その1 ~プロローグ~
黄色く色づいたイチョウの木が、かさかさと風でこすれています。遠くの山から、バサバサとカラスの群れが飛び立ちました。取り残されたツクツクホウシの、さびしそうな鳴き声が、神社にこだまします。
「さーん、しー、ごー……」
さびれた境内には、ランドセルが七つ、むぞうさに放り出されていました。こけむしたおさいせん箱の前で、顔をかくしたまま男の子がうずくまっています。
「しーち、はーち、きゅーう……じゅう! もういーかーい?」
「まーだだよ!」
「……じゅういーち、じゅうにー……」
鳥居の近くに、少し赤茶色の髪をした女の子がいました。顔をこわばらせて、きょろきょろとあたりを見わたしています。
「朱音ちゃん、こっちこっち! ほら、こっちだよ!」
神社のはしにある、大きなイチョウの木のかげから、声が聞こえました。
「あっ、あおいちゃん!」
朱音はイチョウの木へと走りよりました。赤茶色の髪が背中でゆれています。イチョウのかげには、青いカチューシャをした、髪の長い女の子が立っていました。あおいと呼ばれた女の子は、朱音に手まねきしました。
「ありがとう、あおいちゃん」
「ここならきっと見つからないよ」
あおいは、イチョウのかげにすわりこみました。朱音はおどおどして、なかなかすわりません。えんりょがちに、あおいを見ています。
「ほら、早く」
あおいがぎゅっと手をにぎりました。朱音はほっとしたようにうなずき、ようやくとなりにすわりました。
「お兄ちゃん、けっこう勘が鋭いから、絶対動いちゃだめよ、しゃべってもだめだからね」
「うん」
イチョウのかげにうずくまって、あおいと朱音はじっと身をちぢめました。いつのまにか、ツクツクホウシの鳴き声がやんでいます。ときおりさわさわと、イチョウの葉がすれる音が聞こえるだけです。しめ縄をまかれたイチョウの木は、不思議な美しさを感じます。
「こんなとこに神社があったなんて、知らなかった。いっぱい隠れるところがあるし、かくれんぼにはもってこいだよね」
「でも、なんだかさびしくって、ちょっと、怖いかな」
朱音がきょろきょろと、神社をながめまわしました。
「あれっ?」
「どうしたの?」
朱音が手水場のあたりに、くぎづけになっています。
「なにかあったの?」
「うん、なにか、黒くて長いかげが見えたような」
「朱音ちゃんったら、怖がりなんだから。見間違えよ、きっと」
バサバサッと大きな音がして、すぐとなりの森から、たくさんのカラスが飛び立ちました。ひゃっと悲鳴を上げて、朱音があおいに飛びつきます。
「なに、今の?」
あおいは急いで空を見あげました。イチョウの葉っぱのかげに、長いしっぽが見えたような気がします。
「びっくりした。なんだろう、今の。ねえ、あおいちゃん?」
「大丈夫、なんでもないよ。ほら、カラスが飛んでっただけだから」
朱音はまだあおいにしがみついたままです。あおいは朱音の背中を、そっとさすりました。
――さっきのしっぽ、見間違いよね――
あおいは顔をこわばらせたまま、もう一度イチョウの木を見つめます。ビュウッと、強い風が吹き荒れて、イチョウの葉がバサバサバサッと音を立てました。何枚ものイチョウの葉が、あおいに降りかかりました。
――我ノ色ガ――
「わわっ! なに?」
「あおいちゃん、大丈夫?」
あおいは黄色い葉っぱを、バタバタと振り落としながら、ちょっと顔をしかめました。
「もう、びっくりしたぁ。毛虫とか、落ちてきてないよね?」
「えっ、毛虫? ひゃあっ!」
「ちょっと、朱音ちゃんったら。ごめんごめん、大丈夫だから。毛虫なんていないから、ほら、そんなおびえないで」
「あ、うん……」
「それより朱音ちゃんこそ、大丈夫? 葉っぱかからなかった?」
「うん。大丈夫だよ」
「そっか、よかったぁ」
あおいが安心したようににっこりしました。朱音もうれしそうにあおいを見あげました。そのまま朱音の顔がこわばりました。
「朱音ちゃん? どうしたの?」
朱音が目を見開いたまま、かたまっています。あおいは首をかしげました。
「あおいちゃん……? あおいちゃん、大丈夫?」
朱音はあおいの目をじっと見つめています。
「えっ? なに? まだ、葉っぱついてたかしら?」
「あおいちゃん? えっ、じゃあ、なんともないの? その、痛かったり、そんなこと、ない?」
あおいの表情が少しくもりました。
「どうしたの? 別に、なにも変わったことないけど」
イチョウの葉が、がさがさとせわしなくこすれています。お日さまはもうしずんでしまったのでしょうか、あたりは暗く、かげになっています。
「きゃあっ」
朱音が悲鳴をあげたので、あおいもビクッとからだをふるわせました。
「朱音ちゃん、どうしたの?」
朱音はこたえませんでした。左手を押さえてちぢこまっています。
「朱音ちゃん?」
「ナンデモナイ」
「えっ?」
朱音の左手が、かすかに赤く光っています。それに今の声は、本当に朱音の声だったのでしょうか?
――コレデ、ツナガッタ――
「なに? あおいちゃん、どうしたの?」
朱音はきょとんとしています。左手はもう光っていませんでした。朱音の声も、いつものやさしい声にもどっています。
「あれ、でも、今変な声が」
「声? わたし、なにもいってないけど」
「でも」
「和歌月見っけ! それからあおいも見っけ。よし、あとは龍次だけだな」
「あっ、お兄ちゃん!」
短く髪をかりあげた男の子が、二人にピースしています。あおいがちょっぴりはにかむように、うつむきました。朱音も顔を赤くして、やっぱりうつむいています。
「どうしたんだよ、見つかったからって、そんなに落ちこまなくたっていいだろう? それより、ほら、行こう。みんなも集まってるぜ」
「うん、ありがとう」
男の子に手を取られて、あおいはゆっくり立ち上がりました。
――ツナガラヌ、動カレテハ――
「お兄ちゃん、なにかいった?」
「えっ、いや、なにもいってないけど」
「あれ? じゃあお兄ちゃんじゃないの? さっきから、変な声が聞こえるんだけど」
「やだ、あおいちゃん、怖いこといわないでよ」
朱音がぎゅっと、あおいのうでにしがみつきました。
「違うってば、本当に」
「まあいいや、とりあえずあそこで待っててくれよ。ぼくは龍次を探さなくっちゃいけないからさ」
男の子のゆびさした先には、女の子が三人座っています。
――アレハ、ツナゲル。ツナイデシマエバ、我ノモノダ――
あおいは急に寒気を感じました。夏の終わりなのに、背すじがひんやりとします。
――我ノモノニスレバ、イクラデモ操レル。我ノ色ノ盗人ニ、罰ヲ与エン――
目もくらむような光が、三人の頭上に現れました。あおいは思わず声をあげます。そこには、まがまがしい色の化け物が……。