました。
「御霊信仰ってのは、まあ簡単にいうと、人間の手には負えないようなとんでもない悪霊や、恨みを残して死んだ怨霊なんかを、神様として祀ることで、たたりを逃れようとする信仰のことさ。うまいことたたりを逃れるようにはなっちゃいるが、結局これに代表されるように、この国にいる神々ってのは、人間の役に立つようなやつばかりじゃないってことさ。いや、むしろ人間なんてどうでもいいって神のほうが多数派だよ」
「そんな……」
裏切られたような信作の顔を見て、ヨーコははぁっとため息をつきました。
「神様なんてのはそんなもんさ。人間に恵みを与えるだけでなく、害を与えることもある。基本的にこの国の神は、自然から生み出されたものが多いからね。自然ってのは、恵みを与えると同時に命も奪う。地震や台風なんかはその典型だ。ま、だから人間はそんな罰が当たらないように祈り続けるんだろうけどね」
まったくバカな種族だよと、ヨーコは自虐的に笑いました。




